武蔵高等学校中学校 校長 杉山 剛士 先生

第1部 特別講演(3)
独創的で柔軟な真のリーダー育成のために

東京都練馬区にある武蔵は、7万m2という広大なキャンパスを持ち、校内に濯川(すすぎがわ)という川が流れている、自然豊かな学校です。

初めに、私たちが育成したいと考えている「独創的で柔軟なリーダー」についてお話しします。私は武蔵OBですが、3年前、校長に就任するため43年ぶりに母校に戻ってきました。そこで今の武蔵生を知るため、「過去・現在・未来」をテーマに、生徒全員への面談を昼休みに始めました。残念ながら今は新型コロナで中断していますが、これまでで気づいたことは、武蔵生が誰一人として、同じような話をしないということ。また、自分と異なる意見であっても、決して否定しない。そこから、武蔵生は今も極めて独創的であり、他者を否定しない、柔軟でリベラルな考え方の持ち主だと分かりました。

そんな武蔵生らしい3人のOBを紹介しましょう。まず、早稲田大学総長の田中愛治さん。次に、この3月まで東京大学総長だった五神真さん。彼は私の同級生です。最後に、馬渕俊介さん。マッキンゼーに勤務した後ジョンズ・ホプキンズ大学で博士号を取得し、現在はビル&メリンダ・ゲイツ財団シニアアドバイザーとして、世界の新型コロナ対策を検証するメンバーに入っています。

これからの時代、独創的で柔軟なリーダーがいよいよ必要になります。なぜなら、私たちは地球規模で多くの問題を抱えているからです。人口減少、超高齢化、AIなど技術革新のさらなる進展、気候変動など環境問題の深刻化、緊迫する国際情勢、その背後にある経済のグローバル化と格差拡大…。今はまさに、先行き不透明な解なき時代です。昨年来のコロナ禍で、多くの人が「解なき時代」を実感したのではないでしょうか。今こそ、独創的で柔軟なリーダーが必要です。さらにいえば、「信頼され尊敬されるリーダー」であるべきです。なぜなら、高学歴で社会的に高い地位にありながら、あり得ない発言や行動をとる人を最近よく目にするからです。そう考えると、10代の頃の教育がやはり重要なのだと感じます。

では、武蔵の教育についてお話ししましょう。武蔵の創立者は、鉄道王と呼ばれた根津嘉一郎です。彼は渋沢栄一を団長とする渡米実業団に参加し、全米53州を視察して衝撃を受けます。ロックフェラー等実業家たちが、社会から得た富を社会に還元しようと、さまざまな社会活動を行っていたからです。帰国した彼は、自分にも何かできることはないかと考えます。そして、芸術振興のために根津美術館の礎を創り、青少年を育成するため360万円、今のお金で1000億円を投じて旧制武蔵高等学校を設立しました。彼は「国家の繁栄は育英の道に淵源する」という言葉を残しており、武蔵は創設当初から、国家を率いるリーダーの育成を使命としていたことがわかります。

創設時の「建学の三理想」では、武蔵が育成すべき人物像を次のように表しています。「東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物」「世界に雄飛するにたえる人物」「自ら調べ自ら考える力ある人物」。言葉は古めかしいですが、その内容はすべて現代に通じるものです。特に三つ目の「自ら調べ自ら考える力ある人物」は、まさに今こそ必要な人材だと思います。与えられた答えをただ受け入れるのではなく、試行錯誤しながら、正しい答えに向かって自ら調べ自ら考えようとする人物。そうした人物こそ、解なき時代のリーダーにふさわしいでしょう。

そこで私たちは、生徒たちに「自調自考のエンジン」を身に付けてもらおうと、武蔵ならではの教育を行っています。キャンパスの豊かな自然は、理科や芸術分野の教材をいつでも提供してくれます。また、高校の図書館には8万冊、隣接する武蔵大学の図書館には65万冊の蔵書があり、すべて利用可能です。1学年4クラスというあえて少人数教育にこだわり、1クラスを二分する分割授業も数多くあります。加えて、毎年クラス替えがあり、担任も毎年替わり、生徒も教員もみな近しい関係になります。

来年武蔵は創立100周年を迎えるため、このほど次の100年に向けて「新生武蔵のグランドデザイン」を策定しました。まず「世界をつなげる自調自考のエンジン」というミッションを掲げ、育てたい人物像を「独創的で柔軟な真のリーダーとして、世界をつなげて活躍できる人物」と明記しています。

ここでは本日のテーマ「多様性」にちなみ、「新生武蔵のグローバル構想」を紹介しましょう。ミッションは「思い切って外へ、もっと先へ」。武蔵では、独・仏・中・韓国語の第二外国語が必修ですが、それに合わせて海外6か国8都市の提携校への国外研修があります。英語で科学を学ぶREDプログラムもあります。武蔵大学と連携して、海外留学準備講座などさまざまなプログラムが走っています。また、自調自考の風土がある武蔵では、全員参加の修学旅行は行わず、各自が海外研修などの計画を立て、それをOBが支援する制度もあります。

生徒たちが自調自考のエンジンを身に付けるには、中高時代を過ごす環境がとても重要です。武蔵には、そのために長年醸成してきた空気と文化があります。この講演で伝えきれなかった武蔵の"風"を感じていただくためにも、本校のホームページにある『校長散歩』という私のブログもぜひお読みください。ご清聴ありがとうございました。

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