渋谷教育学園 理事長 学園長 田村 哲夫 先生

第1部 特別講演(2)
ドキドキワクワクの6年間

渋谷教育学園幕張・渋谷中学高等学校の創立者として、両校に共通する特徴についてお話しします。今年3月に私は校長を退任しましたが、引き続き学園長として両校に関わっています。

どのような考えの下でこの2つの学校をつくったのか。生徒が今日はどんなことが学べるのか、どんな出会いがあるのかと、毎日「ドキドキワクワクするような6年間」にすることを目指しました。生徒にとっての学校生活は、そうあるべきだろうと考えたからです。それは現在も同じです。

1872年に学制が定められて150年になります。この間、学校が社会から求められる役割は大きく変わりました。私が中高一貫の共学の学校をつくろうと思った約40年前にも大きな変化がありました。それまでは、いわゆる認知能力といわれる数学的論理能力や言語能力の育成が学校の役割とされてきました。今でも認知能力の育成は重要なテーマの一つです。しかし40年ほど前、それだけではなく人間を研究することがテーマとして挙がってきました。それは、心理学の用語でいうところの非認知能力の育成です。

非認知能力というのは、自分がどんな人間かという自己認識に関わるもので、教えることはできません。重要な非認知能力はたくさんあり、意欲がそうですし、忍耐心もそうでしょう。自分を客観的に捉えるメタ認知も重要な要素です。自制心、創造性、失敗したときにやり直す力など、まだまだあります。これらは、本日のテーマになっている、リーダーシップの基礎となるものでもあります。これらの非認知能力をどうやって学校教育のなかに取り入れるべきかと考え、学校創立時に3つの教育目標を定めました。

第一は「自調自考の力を伸ばす」です。自調自考というと、「自分で調べて自分で考える」ことと捉えられますが、本来の意味は、「自分を調べて自分を考える」、つまり自己認識です。中高時代は、自分はどういう人間なのか、まさに自己認識を確立する時代なのです。そこで第一に「自調自考」を掲げました。

次が、「国際人としての資質を養う」です。我が国は、近代国家という考え方が浸透する前に国づくりをしたので、実は欧米の人たちが考える国とは意識のずれがあります。国際人という言葉は、英語にはありません。彼ら近代国家の国民からすれば国際人というのは普通の人のことですが、我が国では特殊な人と位置付けられます。これを変えようというのが2つ目の「国際人としての資質」です。

3つ目が「高い倫理感を育てる」です。私たちには伝統文化があり、特徴的なものがいくつもあります。こうした文化を継承することも大事だということで、「高い倫理感」を加え、この3つを教育目標として掲げました。

具体的な取り組みとして、学校の考え方を伝えて保護者の方の意見を伺う地区別懇談会を設けること、学校で何を教えるかを明示したシラバスを提示すること、そして授業を日常評価する制度も採り入れました。もう一つ、私が学校に定着させようと考えたのが、ガイダンスです。ガイダンスというのは生徒の人生や将来を考えて、そのために何をする必要があるかを相談する場です。職業適性テストをしたり、個々に合った進路を示したりするのがガイダンスではありません。学校が何かを決めるのではなく、その生徒が大学に行く、あるいは職業に就くことに人生の上でどういう意味があるのか考えさせるのがガイダンスです。

渋渋も渋幕も、卒業生が毎年アメリカやヨーロッパの大学に進学します。生徒に対するアドバイスは、実は卒業生が学校に来てやってくれています。夏休みになると先輩が来て後輩に話をしてくれるので、興味を持つ生徒が必ず出てきます。学校は、海外での大学生活の経験がある教員を採用して相談できるように環境を整えるだけで、生徒自身が進路を決めています。あくまでも主役は生徒たちなのです。

本校の特徴の一つに、帰国生の存在があります。開校以来、定員の1割から2割を帰国生が占めており、個性的な生徒がたくさんいます。これからの時代、多様性を理解するのは大事なこと。1~2割というのはそれなりの影響力があり、多様性にあふれたおもしろい学校ができていると実感しています。

最後に、私の役割として続けてきた「学園長講話」に触れたいと思います。学園長講話は、中高生に対するリベラルアーツと考えています。各学年で実施するのですが、最終回のテーマは基本的人権や人間の尊厳についてです。人間がより良く生きようと努力する、そのことに敬意を払う。人間としての尊厳をしっかりと守って生きていこうじゃないかということです。ですから、戦争は絶対にしてはならないことです。いじめもそうです。

振り返ってみると、他校ではあまりやっていなかったような教育内容もあったと思います。しかし、生徒諸君も気に入ってくれて、卒業生と話していると、こうした教育目標の下で過ごした時間が社会に出てから役立っていると思ってくれていることを感じます。生徒が主役の学校づくりができたのではないかと自負しています。どうぞご理解のうえ、よろしければ見学に来ていただければと思います。

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