中学受験と子育てを考えるフォーラム

慶應義塾普通部部長 山﨑 一郎 先生

山﨑 一郎 先生1
慶應義塾普通部
部長
山﨑 一郎 先生

 福澤諭吉先生は慶應義塾開設の目的について“全社会の先導者”となる人材を育てることを示されました。慶應では学生のことを「塾生」、そしてOBと教員を合わせて「慶應社中」という言い方をしますが、この社中が掲げる言葉に「独立自尊」があります。「個人一人ひとりが学ぶことによって知識を増やし、仕事を持って生計を立て、そして他の人と交わってさらに知識を増やし、社会や国の発展に貢献する」という意味で、“全社会の先導者” になるためには、個人の学びと人間(じんかん)交際が大切であることを訴えられたわけです。「人間(じんかん)」は英語でいうSociety=社会のことを意味します。すなわち、本校では、中学を全社会の先導者となる人格の土台作りをする時期ととらえ、その学びと人間交際に取り組むために用意と工夫を凝らしています。

 本校の学びについては、「普通」という名前の由来、福澤先生の「専(もっぱ)ら勤むべきは人間普通日用に近き実学なり」の言葉に込められています。「普通」とは、「普(あまね)く通ずる」ことであり、世間に広く認められることを学ぶこと。福澤先生は、「飯を炊き風呂を沸かすも学問なり」「活用なき学問は無学に等し」とおっしゃいました。学問は実社会で活用されなければならない、そして実学こそが「サイヤンス(科学)」だと説いているのです。

 そのため、普通部の授業では基本的な仕組み、原理原則、そして観察や作業の手順などを徹底的に学びます。そして、それらを言葉で理解して、他の人に言葉で伝える。そういう能力を鍛えます。特定の科目を特別に重視するわけではなく、芸術教科や体育の授業もまんべんなく学んでもらいます。

 なかでも、国語の作文や理科のレポートなどの課題は正直、新入生をかなり苦しめます。理科では、実験や観察を、ほぼ毎週、2時間続きで行います。しかも1回では終わりません。カエルの解剖では、ホルマリン液に1回漬けたものを取り出して、解剖を進め、神経細胞の抽出や、骨格標本の提出までします。

 一方、個人の学びを進めて、自ら学ぶことを目標に掲げています。それを体験する場が「労作展」です。これは、生徒全員が各自で、美術や技術の作品、小説、あるいは理科や社会の論文など、何か一つを制作し、公開して、その評価を受ける場です。テーマにどう取り組むかは、どう学ぶかという姿勢の現れになるのです。

 この労作展では、テーマ設定も作業の進め方も、基本的に本人任せです。教員は、ヒントを出しても、結論は出しません。力作が数々あるなかで、もちろん、少々残念な作品もありますが、これも普通部流の自由の姿なのです。結果よりも過程を重視する。そういう姿勢が普通部の教育には欠かせないものだと思っております。

 一方、平常の学習については、学期ごとに成績表を渡しますが、偏差値や順位を勉強の動機づけにさせるつもりはないので、学年やクラス別の順位などは出していません。しかし、進級や進学に際しては、成績の基準は必ず超えてもらいます。基準をクリアできなかった場合には、もう1年、同じ学年にとどまってもらいます。このあたりも普通部が鍛えている一面だと思っています。

 さらに、普通部百年を機に、1998年から「目路(めじ)はるか教室」というOBによる授業を行っています。ここでは、毎回30余名、社会のさまざまな分野で活躍する先輩方が、自分の生き様について直接生徒に訴える授業をしてくれます。そのうちの多くは、教室ではなく、それぞれの先輩方が活躍している現場で行われます。普通部生にとっては、20年、30年後の自分像をイメージできる、そういう行事だと思っています。今年で18回目を数えますが、講師の人選、依頼交渉を、世話人といわれるOB実行委員の人たちが担当してくれています。

山﨑 一郎 先生2

 国際交流については、2012年からフィンランド、そして、今年からオーストラリアの学校と交流を始めています。夏休みに、現地校が通常授業をしているときに訪問し、交流を深めてきます。そして9月は相手校の生徒が普通部を訪問。ホームステイを受け入れるご家庭もあります。この短期の交流で英語力が飛躍的に向上するとは思っていません。ただ、大きな刺激になるのではないでしょうか。

 こうした先進的な取り組みもありますが、普通部の究極の原則はあくまでも「普通を学ぶ」ことです。一つの学年に240名の能力あふれる個性的な男の子が集う場なので、個性のぶつかり合いは当然ありますし、当初から予定調和が実現しているとも考えてはいません。周囲からの刺激を受けて個人が成長する“揉まれる場”であると考えています。

 とはいっても、男子校としては手厚く面倒を見ます。1年生が24人の10クラスということも、この姿勢の表れだと、われわれは思っています。2年生と3年生の教室のある新校舎も2月に竣工しました。新校舎は男子の学校らしくシンプルさをコンセプトに、スペースの確保に努め、ホームルーム教室の面積を大幅に拡大。また、12教室とは別に普通教室を12新設してWi-Fiの環境も整備しました。

 私立進学校の宣伝文句に、「中学から高い学費を払って付属に入れなくても、うちの学校でそれなりの勉強をしていれば、最低早慶には入れます」的なことをうたう学校もあると聞きますが、“全社会の先導者” という慶應精神の継承者になるためには、それでは不十分ではないか、「ぜひ、普通部から」、そのように思っています。労作展などの機会に普通部にお越しください。