言語の果たす役割は
知識獲得から
コミュニケーションへ

髙宮 グローバルに活躍するとなると、気になるのは語学教育です。大学入試に導入される英語4技能が話題になっていますが、語学教育についてはどのようにお考えですか。

柳沢 子どもは成長するにつれてどのように母国語を獲得していくか。これは、まさに語学教育に通じる話です。子どもは最初からしゃべることができるわけではありません。親からのいろいろな語りかけを聞いているうちに、だんだんと話せるようになります。そのときに親が喜んで聞き、質問をしてあげることが大事です。いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのようにしたか。たとえば、「今日、楽しかった」と言ったら、「何をして楽しかったの?」「どこで遊んだの?」「誰と遊んだの?」と順に聞いてあげる。答えていくうちに、子どもは「これを全部言えば、だいたい通じるのだな」とわかってきて、論理の構造を理解していきます。次に身の回りにあふれる文字に興味を示したら、話し言葉と文字をうまくつなげると文字を読んで情報を得ることができるようになり、最後に書くことにつながります。
 日本でもやっと「英語は4技能が大事だ」と言うようになりましたが、これまで日本の英語教育は「読む」「書く」を偏重していました。日本語はもともと文字のない言語でした。中国語を文字として取り入れ、万葉仮名で発音だけを表しました。漢字で表記され、中国語として入ってきたものは日本語で読みました。たとえば、「国破山河在」。中国語では発音できませんが、「国破れて山河あり」と読み、その意味は誰もが知っています。そういうスタイルで外国語を受け入れたことが、英語教育にも影響しています。
 明治時代以降、英語、ドイツ語、フランス語が日本に入ってきましたが、それは知識を得るためのものでした。そのため、外国語は書くこと、読むことが重要だという話になりました。しかし、言葉にはコミュニケーションという役割があります。「話せても、読めなければだめだ」と言う人がいます。でも、ごく少数の学問をやる人にとっては読むことが重要であっても、大多数の人たちにとってより大切なのは、聞くことと話すことなのです。



本当の自信と自己肯定感は
一人で生きていく難しさを
乗り越えて初めて身につく

髙宮 コミュニケーションの道具としては聞くこと、話すことが重要ですが、それだけができてもコミュニケーションがうまくとれるとは限りませんね。

柳沢 語学力はあくまでもコミュニケーションのための技術です。国籍の違う人々と働くようになると、自信と自己肯定力を持っていないと外国の人と渡り合っていくことはできません。その意味で、一定の成長段階に達したときに、たとえば大学生になったときに一人暮らしをさせることは、日本の現状から考えると重要なことだと思います。今の子どもたちは高い生活水準で暮らしていますが、一人暮らしを始めれば生活レベルは必ず下がります。その経験が大事なのです。

髙宮 実家にいれば食事も作ってもらえる、洗濯もしてもらえる、シーツもきれいにしてもらえる。そういったことが一人暮らしでは望めませんからね。

柳沢 学生時代に一人暮らしを始めて、いったん生活水準が下がり、社会人になって徐々に生活水準が上がる経験をすると、働く意欲が高まります。つまり、一人暮らしをして不自由な生活を体験すると、自分の力で一歩ずつステップアップしていこうという意欲が生まれるのです。

髙宮 それを成し遂げたときの達成感が自己肯定感につながるわけですね。

柳沢 日本では今、大学入学後、受験勉強で燃え尽きてしまったり、大学を高校の延長のように感じたりする学生が少なくないといわれています。その背景には自己肯定感の喪失があるのではないでしょうか。自己肯定感や自信を養うためには、一人暮らしの苦労、自立することの難しさを味わうことが重要だと思います。冒頭で、多くのボーディングスクールでは中3くらいの年齢から寮生活を始めるという話をしました。寮生活はともかく、そのくらいの年齢になったら、保護者の方は「必要以上に子どもの世話を焼かない」という意識を持つことが大切です。