武蔵高等学校中学校 校長 杉山 剛士 先生

第1部 特別講演(3)
独創的で柔軟な真のリーダー育成のために

武蔵高等学校中学校は東京都練馬区にあり、自然豊かなキャンパスには川が流れています。私は武蔵の卒業生で、3年前に43年ぶりに母校に戻ってきました。今の武蔵はどうなっているんだろうと思い、生徒と面談をしました。武蔵生はみんな自分の言葉で話してくれます。それでいて仲間の言葉を無視しない、独創的かつ柔軟な考えを持っていることが武蔵生の良さだなと改めて感じました。

この独創的で柔軟な思考がなぜ大事かというと、これからの時代を切り開いていくにはそうした力が必要だからです。子どもたちは、人口減少、気候変動、感染症の世界的拡大も目の当たりにしました。先行き不透明で不安定、そしてなかなか解が見つからない時代を生きるためには、自分の頭で考える独創性、そしてみんなを巻き込んでいく柔軟さを備えたリーダーが求められます。

では、独創的で柔軟なリーダーを育てるために、武蔵という学校はどういう教育をしてきたのか、そしてこれからどういう方向に向かおうとしているのか。武蔵の創立者は根津嘉一郎という実業家です。鉄道王として知られ、東武鉄道や南海鉄道など国内の鉄道敷設や再建事業に関わってきました。「社会から得た利益は社会に還元する義務がある」という考えの下、私財を投じて本校の前身である旧制武蔵高校を1922年に創立しました。根津の有名な言葉に「国家の繁栄は育英の道に淵源(えんげん)する」があります。英才を育てられるかが国にとって非常に重要であるという意味です。つまり、武蔵という学校は創立以来、リーダー教育を使命づけられた学校なのです。

武蔵には建学の三理想があります。「東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物」、「世界に雄飛するにたえる人物」、そして「自ら調べ自ら考える力ある人物」。現代にも十分に通じる教育理念だと思います。

武蔵はこの100年の歴史のなかで、自調自考を促すような学びの環境を積み上げてきました。まずは、五感を駆使して自分の考えを深めることができる自然豊かなキャンパス。2つ目は学問の存在。おそらく武蔵という学校は日本で最も学問を追究している学校です。研究・探究活動を重視し、論文もたくさん書かせます。3つ目が少人数教育です。中高ともに1学年4クラス編成で、さらに1クラスを分割して行う授業も多く、生徒同士あるいは生徒と教員の距離がとても近い。生徒の知的好奇心を刺激する機会や仕掛けが豊富で、「わくわく・わいわい」という学びが日常化しています。

このような武蔵の良さ、強みを生かしながらさらに進化していくことを念頭に置き、次の100年に向けて「新生武蔵のグランドデザイン」を策定しました。ミッションは「世界をつなげる自調自考のエンジン」。自調自考のエンジンをベースに、「独創的で柔軟な真のリーダーとして、世界をつなげて活躍できる人物」という育てたい人物像を明確にしました。そのために必要な具体的な取り組みとして、6年間を「守・破・離」の3段階に分け、学問を基盤に、進路希望の実現、グローバル教育の推進、そしてリーダーシップ教育をどう実践していくかを1枚のシートにまとめました。

そのなかでグローバル教育の話をしたいと思います。新生武蔵として、「思い切って外へ、もっと先へ」をスローガンに掲げ、独自のグランドデザインをつくりました。中学校へと進む子どもたちは、これまで狭い世界で成長してきました。これからは、その狭い世界から思い切って外へ飛び出し、さらにもっと先へ行くんだという姿勢を育てることが重要です。本校には中3必修の第二外国語があり、高校では海外の提携校に国外研修に行く機会があります。高大連携で、武蔵大学とロンドン大学の連携講座を受講することもでき、「REDプログラム」という英語を通して科学などを学ぶ課外プログラムもあります。こうした取り組みから、海外大学への進学を目指す生徒も増えてきています。

これまで、社会で活躍する数多くの卒業生を世に送り出してきましたが、創立100周年を迎える際、世界で活躍している卒業生からこんな趣旨のメッセージが寄せられました。「みんなの意見をうまく聞きながら調整していく力や和の精神は、世界でも重宝されます。これから身につけるべきは欧米スキルです。自分の意見を発信する力、データサイエンスの力、語学力。それらを身につけた日本人は、世界の平和と繁栄に貢献できるでしょう」。まさに現代社会における東西文化融合、その具現化であると思いました。

リーダーは、信頼され尊敬されることも大事です。高い学歴を持っていても、どうしてこんなことを言ってしまうのか、やってしまうのかという人もいます。多様性への理解、さらには弱い立場、辛い状況にある者に心から共感できる、そうした資質が必要なのではないかと思います。

私が生徒によく言っているのは次の5つです。自分が恵まれていることへの感謝と社会への貢献、人生を通しての志を持つこと、ベースとして自調自考のエンジンを身につけること、自分の幸せだけではなくみんなの幸せも考える公共心を持つこと、人間の尊厳や人権といった人として大切にするべき感覚を磨くこと。「校長散歩」というブログをホームページに載せていますので、もし興味がありましたら読んでいただき、武蔵に流れている空気、風を感じてください。

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