中学受験と子育てを考えるフォーラム

灘中学校・灘高等学校学校長 和田 孫博氏

和田 孫博氏1
灘中学校・灘高等学校
学校長
和田 孫博 先生

 「世界に通じる人材育成」という少々大きなタイトルを掲げて、本校の特色と、グローバル教育について話したいと思います。さまざまな分野でグローバル化が進む今「グローバル教育」は、もはや必要というより必然です。しかし、日本は昔から、外国文化を日本風にカスタマイズするのが得意で、色々な面でガラパゴス化しています。明治維新後、夏目漱石や正岡子規の時代には、欧米文化を取り入れるために外国語の授業が盛んになりましたが、日本人の教員が育つにつれて日本語で教育が行われるようになり、テキストも日本語に翻訳されました。その上、戦争が始まると、英語は敵性語として禁止されてしまいました。戦後も日本語教育が中心となり、「海外に行くなら英語が必要」という程度の認識でした。しかし、これからは「日本にいても英語が必要」です。公用語を英語にする企業も出てきており、この動きはますます進むでしょう。英語でビジネスや学問のコミュニケーションを図るためには、日常英会話ができる程度では間に合いません。英語でジャーナル(論文)を読みこなし、英語でプレゼンできる力が求められる。世界の大学ランキングで日本の大学が弱いのは、英語の論文が少ないからです。日本語でいくら立派な論文を書いても世界で読まれないし、引用もされないからランキングは上がらない。こうした社会の動きを受け止めて、中等教育でのグローバル教育も必須となっています。

 では、グローバル人材の条件とは何か。一つは「異文化でコミュニケーションする力」だと思います。英語が使いこなせればいいわけではない。自国をしっかり理解したうえで、他国の文化背景を尊重しなければならない。英国人がシェイクスピアを深く理解し、うまく引用するように、日本人は源氏物語をきちんと理解しているでしょうか。自国の文化を誇りにしつつ、排他的にならずに異文化を理解して受け入れる力が必要です。大学では専門分野の研究を深めねばなりませんから、基本的な人間的教養を身につけるためには中学・高校での学びが重要です。大学受験に必ずしも直結しない教養的な部分を本校が大切にしているゆえんです。もう一つは「協同で課題解決に努力できる力」です。自分にできることを精一杯やるのはもちろんですが、誰しも得意分野があれば不得意分野もある。個性を補い合い、他者の秀でたところを引き出していくことが大事です。

 少し話は変わりますが、本校の創設者は嘉納治五郎です。柔道家として有名ですが、むしろ教育者であり、真の国際人でした。明治中期までの英語教育をしっかり受け、柔術に段級制を取り入れて近代スポーツに変えました。アジア初の国際オリンピック連盟の委員になり、戦前に1940年の東京オリンピック招致活動の団長を務め、英語で最終プレゼンテーションし、招致に成功しました。大会自体は世界情勢が悪化したため幻に終わりましたが。その嘉納先生の教えが、本校の校是「精力善用、自他共栄」です。これは、グローバル教育に通じる考え方だと思います。

 「精力善用」とは、自分の力を最大限に利用すること。そのためには自分の長所・短所を自覚したうえで、長所を伸ばし、短所を克服しなければいけません。そして、自分を批判的に見つめる視点も必要です。「自他共栄」は文字どおりです。今の自分があるのは周りの人々のおかげであり、自分がさらに成長することで周囲に恩返しをしなければいけない。この考え方は、他者の個性を尊重しながら互いに成長し、命の尊さを学ぶことにつながるのです。

灘校舎

 さて、本校では今年、2年間にわたる校舎改修工事がようやく完了しました。現在の校内の様子を少しご紹介しましょう。所在地は神戸市東灘区です。都市にありながら、背後に六甲山を控えた自然豊かな環境です。図書館は従来の2.5倍以上の広さになり、生徒たちが憩う緑豊かな庭園スペースもできました。グラウンドに人工芝を敷設したほか、嘉納治五郎の精神を受け継ぐ柔道場も新しくしています。

 部活動は本校でも活発で、その結実の一つが文化祭です。女装などで盛り上がる一方、養護学校の生徒を案内したり、東日本大震災の被災地との交流を図ったりする企画など、福祉的な側面を持つ企画もあります。また、夏休みを利用した異文化研修、ディベートの世界大会への参加、国際科学オリンピックへの挑戦など、グローバルなチャレンジも活発です。これらの活動は学校で指導しているわけではありません。放課後や長期休みを活用しながら、好きなことを伸ばした結果の一つだと思います。

 以上、簡単ですが、学校の紹介とグローバル教育についてご紹介しました。