麻布中学校・高等学校 校長 平 秀明 先生

第1部 特別講演(1)
澄んだ瞳で物事の本質を見極めよ!

中学受験の学校選びは、親が子に授ける第2のプレゼントだと思います。では、第1のプレゼントとは何か。もちろん、その子の命を生み出したことが最大のプレゼントではありますが、生まれてきたわが子に贈る第1のプレゼントは、やはり「名前」でしょう。わが子が健やかに育つように、そして生涯にわたっていい人生を送れるようにと、親は愛情を込めて子どもに名付けをします。中学受験の学校選択は、それに準ずるものと考えます。わが子の人生にとって貴重な思春期を、どんな仲間たちと、どんな環境で、どんな先生の下で過ごすのか。どうか、最良の選択をしていただければと思います。

学校選びには、さまざまな選択基準があります。男女共学か、男女別学か。大学の付属校か否か。どんな宗教をベースにしているか。芸術に力を入れているか。スポーツに力を入れているか。ここで私が強調しておきたいのは、私立学校には必ず創立者が存在すること。そして、その教育理念には、創立者の建学の精神が必ず反映されていることです。学校選びにおいては、創立者とその建学の精神を理解しておくことが極めて重要だと思います。

麻布学園の創立者は江原素六といいます。江戸時代天保年間の1842年に生まれ、大正時代の1922年に亡くなりました。彼の父は幕臣でしたが、大変に貧しく、一家で内職をしなければ食べていけませんでした。しかし、素六は勉学に精励し、後に昌平坂学問所に及第し、幕府の兵学校である講武所の教授にもなりました。その後、戊辰戦争の関東版である市川・船橋戦争に敗れて重傷を負い、朝敵として静岡県に逃れます。しかし、そのまま埋もれてしまう人物ではなく、後に赦され、県会議員や郡長になり、兵学校など多くの学校を創りました。また、遣米使節の一員としてアメリカの社会を視察し、幕府解体後、武士が自らを養わなければならなくなると、士族授産として製茶業や牧畜業を興しました。洗礼を受けクリスチャンとして伝導に従事し、自由民権運動に共鳴して板垣退助らと遊説するなど開明的な思想にも目覚めました。その後、愛鷹山の官有地払い下げに尽力し、地元の人々に請われて第1回衆議院議員選挙に出馬し、当選しました。そして、1895年、53歳のときに麻布学園の前身である麻布尋常中学校を創立します。

このように本校の創立者・江原素六は武士、事業家、宗教家、政治家、社会活動家、教育者として多方面で活躍した人物でした。本校の新入学生は毎年、麻布文庫の第1巻『江原素六の生涯』を読んで創立者の事績を学びます。このような取り組みを経て、真の麻布生としての自覚が芽生えるのです。

本校は創立以来、男子普通教育に徹し、これまでに3万5000名の卒業生を輩出してきました。自由闊達・自主自立の校風で、戦後は新制高校を併設し、6年一貫教育を推進しています。1995年には創立100周年、2015年には創立120周年を迎え、各種の記念事業を実施しました。

江原先生が亡くなって今年で101年になりますが、その精神は今も息づいています。それがよく表れているのが、校歌2番後半の歌詞です。「愛と誠を もとゐとたてつ 新しき道 先駆け行かむ」。この言葉にこそ、まさに江原精神が表れています。本校の教育の根底にあるものは「愛と誠」です。これをもう少しかみ砕くと、「真理を愛する心」、すなわち学問を尊重し、勉学を奨励する心であり、「物事の本質を見極める力」、すなわち権威や権力に媚びず、世の常識をも疑うことであります。本日の演題である「澄んだ瞳で物事の本質を見極めよ!」は、ここから取りました。そして、最後に「人類・社会に貢献する志」、すなわち世界の平和を願う、最も大きな愛です。

麻布といえば「自由」というイメージを持たれると思いますが、それは「愛と誠」を実現するために、環境としての「自由」、チャレンジする「自由」があるのだと考えます。本校には服装や髪型がユニークな生徒もいますが、そのような外面的な自由よりも、内面的な自由、精神面での自由こそが大切だと考えています。本校には明文化された校則はありませんが、だからこそ、各自の中に揺るぎない基準を打ち立てることが重要です。校風の「自由闊達・自主自立」は、それを支える「自律」があってこそ成り立つものであり、生徒にはそのことの自覚が何よりも求められます。そして、本校の教育の究極の理念は「個の確立」と「人格の陶冶」であります。

次に、本校の授業の特徴を説明します。人類が獲得してきた知識を次代に受け継ぐことが教育の第一義です。そのために、「読み・書き・算」などの基礎力を徹底させます。英語では少人数授業やネイティブによる授業を実施し、数学では厳密な論理とともにその美しさを感得するような授業を展開し、国語では全学年で必修の現代文に加えて、中2から古文、中3から漢文を始めます。内容教科である理科では初学年から物理・化学・生物・地学と科目ごとに専門の教員を配置し、全科目で実験・観察を重視しています。続いて実体験・実技の重視です。英語は4技能を徹底させ、体育はもちろん、技術・家庭も座学より実習を重視しています。芸術科目では音楽、美術、工芸、書道の各専門の教員により若くみずみずしい感性を涵養することを大切にしています。そして、本校の特色として最も強調したいのは、「徹底的に自分の頭で考えること」、そしてそのために、「書くことによって表現すること」を何よりも重視していることです。中3の現代文では卒業共同論文を、高1の社会では基礎課程修了論文を書かせます。また生徒のレポート、論文、芸術作品の優れたものは『論集』という冊子にまとめ、生徒に還元しています。この取り組みは41年間続けています。

今の時代、多様性を認め合うことも極めて大切です。そこで本校では、中1の社会に「世界」という独自科目を設け、現時点における世界を俯瞰するところから授業をスタートさせます。コロナで一時休止していたカナダ・韓国・中国・ガーナ・シンガポールとの国際交流活動も徐々に再開しています。新しい視点から世界を見るために、20年前から始めたのが「教養総合」の授業で、これは高1・2年生を対象に毎学期8回、土曜の2時間を使って行う講座型授業です。語学・人文・科学・芸術・スポーツのテーマ別に実施されています。

「生徒に如何に刺激を与え続けられるか」- これが本校の教育の最大のテーマです。そして、生徒たちには知性と感性を兼ね備えた人物になってほしい、これが校長である私の切なる願いです。受験生の皆さんには「チャレンジャーよ!来たれ!」というメッセージを送ります。一生懸命勉学したい、文化祭をがんばりたい、たくさん本を読みたい、クラブ活動に全力を注ぎたい、そんな何かにチャレンジする気持ちを持った諸君に、ぜひ入学してほしいと思います。創立者の江原素六は「青年即未来」、青年すなわち未来であるとの言葉を遺しました。私たち教職員一同、この言葉を胸に刻み、日々教育にあたっています。

Copyright © 2007 WILLナビ All Rights Reserved.