思考力、記述力、読解力を伸ばす

森上 第3部のテーマに入る前に、サピックスについて簡単にご紹介しておきましょう。その特徴を端的に表す数字があります。それは、灘中と並ぶ男子進学校・開成中の今春の合格者が、定員300人中221人に達したこと。一つの塾からこれほどの合格者を出したのは今回が初めてです。そのサピックスには三つの特色があります。一つは1クラス15~20人の「少人数制」であること。二つ目は「討論式授業」。詰め込みではない、インタラクティブな授業が行われています。三つ目はその日の授業のプリントを当日に配って授業を行う「復習主義」です。子どもにとってはわくわくする授業スタイルといえるでしょう。溝端先生、梅田先生、サピックスはなぜそんな特色を打ち出したのでしょうか。
溝端 子どもたちの「思考力」と「記述力」を伸ばしたいと考えたからです。この二つの力を身につければ、中学に進学してからも学力は伸びるもの。わたしたちは中学受験という一つのステップを通じて、思考力や記述力をどうつけさせるかということを常に考えています。これはグローバル化に対応できる子どもを育てることにもつながると思います。
梅田 わたしは国語を担当しているのですが、国語ではまず「読解力」を鍛えることを重視しています。国語の力を総合的に伸ばすには、確かな読解力を身につけることが、思考力、記述力を養うことにつながります。小学生のときに身につけたこれら三つの力は、社会に出てから求められるさまざまな能力の素地になるはずです。
本質を外さない授業を行う

森上 公立の中高一貫校が相次いで開校したことに伴い、思考力や記述力が一層求められるようになりました。サピックスではそれらの力をどう伸ばしているのでしょうか。
溝端 わたしが担当している算数を例に取って、思考力について説明しましょう。算数という教科の最大の楽しさは自分なりに問題を考えていくことだと思います。本来ならたっぷり時間をかけて考えても構いません。しかし、「受験算数」としてとらえると、試験時間と入試の時期という二つの点で時間の制限があります。そこで、効率的に学習することも必要です。たとえば、単刀直入に解法の定石を教えることもその一つ。しかし、それには弊害もあると思います。
ここで皆さんも算数の問題を考えてみてください。「ある仕事を仕上げるのに、A1人なら20日、B1人なら30日かかります。2人ですると何日かかりますか」。これは典型的な「仕事算」の問題です。その一般的な解法は、仕事全体を「1」とする方法と、「60」(20と30の最小公倍数)とする方法の二つがあります。これだけを教えるのであれば時間はほとんどかかりません。しかし、わたしたちは「仕事全体を別の数にしてみようか」と、子どもたちから案を募ることもあります。つい最近は、全体を「3.14」にしたいと言われて少し困りましたが…。さらに、Aの1日の仕事を「1」にするとどうなるかなどいろいろ試します。こうすることで、「実はどこをいくつと決めてもよく、あとは計算しやすいかどうかの違いである」ことが認識できます。こんな授業スタイルは一見遠回りに思えるかもしれませんが、実はいろいろ試してみるからこそ、本質がつかめ、また頭もやわらかくなるのです。ご家庭でも授業で習ったこと以外の解き方を試してみると理解が深まることでしょう。結局、自分なりに考える学習姿勢が最も大切なのです。
じっくり時間をかけて学ぶ

森上 中学の上位校の入試は記述式が主流になっています。記述力の伸ばし方について、国語の観点から教えてください。
梅田 書かれていることをていねいにキチッと読み取ること。実はこれが記述力の基本です。入試では試験時間が限られているため、保護者の方にはよく「速読が必要では」と指摘されます。しかし、それは違います。じっくり時間をかけて読み取り、内容をしっかり頭の中に入れることが大切なのです。そうすれば、設問に答えるときも本文中のどこかに手掛かりがあることがわかります。さらに、ていねいに読むことに慣れれば速さも伴ってくるものなのです。
一方、答案はよく考えさせながら何度でも書かせています。子どもは、何度も書き直すのは面倒に思うとともに、間違いを恐れるもの。しかし、何度も書いているうちに正解に至るプロセスがわかります。正解すればそれは成功体験になるので、書くことに前向きに取り組めるようになります。記述力はこうして養われるものなのです。
さらに、記述力の精度を上げる取り組みとして「サピックスてんさく教室」を設けています。これは良質の問題を解いてもらい、その解答を添削して、後日返却するというものです。
ところで、記述力や表現力を高めるには語彙などの知識を増やすことも必要です。ことばは生き物ですから、例文を豊富に使ったり、関連項目とともに説明したりしています。また、ご家庭では親子の対話を大切にしてほしいですね。それは生きたことばを使うことにほかならないからです。
森上 中学受験を意義あるものにするにはどうすればよいとお考えですか。
溝端 中学受験はある意味で試練です。毎日勉強するのも大変ですが、合格・不合格という結果が出るからです。しかし、それらを経験するのは悪いことではありません。やり方さえ間違えなければ、中学受験を通じて身につく学習姿勢は、将来にわたって必ず役立つはずです。親御さんはその価値を認めて、思う存分がんばらせてあげることが大切ではないでしょうか。
梅田 たとえば、「○○中合格」という短期目標と、「将来、◎◎になりたい」という長期目標を持って受験勉強に取り組んでほしいですね。その際は子どもの選択や考え方を尊重してください。枠にはめると子どもの考える力が失われかねないからです。
森上 本日はありがとうございました。