個性を伸ばす私学の教育

私学の強みの一つは、建学の精神に基づいた教育理念をしっかりと持っていることです。本校の場合は、創立時の顧問の嘉納治五郎先生の教え「精力善用」「自他共栄」が校是です。精力善用とは、自分の持ち場で最大限の努力をして自分の持てる力を生かすこと。自他共栄とは、自分だけでなく他者を尊重し、周囲と共に幸せをめざすこと。本校の場合は、この理念を皆さんに伝えていくことがいちばんの使命だと考えています。
多様な生徒に柔軟に対応できるのも私学の強みです。勉強に特化したコース、スポーツや芸術に特化したコース、特定の職業をめざすコースなど、多彩なコース制を設けている学校も少なくありませんし、どの学校も課外活動にとても力を注いでいます。公立校が平均的な教育をめざす場である一方、いい個性を伸ばせるのは私学の特権といえるでしょう。
長期的展望を立てやすいことも大きなメリットです。中高一貫で6年を見通した指導ができることはもちろん、学校運営面でも、学校長や理事会が「こんな学校にしたい」という方針を明確に出すため、長期的な展望が立てやすい。たとえば本校では現在、校舎の大工事中ですが、これは10年以上前から計画的に進めてきたものです。公立のように学校長や教員が2、3年で異動するシステムでは、このような長期的計画を実行するのが困難な面があると思います。「先生方が長く定着する」というのは実は重要なポイントで、恩師がずっと母校にいてくれるから、卒業生も母校とのつながりを保つことができ、愛校心も強くなります。ですから本校をはじめ、私学ではOBとのつながりが非常に強固です。
考える力を育むカリキュラム
そして、中高一貫の良さは、何といっても6年を見通したカリキュラムにあります。中学の内容を4年かけてじっくり学んでもいいし、逆に2年で終わらせてもいい。生徒に合わせて、理解しやすい進度を各校で工夫できるわけです。本校では、特に古典、数学、理科、社会などで、高校の内容を積極的に中学に取り入れています。その一方で、指導要領に入っていない内容でも、必要ならば学習しています。たとえば「幾何」は論理力を鍛えるのに絶好の科目ですが、今では指導要領からほとんど姿を消してしまいました。しかし本校では、考える力を身につけるために必要だと考えて取り入れています。
また、中高一貫には当然ながら高校受験がありません。ちょうど中3ぐらいの時期は思春期や第3反抗期と重なる多感な時期で、受験と板ばさみになって悩む子が多いのですが、受験がなければ生徒にじっくり向き合えます。特に本校では、教師が7~8人の担任団を作って中1から高3まで持ち上がるので、教員と生徒の間に家族のような絆が生まれます。すると、生徒の変化に早く気づくことができますし、問題が起きたときもスムーズに対応できます。
中高一貫校でも、高校からの入学を受け入れている学校とそうでない学校がありますが、本校の場合は、1学年220人のうち約40人が高校入学です。中だるみしやすい時期に新しい息吹が入るので、在来生にとっても良い刺激になるようです。入学後1年間は在来生と違うカリキュラムですが、混合クラスで、できるだけ早くなじめるように工夫しています。
偏差値がすべてではない

このように、私学は多様で個性的です。授業時数一つとっても、公立なら週30時間が標準ですが、私立なら週40時以上の学校もあります。そのほかにも、宗教的背景はどうか、大学が併設されているか、校則は厳格か、教員の指導力や生徒の自治力はどうか…など、ポイントはいくつもあります。本校の場合は無宗教で、授業は週32時間。明文化された校則はありませんが「灘校生らしくあれ」という不文律があります。文化祭や体育祭では、100人以上の生徒がみずから文化委員や体育委員に名乗り出るなど、生徒の自治活動は盛んです。
自分の子どもに合う学校を見極めることは保護者の責任ですから、ぜひ各校の説明会やセミナーに足を運んで、それぞれの個性を知ったうえで学校を決めてほしいと思います。偏差値を気にする人が多いですが、偏差値がすべてではありません。偏差値とはそもそも「偏り」を示す指標であって「偏差値が高い=頭が良い」ではないからです。
キャリア教育も充実

将来、社会で活躍するためには、成長期にきちんと自己を確立することが大切です。自分の長所・短所を知り、長所を伸ばして短所を克服すること。また、「クリティカルシンキング=批判的に考える力」も大切です。批判といっても他者に対する批判だけではなく、自己に対しても批判の目を向け、自分の考えを検証できることが大事だと考えています。本校でも、自分の考えを客観的に見られる力を育てる教育を心がけています。ただ問題を解くだけではなく、きちんと振り返る。こういう教育は、ある程度余裕がないとできません。その余裕を与えてくれるのが真の教育だと思います。
また、現在どの学校でも重要視しているのが「キャリア教育」と「グローバル教育」です。わたしは、キャリア教育とは単なる「職業教育」や「進路指導」ではなく、社会の一員としての市民性や教養を身につけることだと考えています。本校ではOBを積極的に招いて「土曜講座」を開講しています。今どんな仕事をしているのか、どうやってその仕事についたのかを直接聞いて、将来を考えるヒントにしてもらうわけです。講義だけでなく、ロボットを作ってみたり、医大の解剖教室を見学したり、といった実践型の内容も積極的に取り入れています。
グローバル教育に関しては、まずはしっかりした英語教育が大事です。これからは日本国内で働く人にも英語力が必須です。それも日常英会話だけでなく、英語で論文を読み、英語でプレゼンテーションする能力が求められます。本校ではネイティブの英語教師を2人配して全学年をカバーしています。希望者は高1で3週間の留学に参加できるほか、今年はメキシコで行われた「高校生英語ディベート大会」に本校の生徒が出場しましたし、科学オリンピックや国際シンポジウムなど、在校中に国際的な舞台で活躍する機会が増えています。これからの人材育成のためには、このような活動の重要性もますます大きくなるのではないでしょうか。