中学受験と子育てを考えるフォーラム

特別講演(3)「学ぶ力」と未来へ向かう「意志」を育む

本杉 秀穂 先生
早稲田大学高等学院・中学部
学院長
本杉 秀穂 先生

 早稲田高等学院中学部は2010年に早稲田大学が設置した初めての附属中学校で、高等学院と同じ校地に併設され、一体化した環境にあります。原則として中学部から全員が高等学院へ進み、全員が早稲田大学に進学する、大学受験を前提としない附属の中学校・高等学校です。中高大一貫の教育が学ぶ力と未来に向かう意志をどのように育んでいるか、中学部はまだ歴史が浅いため、今回は高等学院のお話を中心に紹介します。

 最初に卒業生について。大学の学部はもちろん、社会に出てからの卒業生の進路は実にさまざまです。各界の企業経営者をはじめ、日本の経済あるいは政治の要を担っている卒業生の多さも自負するところではありますが、最も誇りとしたいのはその多様さであり、そうした人材を輩出している教育環境です。

OBによるライフデザイン講演会は、早大学院生の進路選択に大きな役割を果たしているOBによるライフデザイン講演会は、早大学院生の進路選択に大きな役割を果たしている

 男子だけの社会で伸び伸びとした青春時代を過ごし、お互いに優れたところもそうでないところもさらけ出しているので、本当に心許した「われらが母校」と感じている卒業生が、実にたくさんいます。さまざまな分野の最先端で活躍しているOBたちを講師に招いて講演会やパネルディスカッションを開催していますが、たいへんありがたいことに「母校に貢献したいのでぜひ後輩たちに話をさせてほしい」と、自分から声をかけていただけます。そうした先輩方の熱い思いが後輩たちに通じないわけがありません。メガバンクの執行役員、東京大学や慶應義塾大学の教授、外資系のパソコン会社の社長、東証マザーズに当時最年少で上場を果たした起業家・・・、そうしたさまざまな卒業生が集まってパネルディスカッションをして、社会の現状や将来の日本の在り方について生徒たちに語り掛け、どのような学院生活を送るべきか、熱く話をしてくれます。

 では、このように社会の第一線で活躍する、あるいは多様な特徴ある道を歩む人材がどのようにして生まれるのか。その淵源は、早稲田大学が1908年に授業を始めた高等予科にさかのぼることができます。すなわち、常に早稲田大学の一部であり続けている、大隈重信による早稲田大学の建学の理念が生き続けている学校だからということになります。

早稲田大学に通う留学生と交流をはかる「アウトリーチ・プログラム」 早稲田大学に通う留学生と交流をはかる「アウトリーチ・プログラム」

 早稲田大学の建学の理念は、「学問の独立」「学問の活用」「模範国民の造就」の3つです。「学問の独立」は、権力や権威、あるいは風評に左右されることなく独立の精神を持って真理の探究に当たろうということ、「学問の活用」は、真理探究は未知・未解決の問題に取り組むのだから一個人でできるものではなく、同じ真理探究の志を持つ世界中の人々と自由な議論を通じて協働するべきであるということ、「模範国民の造就」は、学問の独立と活用を通じて社会と世界平和への貢献の志を持つ国民を生み出すということ。この建学の理念に基づいて高等学院も創設され、それを現在に至るまで引き継いでいます。そして、それらのことを実現するために、偏見や先入観なく、自ら真理探究に向かい、臆せず世界の人々と議論し、問題を自ら見出して果敢に挑戦していく挑戦心を「進取の精神」で培おうという、そうした建学の理念を実現させていく、それがわれわれの教育の根源ということになります。

 この建学の理念を実現するための基盤となるのが、早稲田の伝統的な学風である「自由」です。なぜ自由が大切なのか。真理探究への挑戦には常に失敗のリスクがあります。挑戦は試行錯誤の繰り返しです。失敗を恐れず挑戦してこそ、たくましい知的挑戦者に成長することができます。したがって試行錯誤をして失敗を乗り越えていくために、やってみる、取り組むことができるという自由が必要なのです。学院生には、自由を、挑戦を行うための不可欠な基盤として認識して行使してほしいと常に語りかけています。

 学風と伝統でいえば、高等学院は高等予科の後に学制変更で旧制高校になったため、旧制高校の遺伝子も持っています。旧制高校の遺伝子とは、いまや死語となっていますが、「バンカラ」ということ。バンカラはハイカラの対語というべきもので、擦り切れた学生服、学生帽にマントをまとって大声で歌を歌い、哲学書を片手に口角泡を飛ばして議論に熱中するなど、少し乱暴者に見えるが、外見の姿かたちにとらわれることなく真理を追究する気風です。これを「知的なバンカラさ」と呼んでいます。それが現在の高等学院にも受け継がれています。

マリンチャレンジプログラムマリンチャレンジプログラム(日本財団・JASTO・リバネス共催)には、中3生が率いるチームで参加した

 最後にまとめさせていただくと、早稲田大学高等学院中学部は早稲田大学の建学の理念が根付いた附属校であることと、「知的なバンカラさ」を備えた学校です。学校パンフレットの冒頭に「エラーからトライへ」と書いています。この学校が大切に考えているのは、失敗を恐れずに挑戦をする自由、君と私は違うからお互いに意見を交わそうじゃないかという相互リスペクトに基づく他者との切磋琢磨、そういう自由や寛容さに加え、アカデミックな環境です。それにより、知的探究心と知的探究力に裏打ちされた挑戦が可能になり、この問題に取り組んでいくんだという未来に向かう意志、その意志に応じて自ら問題を解明していく学ぶ力が形成されていくと考えています。