第2部 パネルディスカッション
多様性を受け入れ、個性を磨き合う教育とは

本日のテーマ

 

1.コロナ禍で学びをどう守るか

髙宮 今、いろいろなところで「多様性が重要」といわれていますが、なぜ世界は多様性を求めるのか、10年ほど前に出版された本に次のような文言が書かれていました。
「異なる人生経験を持ち異なる訓練を積んだ人々、異なる文化的背景を持つ人々は、世界を違う風に見るものだ。そしてその違い、すなわち観点の違いが、問題解決や予測において役に立つ」(スコット・ペイジ『「多様な意見」はなぜ正しいのか』(日経BP社、2009年)
 こうした視点に立脚しながら、3人の先生方にご意見を伺っていこうと思います。
 まず、昨年来のコロナ禍にあって、学びをどのように守られたのでしょうか。

野水 私は昨年4月に校長に就任したため、就任直後からコロナ対応を迫られました。幸い、前任の校長だった柳沢幸雄先生が遠隔授業のためのプロジェクトチームを3月に立ち上げて下さっていたので、4月始業式以降スムーズに遠隔授業に移行できました。5月の中間試験も遠隔で行い、授業の進度にも遅れが出ませんでした。遠隔より対面授業のほうが教育効果は高いのが明らかだった経験から、いつでも遠隔授業に切り替えられる準備をしたうえで、6月下旬から対面授業を開始し、夏休みも例年通りの日程となりました。運動会は中止せざるを得ませんでしたが、7月の期末試験以降は、合宿を除いて部活も再開し、9月からは対面授業を一貫して進めています。
 今年5月には無観客(家族へネット配信)でしたが運動会を開催しました。複数の専門家から助言をいただき、万全の感染対策を講じて実施しました。9月の文化祭も、来場者を制限したものの、生徒たちの希望を汲んで開催しました。ただし、今年9月は感染状況がきわめて悪化していたため、感染防止対策のルールを厳格化。文化祭を開催したい生徒たちもきちんとルールに従い、無事に文化祭を開催することができました。

髙宮 新型コロナについては、人によってリスクの感じ方が異なるため、遠隔授業と対面授業のどちらにするか、関係者の意見を集約するのが難しかったのではないでしょうか。

工藤 聖光学院では、7年前から生徒全員にChromebookを持たせていたので、昨年4月から、中2以上はただちにオンライン授業に移行しました。中1生は毎年3月に端末を渡しているため、4月時点でまだChromebookはなかったのですが、ほぼすべてのご家庭でWi-Fi環境が整っていたこともあり、大きな混乱はありませんでした。
 オンライン授業を実施して分かったことは、各ご家庭のプリンターの性能に大きな差があるということ。そのため、必要な教材や資料については、それぞれのご家庭で印刷してもらうのではなく、学校で印刷して届けたほうがいいと気づきました。以来、必要なプリントは週1回、各家庭に郵送するようにしました。
 学園祭、体育祭は実施する学年を分けたり、日数を増やしたりするなど密にならない工夫をしました。今年の学園祭は、事前にインターネット予約した人のみ入場してもらうことに。生徒たちはやはり、自分の家族よりも他校の女子中高生に見に来てほしいようです。

髙宮 武蔵はいかがでしたか。

杉山 100年前のスペイン風邪も収束まで3年かかったので、まだ戦いは続くと覚悟しています。コロナ対策では「安全安心」がベースになりますが、客観的データに基づくはずの「安全」も、「人と人との距離は2mだ」「いや1.5mだ」と基準がころころ変わるし、メンタル面での「安心」も、人によって0から100まで差があるので、その都度バランスを取りながら対策を進めていくしかありません。ICT環境が特に先進的だったわけでもないので、オンライン授業の体制を構築するため、多くの先生方に尽力いただきました。おかげでGW明けから全学年全教科で時間割どおりのオンライン授業が可能になり、6月以降、徐々に対面授業に戻していきました。
 武蔵には記念祭(文化祭)、体育祭、強歩大会という三大行事があります。予算も含め、生徒たちが自主的に運営する行事ですが、昨年はすべてできませんでした。今年は何としても開催したいということで、6月の記念祭は生徒たちの工夫で、オンライン+対面のハイブリッドで行いました。体育祭はこれからですが、どうすれば安全安心に開催できるか、今生徒たちが知恵を絞っているところです。

 

2.世界との接点をどう生み出すか

髙宮 ここ数年、「ダイバーシティ教育」という言葉が盛んに使われるようになりましたが、先生方の学校ではどのようにして生徒の国際感覚を育んでいるのでしょうか。

野水 私は大学の教員時代、国際交流に携わる仕事を30年近く務め、世界20か国70大学を見て回りました。気になっていたのは、海外における日本の存在感がどんどん薄くなっていること。海外で教える日本人教員も減っているし、海外留学する日本人学生もなかなか増えません。日本の国際競争力が落ちてきている今こそ、日本の学生諸君には世界に飛び出していってほしいと考えていました。
 ところが、昨年4月に開成の校長に就任して、少しほっとしました。開成ではここ10年ほど英語教育にかなり力を入れていて、海外有力大学に直接進学する生徒も増えてきています。母校ながら頼もしく感じました。

髙宮 開成高校は確か2013年から海外大学進学者数を公表するようになりましたね。拝見すると、ハーバード、イエール、プリンストン、UCLA、ケンブリッジなどに例年10名前後が進学していますが、それだけ英語教育が充実してきたのでしょうか。

野水 従来のリーディング中心の英語教育ではなく、4技能を伸ばす取り組みを積極的に行っています。生徒たちが英語を使いたくなる、あるいは使わざるを得ない環境をつくってあげることが重要で、中3で行う英語学校は、日曜に午前・午後2時間ずつ外国人講師や海外で活躍する日本人講師による英語授業があり、選択ですが、中3生徒全体の半分が参加します。また高校では、放課後の時間帯の8限(土曜5限)に英語ネイティブ講師による特別講義が毎日用意され、プレゼンテーション、ディスカッション、エッセイ・ライティング、留学支援などによって英語力の底上げと留学支援ができていると思います。

髙宮 聖光学院はいかがでしょうか。

工藤 本校でも、シリコンバレー研修、フィリピン研修、カナダ研修、メリーランド州立大学研修など、コロナ前は多くの海外交流プログラムが稼働していました。しかし、現在は日本から出られないので、「ならば日本国内でできる国際交流を考えよう」という動きが生徒たちの間で出てきましたね。以前から交流のあるメリーランド州立大学とのオンラインミーティングも実施しています。
 生徒はオンラインで行われる英語ディベート大会にも積極的にチャレンジしています。今年は本校生徒が日本人で初めて、高校生英語ディベート世界大会(World Schools Debating Championship)で決勝トーナメントに進出しました。また、文化祭では、いつも英語劇が上演され、外国からお客様がいらした場合はかならず生徒が通訳を務めるなど、できるかぎり英語を使う機会を用意し、英語が大切であることを理解させています。

髙宮 工藤先生の校長室にお邪魔すると、アジア諸国の楯などが飾られていて、アジアとの関係を重視されているようなイメージがあります。

工藤 アジアの国々は日本との時差が小さいので、オンラインでコンタクトを取りやすいのです。また、アジア諸国はビジネスで英語を使うケースが多く、その国その国の訛りはあるものの、現地の人たちは臆せずに積極的に英語を使います。その姿勢は日本人も見習うべきです。これからの時代、発音のきれいなネイティブ・イングリッシュにこだわる必要はなく、生徒たちには、発音は下手でいいからどんどん英語で喋りなさいと指導しています。

髙宮 武蔵の国際交流はいかがですか。

杉山 武蔵は英語以外の第二外国語も必修にしていますが、外国語教育は本当に重要だと感じます。外国語を学ぶことは、その国の文化や考え方を学ぶことでもありますから。
 先ほど「新生武蔵のグローバル構想」で「思い切って外へ、もっと先へ」というキーワードを紹介しましたが、この「外」は、必ずしも海外を指していません。中高生は学校中心のごく狭い世界に住んでいるので、学校以外の未知の世界はすべて「外」なのです。中1生が赤城山に登る「山上学校」や、中2生が群馬県みなかみ町で農業実習する「民泊実習」を、共にグローバル教育の一環と位置づけているのはそのためです。「グローカル」とか"Think Globally,Act Locally"という言葉があるように、知らない外の世界に飛び出すことは、広い意味でグローバル教育といえるのではないかと考えています。

 

3.活躍する卒業生たち

髙宮 先日、東京大学のアメリカンフットボール部から年会誌が届きました。SAPIXの卒業生が多数在籍しているので、そのご縁で毎年広告を出させていただいているのですが、今回、部員の出身高校を見て驚きました。部員・スタッフ163名中33名が本日お集まりの3校の卒業生なのです。3校とも、多方面で活躍している卒業生が多いですね。

工藤 現在、東大アメフト部監督の三沢英生くんも聖光学院OBです。彼が高2・3のとき、私が担任でした。その三沢くんの同級生がオイシックス・ラ・大地CEOの高島宏平くん。2人とも東大工学部に進学し、卒業後に三沢くんはゴールドマン・サックス証券を経て独立、高島くんはマッキンゼーに行ってから独立しました。四国アイランドリーグplusで理事長を務めていた、弁護士の坂口裕昭くんも彼らの同級生。私が1年から3年まで担任を務めた杉本哲哉くんは、マクロミルを創設し、現在はキュレーションマガジンを手がけています。また、教え子の杉野行雄くんはセガの社長をしています。私は聖光学院で教員を44年も務めているので、宇宙飛行士の大西卓哉くんとか、卒業生に有名人はたくさんいます。とはいえ、講演でもお話ししたとおり、生徒たちには有名人になるよりも、他者にぬくもりを伝えられる人になってほしいと願っています。

髙宮 先ほど紹介した東大アメフト部監督の三沢さんは東大時代、武蔵出身の教授のゼミに入っていました。当時、その武蔵出身の教授の同級生7人が東大教授になっていたとか。生徒数がそれほど多くない武蔵で、1学年のうち7人が東大教授になるのは驚くべきことですね。先ほどご紹介いただいた五神真先生もそうですが、先年お亡くなりになった有馬朗人先生も武蔵から東大に進み、総長になられた方です。今さらながら、武蔵はアカデミックな学校なのだと思いしました。

杉山 武蔵出身の有名人はたくさんいますが、本日のテーマである「多様性」に即した卒業生を3名紹介したいと思います。まず1人目が、講演でも紹介した馬渕俊介さん。彼はWHOのテドロス事務局長に指名されて、世界の新型コロナ対策を検証している有識者10人のうちの1人。アジアで唯一選ばれた人物です。彼は今年の本校の学校案内で次のように語っています。「短い人生の、太さと興奮度合いを決めるのは、抱く夢の大きさとその実現に向けた信念、行動力です」。多くの生徒に伝えたい言葉です。
 2人目は音楽プロデューサーで、バンド「東京事変」のベーシストでもある亀田誠治さん。彼は武蔵で、根拠のない自信と根拠のある自信の両方を教わったそうです。現在、「日比谷音楽祭」の実行委員長として、コロナ禍にあっても、「フリーで誰もが参加できる音楽祭」の実現に向けて取り組んでいます。
 3人目は社会活動家で政治学者の湯浅誠さん。2008年、日比谷公園に設けられた「年越し派遣村」の村長として有名になりました。彼は母校の武蔵について、「進学校なのに説教臭い先生が一人もおらず、本当に自由な学校だった」と振り返っています。彼も、こども食堂の支援など、格差の問題に向き合い続けています。

野水 現在活躍中の本校の卒業生といえば、多くの人はクイズ王・伊沢拓司さんを思い浮かべるかもしれません。もしくは、メディアアーティストで筑波大学准教授の落合陽一さんとか。開成高校は1学年400人いるので、とても多くの人材が社会で活躍しています。「在学中とんでもない生徒だった」と言われるのが、グーグルを経てクラウド会計ソフト「freee」を開発した佐々木大輔さん。彼を教えた先生方に話を聞くと、「在学中、型にはめる教育をしなかったことが、多彩な個性を生んだのではないか」と語っていました。

 

4.「ダイバーシティ教育」は入試から?

髙宮 さて、ダイバーシティ教育は他者を思いやるところから始まると思いますが、近年の中学入試の問題を見ると、「他者」の心の機微を問う出題が数多く見られます。中学の先生方は、こうした設問にどのような思いを込めているのでしょうか。また、小学生時代にこんな経験をしておいてほしいということはありますか。

杉山 武蔵の入試問題の特色は、受験生に考えさせる記述式問題が多いこと。「答えは一つではない」という意味では、まさにダイバーシティな設問といえるかもしれません。「答えそのものが重要なのではなく、『答えるために筋道を立てて考えること』が重要なんだよ」という、受験生へのメッセージでもあります。
 小学校時代に経験しておいてほしいこととして、学校説明会では「こ」で始まる三つの「心」の話をしています。すなわち、「好奇心・向上心・公共心」。すべての学びは好奇心から始まるし、自ら成長しようという気持ちが大事で、他者を思いやる公共心も必要。保護者の方には、お子さんにこの三つの心が育つような環境を用意してほしいと思います。

野水 生徒たちには、多様性を深く理解する大切さを折に触れて語っています。私自身は入試問題を作成しませんが、本校では、考えさせる問題をたくさん出題するようにしています。小学生時代に経験しておいてほしいのは、新聞や本をしっかり読んで、世界情勢や日本社会の問題点についてある程度理解しておいてほしいということ。小学生の段階では、本人の自覚にだけ期待しても難しいと思うので、やはり保護者の方からの働きかけが必要でしょう。

工藤 中学受験に臨んだ子どもたちは、入試に出た問題をいつまでもよく覚えているもの。そこで、入試問題を作成する先生には、いつまでも心に残り、入学後に子ども同士の話題に上るような問題を作ってほしいとお願いしています。
 中学受験は親がお子さんと共に歩み、挑戦できる最後のイベント。塾の送り迎えをしたり、模擬試験に付き添ったり。こんなことは高校受験や大学受験ではできません。家族の歴史の1ページを共につくっていく。そんな感覚で中学受験に臨まれてはいかがでしょうか。

髙宮 最後に一言ずつ、このフォーラムをご覧の皆様へのメッセージをお願いします。

野水 本日は多様性をテーマにお話ししてきましたが、参加した3校とも男子校なので、社会的に立場が弱い人や女性へ配慮を決して疎かにしてはいけないとあらためて思いました。若い皆さんには一度海外で生活してみることを強くお勧めします。海外で「マイノリティーである自分」を経験すれば、多様な人々への理解がより深まると思います。

工藤 私は60歳をとっくに過ぎましたが、今こそ夢を持とうと思います。夢を持つのに年齢は関係ありません。大人が夢を持てなければ、子どもだって夢を持てなくなる。多くの若者が夢を抱けるよう、私たち大人が率先して夢を持ちましょう!

杉山 子どもの成長過程は一人ひとり違うので、大らかな気持ちでお子さんの成長を見守ってあげてください。お父さん、お母さんが家で暗い顔をしていたら、子どももつらいですよね。大人が毎日楽しそうにしていたら、「大人って楽しそうだな、早く大人になりたいな」と子どもも思ってくれるはずです。どうか、大らかにいきましょう。

髙宮 本日は、長時間お付き合いいただき、ありがとうございました。子育てや中学受験について、たくさんのヒントが見つかったのではないでしょうか。3人の先生方も、本日はありがとうございました。

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