次世代の子育てと教育を考えるシンポジウム

慶應義塾大学 先端生命科学研究所所長 冨田 勝 教授

冨田 勝 教授1
慶應義塾大学
先端生命科学研究所
所長
冨田 勝 教授

 私自身、慶應義塾普通部、慶應義塾高校、慶應義塾大学と、慶應の一貫教育で育ち、この一貫教育を受けていなかったら、今の自分はなかったと、心から思っています。他の進学校に行き、高校の後半を大学受験勉強に明け暮れていたとしたら、果たしてどんな人生になっていただろうと考えると、恐ろしくもなります。

 私は元々、"ゲーム少年"でした。研究者になったきっかけは、ゲーム好きが高じてのことです。そしてこの「ゲーム」と「研究」がつながったのが、夏休みを使って、自分が興味を持ったテーマの自由研究や作品づくりを行う、普通部の「労作展」でした。

 ゲームが大好きだった私は、最初の労作展となる1年次のテーマに「ポーカー」を思いつきました。ポーカーでは、ツーペアよりスリーカードのほうが強い手役なのが、当時の私には納得できませんでした。「5枚のうち3枚をそろえるより2枚を2セットそろえるほうが出にくいのではないのか」と思い、試してみることにしたのです。12歳の私は、1人ポーカーを5000回やりました。独りで黙々とカードを配り、勝敗の結果をひたすらノートに記録する……。その結果得たのは、「確かにスリーカードのほうが出にくい」という結論でした。

 労作展では、それぞれのテーマに合った教科の先生が指導を担当してくれます。私は、まずどの教科の先生に相談するのかで悩みましたが、数学の先生に話をしてみました。「トランプゲームを研究だなんて」とダメ出しされるのではないかと内心ひやひやでしたが、先生は「それは面白いね」と一言、OKしてくれたのです。とはいえ、先生は、研究内容については口を出さず、表やグラフのまとめ方などの助言をするのみ。労作展は全て自分でやり遂げるのが原則です。そうして完成させた「ポーカーの確率」という論文を、先生はとても褒めて下さり、賞まで頂きました。それで僕はがぜんやる気を出し、翌年は「五目並べ必勝法」を、3年では、多角形の駒を組み合わせて正方形を埋めるゲーム(テトロミノ)をテーマに選びました。このゲームは、一番簡単な10駒のものでも「783通りの組み合わせがある」という謳い文句が書いてありました。「よし、それなら全通りに挑戦しよう」。そう考えた僕は、駒の位置のパターンを細かく緻密に分類することにより、最終的に779通りを見つけました。4通りは見逃してしまいましたが、その年の最優秀賞を頂いたのです。

 どんなテーマであっても、最後までやり遂げ、きちんと形にして発表すれば、ちゃんと評価してもらえる。その嬉しい体験から、研究の魅力にはまることとなり、いまの科学者人生があるのです。

 大学生になるとインベーダーゲームにはまり、自分でもコンピュータゲームを作るようになりました。その後、アメリカのカーネギーメロン大学のコンピューター科学部へ進学して人工知能の研究に携わることに。しかしその後、1つの受精卵が分裂を繰り返すことによってヒトという知的システムを作り出す"生命の神秘"に圧倒されました。そのことをきっかけに、分子生物学を1から勉強する決意をしたのです。30歳の時でした。

 慶應義塾大学環境情報学部の教授になった後、大学から、「山形県の鶴岡に新たに研究所をつくってほしい」と言われました。周囲からは、「冨田君がいくら頑張っても山形県にあるうちは絶対にうまくいかないよ」と言われましたが、その一言がエネルギーとなりました。そして少量の唾液や血液からがんなどの病気を早期発見できる技術"メタボローム解析"の開発につながったのです。

 本当のブレイクスルーは、初めはホラに聞こえます。福澤諭吉が『文明論之概略』のなかで「異端妄説のそしりを恐るることなく、勇を奮って我が思ふ所の説を吐くべし」と説いています。僕はこれを「流行や権威に迎合して点数を稼ぐ優等生ではなく、批判や失敗を恐れず信念を持って実行する人間となれ」と現代語訳しています。

 慶應の一貫教育を経て私の研究室に来た教え子のなかにも、人工合成クモ糸の開発・量産に成功した関山和秀君(普通部出身)、NASAで宇宙生物学をリードする藤島晧介君(SFC中高出身)など、キラリと光る人材がいます。ともに、「ホラ」と言われてしまうような、壮大なスケールの研究に挑戦しています。

基調講演

 私は、日本はこういう人材をもっと増やさなくてはいけないと思うのです。今の日本は、高度成長期の負の遺産ともいえる「他力本願・安定志向・勝負回避」という人が増えてしまいました。ところが、右肩上がりの時代が終わり、人口が減少に転じた今、同じことをしているだけでは売り上げは必ず下がります。世界中で売れていた日本の家電製品も、今はコスト競争で新興国に勝てなくなってしまいました。これからの日本は、高くても買ってもらえるような、ものすごく良いモノ、ものすごく良い技術やサービスを海外に売るしかありません。そのための第一歩は、人と違うことをすることなのです。人と違うことをすると、失敗するかもしれませんが、でも誰かがチャレンジしなければこの国の未来はありません。

 それなのに高度成長期においては、みんなと同じ教科書の勉強をすることに主眼が置かれ、自分は何が得意なのか、将来何で世の中に貢献するべきか、人と違うことや自分ならではのことを考える時間がほとんどありません。

 皆さんも思い当たると思いますが、試験のためにいやいや勉強したことは身に付きません。試験が終わったらほとんど忘れてしまいます。その一方で、モチベーションを持って学んだこと、楽しいと思えた勉強は一生ものです。福澤諭吉も『文明教育論』のなかで「学校は人に物を教うる所ではあらず、ただその天資の発達を妨げすしてよくこれを発育するための道具なり」と説いています。その慶應の理念によって、今の私があります。「やりたいこと」と「やるべきこと」を一致させることができたら人生無敵です。各界の一人者として活躍している人は、みんなやっていることが大好きなのです。もちろん、一致させることは簡単ではなく、理想と現実の折り合いをつける必要があります。でも、それを考えることこそが人生そのものなのです。どんなお子さんにも、得意なこと、好きなことがあるかと思います。それをどう伸ばすか、どう広げていくか、そして現実とどう折り合いをつけていくかは、自分の頭で考えるしかありません。そのきっかけを与えてくれるのが、慶應義塾の教育なのです。