中学受験と子育てを考えるフォーラム

麻布中学校・高等学校 校長 平 秀明 先生

平 秀明 先生1
麻布中学校・高等学校
校長
平 秀明 先生

 中学受験においては、たくさんの知識を“押し込む”という意識がありますが、それよりも大切なのは「子どもが持っている力を引き出す」ことだと常々思っており、本校の教育でもそれを実践しています。

 本校は、今からちょうど120年前の1895(明治28)年に、幕臣だった江原素六先生により創立されました。以後、男子普通教育に徹し、「自由闊達」「自主自立」の校風の下、3万人以上の卒業生を輩出してきました。1クラス43名、7クラス編成で、中学921名、高校898名が在籍する、港区内では最も大きな規模の中学校・高等学校です。全校生徒に対し専任教員は92名。生徒20人に1人ということで、とても手厚い教育ができています。

 さて、教育には二つの面があるということを強調したいと思います。一つは、文化の伝承、そして社会を再生産するために教え育てる教育です。強制的にでも教え込まなくてはいけない。そういう強い力が働く部分です。

 もう一つは、より良く生きていくための学びです。それまでなかったものを、その子のなかに打ち立てながら、立派な大人に育てていくという教育です。

 本校でも、知識を受け継ぐという部分では、基礎力の徹底を重視して行っています。英語では、少人数制や、ネイティブ講師による授業などを中学の段階から実施。数学では、形式的な式の操作や図形の論証といった思考力を養うところに力を入れています。また、座学中心、頭脳中心では心身が健全に発達しません。そこで、中学1,2年生では、授業の半数を実技科目にしています。理科は各分野で実験を盛り込み、英語や体育、技術・家庭などでも、理論と実習を並行して進めています。

 体育の授業は、グラウンドと今年3月に竣工した新体育館および多摩川河川敷のグラウンドで行っています。柔道・剣道は中学1年生から高校2年生まで選択必修ですが、高校2年生になると、多くが初段を取るまでの実力がついています。道場のほかにも新体育館には、フルサイズのバスケットコートが2面取れるアリーナや、屋上には六本木ヒルズや東京タワーを望むテニスコートもあります。

 一方、個人の確立という部分では、感性を磨く教育を充実させています。音楽、美術、工芸、書道といった芸術科目にも標準以上の授業時間を割き充実させています。その成果か、毎年片手に余るくらいの人数の生徒が芸術系の大学に進んでいます。

 徹底的に自分の頭で考えて、書くことによって表現する、そういう学びも重視しています。中3の現代文では、共同で卒業論文を書かせ、高1の社会科では、個人で基礎課程修了論文を作成します。このような学びを支える知のセンターとして、創立100周年記念館内の図書館には約8万冊の蔵書があります。

 また、これからの時代は、人や国、文化の多様性を認め合うことが大切です。中学1年生の社会科は、世界の地理と近現代史を同時に学ぶ「世界」という教科のみです。今の世の中をざっくりつかんだうえで、日本の地理や歴史などに入っていく方式にしています。

 生徒の自主活動も盛んで、40を超えるクラブが活動し、文化祭や運動会も生徒の手で支えられています。

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 国際交流活動は創立100周年を機に始めました。カナダ、韓国、中国の提携校とは、春休みなどの長期休暇を利用して、現地の学校に行ってホームステイをします。相手先の来日の際は、ホームステイや交流授業などを実施しています。ほかにも、ガーナ、シンガポールなどの高校生とも交流しています。

 さらに、絶えざる刺激を与える試みとして、高校1・2年生を対象に、各学期8回、土曜日の3、4時間目を使い、「教養総合」という授業を11年前から実施しています。その授業では、語学や人文、科学、芸術、スポーツとさまざまな分野で、本校教員がいろいろ工夫して行うものもあれば、外部から講師を招いてオムニバス形式で行うものもあります。語学では、英語やドイツ語、フランス語、ラテン語など。科学では、マイコン制御のロボット製作などがあります。

 男の子の心は、好奇心の塊です。見たい、知りたい、いろいろなことを体験したい。そういう気持ちでいっぱいなのです。ですから、「遊んでばかりいないで勉強しなさい」と言われる子はたくさんいますが、「勉強ばかりしていないで遊びもしなさい」と言われる子はあまりいないことでしょう。遊びと勉強は、一般的には対立する概念です。遊びは、強制されなくても楽しいから自発的に行います。それに対し、勉強は、“勉めることを強いる”という字のとおり、やらなくてはいけないものなのです。ならば、どうしたらよいか。勉強が楽しくなればいいのです。子どもは、楽しければ自発的にやる、自発的にしたものは勉強ではなく学習になります。ですから、本校の教師は、勉強は教えません。勉強が楽しい、ということを教えるのです。そして、そのように生徒の好奇心を揺さぶり、刺激する仕掛け、あるいは装置が、本校ではいろいろなところに用意されているのです。