早稲田大学高等学院 学院長 本杉 秀穂 先生

特別講演(3)
価値と目的を見出し創造する

早稲田大学高等学院と高等学院中学部は、早稲田大学の中・高・大一貫教育10年のうちの前半6年間を担う学校です。1882年に大隈重信が早稲田大学の前身である東京専門学校を創設。1908年から高等予科の授業が始まりました。この高等予科が高等学院の源です。その後、いくつかの変遷を経て、2010年には高等学院に中学部が併設され、現在に至っています。中学部卒業後は高等学院に進学し、卒業後は原則として全員が早稲田大学に進学します。

さて、本日の演題、「価値と目的を見出し創造する」についてお話しします。

日本の近現代史は「西洋列強に追いつき追い越せ」の歴史でした。第二次世界大戦が終わっても、今度は経済成長で「アメリカに追いつき追い越せ」と努力を重ねてきました。その活力となったのが他律的・集団的な尺度でした。しかし、「追いつき追い越せ」がある程度達成された今、私たち日本人は呆然自失して、新たな道を探しあぐねています。少子高齢化、地球温暖化など、答えのない問題、あるいは答えが一つではない問題を前にして、立ちすくんでいる状態です。それは国家だけでなく、私たち個人にもいえることでしょう。だからこそ、今、価値と目的を見出し創造することが重要だと考えます。

「価値と目的を見出し創造する」は、次の3つの要素に分解できると考えます。「自分の尺度を持つ」「他律から自律へ」「集団から個へ」。さらに言い換えれば、「何か」から「誰か」へ、となるでしょう。つまり、「日本人」「早稲田大学高等学院教員」という「何か」ではなく、「本杉秀穂」という固有名詞を持つ「誰か」へ。これからは、「本杉秀穂」が「何を語り、何をする人」なのか、個人の具体的な言説と行為が重視されるようになるのです。

話が難しくなってきたので、具体例を紹介しましょう。

あるOBは、高等学院在学中から地域社会と環境問題に関心を寄せ、早稲田大学周辺の商店街の人々と語り合い、ついには商店街をサポートする株式会社を立ち上げ、高校生社長として話題になりました。彼はその後別の会社も立ち上げ、現在も「脱・補助金依存のまちづくり事業」に情熱を燃やしています。


最優秀賞Stanford e-Japan award受賞

もう一人、昨年卒業したOBは、学校主催のほぼすべての国際交流プログラムに参加。英語ができずに悔しい思いをしたので、奮起して英語をマスターし、スタンフォード大学が主催するプログラムで最優秀賞を獲得しました。彼は「学校の外にこそ本当の自由はある。言葉で世界に感動を届けたい」と語り、本当にやりたいことに取り組めて、深めたい研究ができる学部と教授を見出して、偏差値等の他律的な尺度によらず自分が最適と考える学部を選択して進学しました。

どちらのOBも、自分の尺度を持ち、他人に自分の人生を支配させることなく、「価値と目的を見出し創造する」人生を歩みつつあります。

では、「価値と目的を見出し創造する」を実現するための教育とは、どのようなものか。キーワードは「挑戦」「探究」です。すなわち、「自分で挑戦する、五感をフルに刺激する本物の知的・活動的体験」を、できるだけ数多く生徒たちに提供することです。

また、肩書や所属団体などの「何」ではなく、固有名詞の「誰」との接触が重要になります。そこで生徒同士が互いに「誰」と「誰」として出会える環境が求められます。そこでは、「異質な個」との出会いや「聴き取り合い」から、互いに触発し合える関係を築いていくことが重要です。

さらには、先ほどの「挑戦」「探究」が心置きなく実行できるよう、失敗を怖れず繰り返し挑戦し続けられる、精神的・物理的環境を用意することも大切です。そのためには、いたずらにあくせくすることなく、豊かな時間が流れ、自由と寛容が実感できる環境であることも重要です。


理科の観察・実験

本校では、すでに「価値と目的を見出し創造する」授業を進めています。たとえば、一人ひとりの観察・実験から始まる理科。高性能の顕微鏡を各自に操作させ、徹底して自分自身の目で見る観察・実験を大切にしています。自分一人で向き合うからこそ、そこに新たな発見や驚きが生まれ、その驚きが生まれた瞬間こそ、学問・科学・サイエンスの始まりです。高校の化学では、他に類を見ないほど徹底した実験を行い、好奇心を探究心にまで高め、早稲田大学の研究施設と連携して本物の研究に触れる機会を設けます。

ドイツ・ラインガウ ギムナジウムとの交流

校外研修は、たとえ中学生であっても、計画立案から自分自身で行います。佐賀県まで水を調べに出掛けていったグループもあります。多彩で身近な国際交流体験も盛んです。高校では昨年14人が1年間の海外留学を経験し、短期派遣・交換留学に参加した生徒は80人に達します。相手国は豪・仏・独・露・中・韓・台・米など。また、長・短期合わせて、海外から約180人の高校生を受け入れています。中学部の教室に交流訪問中の海外高校生が参加して文化紹介をする機会などもあって、高校生になると国際交流活動に熱心に参加して留学を志す中学部出身者が大勢います。

以上述べてきた価値と目的を見出し創造する教育は、早稲田大学建学の理念、「学問の独立・学問の活用」「模範国民の造就」に合致し、早稲田大学の学風である「進取の精神・自由の精神」にも通じるものであることを、最後にお伝えしたいと思います。

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