第1部 特別講演(1)
自己肯定感、自信を育む
皆さんは今、お子さんの子育てに奮闘されていると思いますが、すべての親に共通する願いは、子どもがいつか独り立ちして、自分の力で生きていけるようになることではないでしょうか。なぜなら、親は子どもより先に死んでしまうからです。
これからの子どもたちは、どのような社会で育っていくのか。ひと言でいえば、多様化する社会です。在留外国人の数も、海外在留邦人の数も、来日する外国人旅行者の数も右肩上がりで増えています。一方、右肩下がりで急激に減っているのが、わが国の人口です。
30年後、日本社会はどう変わっているか、誰にもわかりません。しかし、そうした未知の社会でも生き抜いていく力を子どもたちに養うことが、今、教育に求められています。
今の日本の若者はどのような自己認識を持っているのか。ここから、平成26年版「子供・若者白書」のデータを見ていきます。この白書では、若者の自己認識を比較対照するため、日本、韓国、アメリカ、英国、ドイツ、フランス、スウェーデンの若者に同じ質問のアンケート調査を行っています。対象年齢は13歳から29歳です。
日本の若者で「自己肯定感」を感じているのは45.8%。韓国は71.5%で、欧米では80%を超えています。また、日本の若者で「自分に自信がある」と答えたのは68.9%。韓国は75.0%で、アメリカに至っては93.1%に達しています。結局、日本の若者は、自己肯定感も自信も、7カ国中最も低かったのです。
データを年齢別に見ると、さらに興味深いことがわかります。日本の若者で、自己肯定感と自信が最も低くなるのは20〜24歳のとき。就職活動を経て、社会人として働き始める時期に当たります。だとすれば、わが国の教育においては、「巣立ちのミスマッチ」が起きていると見るべきでしょう。
もう少し深刻な話をします。日本の若者でフリーターとなっている人はおよそ6~7%。ニートは約2%。今の若者の10人に1人はフリーターかニートということになります。さらに深刻なのは「引きこもり」で、近年では「8050問題」が取り沙汰されています。50歳になった引きこもりの子どもを80歳の親が面倒見ている、という構図です。
ともあれ、子どもたちはこれから20~30年後、自己肯定感にあふれ、強い自信を持った世界の若者たちと協力し、あるいは競争しながら生きていかなければなりません。日本の若者が、世界の若者に気後れせず、たくましく対峙するには、自己肯定感と自信の涵養が不可欠であり、それこそが真の国際化教育であると考えます。
先ほど、世界の若者の自己認識を比較しましたが、アメリカの若者の自己肯定感と自信の高さは突出しています。アメリカの若者はなぜ、自信と自己肯定感にあふれているのか。私は10年以上アメリカの大学で教えてきましたが、そのとき気づきました。アメリカでは、若者を褒めて育てるのです。それは褒め言葉の数の多さを見てもわかります。amazing, awesome, brilliant, clever, cool, elegant, enough, excellent, fabulousなど、英語には相手を褒める言葉が豊富にあります。一方、貶し言葉はbad, poor, stupidなど、数えるほどしかない。アメリカでは貶す文化がないので、言葉も成熟していないわけです。
日本はどうでしょうか。日本の若者の場合、叱られて育つケースが多く、学校教育では得意なことを伸ばすよりも、苦手を克服させようとし、皆と横並びで目立たないようにすることが求められます。その結果、自分に自信が持てなくなり、周りの人も信頼できなくなります。また、日本人は基本的に日本人を尊敬していません。
私は、日本でも子どもを褒めて育てるべきだと考えます。お勧めしたいのは、子どもを「垂直比較」で褒めること。同世代の誰かと「水平比較」してしまうと、「○○君はできるのに、なぜできないの」などと言ってしまいがちですが、子どもの背が伸びる様子を見るように、以前の状態と今の状態を比較すれば、進歩や改善した点が必ずあります。それを見つけて、褒めてあげてください。自己肯定感も自信も高まるはずです。
全校を挙げて行われる「運動会」は、生徒に居場所を提供する場でもある。
その好例が、開成の生徒たちです。先ほどの「子供・若者白書」とまったく同じ質問をしてみた結果、開成生は自己肯定感も自信も欧米並みに高かったのです。
開成生はなぜ、自己肯定感と自信が高いのか。それは生徒たちに自主的行動、自律的行動のチャンスを数多く与え、達成感を得られやすい教育を実践しているからです。与えられたものではなく、自分で自主的に選んだ事柄を実行し、たとえ困難に遭遇しても自力で乗り越え、成果に到達することができれば、それがどんなに小さな成果であれ、自己肯定感や自信の源泉になります。もう一つの重要な要素は「楽しい時間」。楽しい時間であれば、積極的にものを考えたり、行動したりすることができるからです。開成ではそれを実証するため、毎年6月に生徒全員に、「学校は楽しいですか」というアンケートを行っています。結果は、「楽しい」「まあ楽しい」を合わせて95%以上。中1に至っては98%を超えています。
最後に、自主性・自律性を育む開成の教育は、次の3本柱で成り立っています。学問の学び方を身に付ける「授業」、好きな活動で個性を際立たせる「部活」、合意に至る議論を通して社会性を磨く「学校行事」。
子は親の鏡です。自己肯定感にあふれ、強い自信を持つ若者を育てるには、まず大人社会から変わらなければなりません。