次世代の子育てと教育を考えるシンポジウム

矢澤 和明 先生 佐藤 恵子 先生 酒井 桂 先生 髙宮 敏郎 氏

矢澤 和明氏
<パネリスト>
慶應義塾普通部
理科教諭
矢澤 和明 先生
佐藤 恵子氏
<パネリスト>
慶應義塾中等部
英語科教諭
佐藤 恵子 先生
 酒井  桂氏
<パネリスト>
慶應義塾湘南藤沢中・高等部
数学科教諭
酒井 桂 先生
髙宮 敏郎 氏
<モデレーター>
SAPIX YOZEMI GROUP
共同代表
髙宮 敏郎 氏

学校生活

パネルディスカッション1

髙宮 慶應義塾の一貫教育校では、福澤先生の教育理念を受け継ぎながらも、各校が独自の教育を行っています。「同一の中の多様」がどのように次世代を育んでいくのか。まずは学校生活についてです。各校ともに制服の扱いや取り決めが異なりますが、校風と併せてお聞きしたいと思います。

矢澤 私自身、20年ほど前に普通部生でしたが、正直、男子にとっては「毎日の服装に気を使わずに済むありがたい存在」の黒の詰襟です。ちょうどその頃から制帽の着用が自由になりましたが、最近は制帽をかぶって登校する生徒も見られ、「伝統を大切にしよう」というご家庭の姿勢を感じています。

佐藤 中等部には式や行事に着用する基準服がありますが、平常時は原則自由です。学校側としては「中等部としてふさわしい端正な服装を」と中学生にとっては難しい指示を出しています。ですから入学してしばらくは式服で登校して、上級生の様子を見ながら、私服へと移行していくようにしています。

酒井 本校ではスカートとスラックスのみ学校指定のものを着用する決まりで、その他は何を合わせても自由です。多くは保守的なスタイルですが、湘南藤沢中等部の男子生徒にはポロシャツのようなラフな格好も目立ちます。式服の他にも、無地やチェックなど数パターンの通学服があるので、それらを組み合わせてのおしゃれも楽しんでいるようです。

髙宮 次に、大学受験にとらわれない良さということで、授業や部活動、課外活動の特徴について、生徒さんに近いお立場からお聞かせください。

佐藤 担当する英語科では徹底して文法を学ばせています。並行してボキャブラリービルディングも行いながら、ネイティブ教員と一緒に、英語を使って発信する学びも展開していきます。さらに3年生では選択授業でフランス語やスペイン語を学ぶこともできます。校風は、「明るくて風通しが良い」につきます。教員室も通常は生徒の出入りは自由です。私も生徒たちから「佐藤先生」ではなく「佐藤さん」、「サトケイさん」と呼ばれています。また、校友会活動もとても盛んで、2人に1人は2つ以上のクラブを兼部しています。

酒井 中高一貫の下、湘南藤沢中等部では各教科ともに基礎を身に付けることに力を入れています。数学を例に挙げると、計算力をはじめ基本的な知識の習得に加えて、考えたことを論理的にまとめる力の養成にも気を配っています。問題を解く過程を整理して書き表すことをおろそかにすると、高校以降の学びにつなげていけないからです。部活については、基本的に全員が参加することになっています。

矢澤 普通部では、昨年2月に完成した新本校舎に理科の実験室が2つ整備され、既存のものと合わせて4つになりました。それにより、各学年で毎週の実験室での実験が可能となり、物理・化学分野、生物・地学分野の実験を交互に行っています。実験後は必ずレポートを提出させますが、最初はレポートの書き方の基本、スケッチやグラフの入れ方までを丁寧に指導していきます。そうやって3年間でのレポート数は60以上に及び、書く力やまとめる力はおのずとつきます。実際、大学に進んでから「普通部でのトレーニングのおかげ」と実感する卒業生も多いようです。
  また、選択授業では「英語で学ぶScience」という授業もあります。中3の希望者を対象に、元素記号を英語で覚えるゲームや、英語による実験解説など、理科を題材に英語を使う場面を設定しています。どちらの取り組みも、大学受験がないからこそ可能な授業だと思います。

国際交流

髙宮 2つ目の視点、国際交流について。ここでは、実際に参加した生徒さんの様子について紹介していただけますか。プログラム数が最も多いSFCからお願いいたします。

酒井 SFCの中等部では、3年生から2つのイギリスのプログラムやシンガポールのプログラムの他、隔年で開催されるニュージーランドとオーストラリアのプログラムに参加することができます。これに加えて、高等部では米国、韓国のプログラムも用意されており、年間60名程度の生徒が様々なプログラムに参加しています。そして、各国から同数程度の留学生を受け入れていますので、年間を通じて、学内での国際交流も盛んです。いつ、どんなプログラムがあるかは入学時に伝えているので、高校卒業時までの6年間の中でどのプログラムに参加するかを早い段階で考えられると思います。

矢澤 普通部では、フィンランドとオーストラリアの学校と交流を持っています。ともに、本校の教員が運営している手作りのプログラムで、フィンランドのプログラムは訪問と受け入れを隔年交互で実施します。訪問時期は8月末から9月初旬で、現地校での授業やアクティビティに参加します。参加する生徒は、幼少期から英語に触れていた生徒もいれば、普通部に入学してから初めて英語を学んだという生徒もいます。年々参加希望者が増えているので、面接や簡単な英会話で選考していますが、重視するのは、英語を使ってみたいという熱意。強い意欲があってこそ、帰国後に伸びるからです。実際に、帰国した後も、訪問中の留学生に積極的に話し掛けるなど、頼もしい変化を感じます。

髙宮 学校によっては「留学プログラムは女子のほうが積極的で、男子の希望者は1割以下」などという話を伺いますが、応募者多数とは、普通部生はたくましいですね。

矢澤 そうですね、フィンランドの学校との交流については、20名の定員に対して、60名以上の応募がありました。

髙宮 素晴らしいですね。中等部はいかがですか。

パネルディスカッション2

佐藤 本校では2年の春休みと3年の夏休みに希望制で英国研修を実施しています。中2の春休みは部活動に専念したい生徒も多いので、3年で再度機会を設けています。本校では帰国生入試を設けておりませんので、大半の生徒は入学後から英語を学び始めます。そのため選抜にあたっては、作文や面接で総合的に判断します。帰国した後は、どの生徒も語学学習への意欲が向上するようで、高校や大学に進学後、より本格的な留学プログラムに挑む生徒もいます。

髙宮 各校、想像以上に充実していますね。さきほど、SFCの会田先生のお話にもありましたが、一貫教育校の高校生を対象にした派遣留学制度に、2017年からは米国名門ボーディングスクールの「Phillips Exeter Academy」も派遣先に加わると、6月に発表がありました。奨学金が支給されるだけでなく、留学先と慶應義塾の在籍高校の双方の卒業証書の取得が可能とのことで、たいへん魅力的なプログラムといえます。応募資格として海外大学進学も視野に入れた語学力を求めているのも特筆すべき点です。

進学・進路

髙宮 次に進学・進路ということで、高校・大学への進学、さらに社会で活躍するための意識づけとして、どのような取り組みをなさっているかをお聞かせください。

矢澤 進路指導というようなものは特に行っていませんが、普通部では「労作展」や「目路はるか教室」を通じて、今の学びが将来にどのようにつながっているのかを自分でじっくり考える時間があります。たとえば、労作展で津波のコンピュータシミュレーションを研究したある生徒は、その後推薦入試で東大に合格しました。一貫教育校といえば、「そのまま大学まで」と思われがちです。確かに大部分はそうなのですが、なかには自分から進むべき道を探して他大学に進む生徒や、慶應義塾大学に進学後、海外の大学院へ進む生徒もいます。

髙宮 「そのまま大学までエスカレーター式で」ではなく、多様な進路が開かれていくということですね。中等部はいかがでしょう。

佐藤 1年に1度、キャリア講座を開講しています。各界で活躍する卒業生を招いての約10講座のなかから、生徒は興味のある2講座を受講。社会を知る機会となっています。また、中等部から慶應義塾大学に進学した学生に対して、中等部OB・OGがアドバイスを行う同窓会主催の「若い同窓生のための就職活動セミナー」もあります。

酒井 SFCは中高一貫なので、そのまま本校の高校に進学します。キャリア教育としては、福澤先生記念講演会という、若いOB・OGや慶應出身者による講演の機会を設けています。高等部でも、大学から理工学部の教員を招いての「科学入門講座」を開設。科学の教養を高めるとともに、学部進学指導の1つになっています。また、帰国生が多いので、海外の大学を選ぶという生徒も少なくありません。

髙宮 ありがとうございます。世間では一貫教育校出身者は、受験の苦労をしていない分、就活で苦労するといった都市伝説のようなものがありますが、慶應では先輩方の話を聞く機会などが多く、早くから将来のイメージをつかめることが分かりました。

姉妹校のアピール

髙宮 最後に、今回ならではの企画ということで、お隣に座っておられる姉妹校の良さをアピールしていただきます。では、中等部佐藤先生から、お隣のSFCについて、どうぞ。

佐藤 中高一貫ということで、中学生にとってはすぐ前を歩くお手本である高校生が身近にいる点が利点でしょう。部活も合同で活動しているので、中学生同士の試合ではやはりSFCは強い。でも、見方を変えると、本校の3年生は最上級生という自覚がある分、しっかりしていると言えます……と、こちらの自慢もちょっと入れさせていただきました(笑)。そして、国際的な風が日常的に吹いている。帰国生やネイティブ教員をはじめ、世界各国のバッグボーンを持つ人が集まった、グローバル化が自然に存在している学校だと思います。

髙宮 ありがとうございます。では次にSFCの酒井先生、普通部の魅力をお聞かせください。

酒井 創立から25年しか経ていない本校にとっては、やはり普通部の歴史と伝統がとてもうらやましいです。施設面でも、今までは本校が一番新しかったのに、最新の校舎が完成されたので……。労作展も立派な作品が多く、学ぶ点が非常に多いと思います。高校で本校に来る普通部生もいますが、硬派ゆえ女子と会話もままならない様子ですが、卒業までには打ち解けるようで、この点は微笑ましいです。

パネルディスカッション3

髙宮 最後は、ほめられているのかちょっと分からない感じでしたが……(笑)。では普通部の矢澤先生、中等部について、お願いします。

矢澤 中等部とは、普中戦と名付けた部活の対抗戦を行っているのですが、そのような場では、「中等部のほうが、なんか楽しそうだ」と普通部生から不平不満が出ます。やはり、最大の理由は女子の存在なのでしょう(笑)。それだけでなく、自由な校風、先生と生徒の距離の近さなどもからも、学校生活を楽しく満喫しているように普通部生の目には映るようです。それは、男子校の普通部にはどうしてもかなわない点です。ところが高校に進み、それぞれが席を並べてみれば、「別学になったり共学になったりで、結局は大した差がないね」とも気づくようです。

髙宮 先生方、ありがとうございました。本音の部分が出たところで、最後に一言ずつ受験生へのメッセージをお願いします。

酒井 一貫校の良さは、受験がないことではなく、本人が「得よう」と望むだけ得るものがある環境が整っている点です。そのメリットに共感していただけたのなら、ぜひ、仲間入りしてもらえればと思います。

矢澤 子どもがやりたいことに対して、大人は「無理だよ」と言ってしまいがちですが、できれば来場しているお子さんは、ぜひ、無理を可能にする努力をしてほしいと思います。そして、そういう子にこそ、本校に入学してもらいたいです。

佐藤 受験を大きなストレスではなく、家族で向き合い直すチャンスと捉えてください。親御さんにはぜひ、わが子をよく見ていただきたいと思います。普段見ているようでも、意外と本人が本当にやりたいことや得意なことなどに気付いていないことはあるものです。慶應の一貫校もますますその良さを高めていきますが、他校には他校の良さがございます。説明会や学校行事に足を運んで、思春期の大切な時期を一緒に過ごすにふさわしい学校を見極めていただければと思います。