「大学で学ぶ」ということ

髙宮 東大、京大の副学長をはじめ、仕事柄、わたしは大学の先生と話をする機会がよくあります。先生方に「どんな能力を持った学生に入学してほしいですか」とお尋ねすると、その答えは以下の五つに集約されます。高校の教科書程度が理解できる「基礎学力」、きちんと文章が書ける「言語能力」、いろいろなバックグラウンドを持つ「多様性」、芸術に触れることによって養われる「非言語的感性」、問題意識や目標などを総合した「情意」です。
また、東大の濱田純一総長は東日本大震災後に行われた卒業式で、こう告辞を述べました。「…過酷な事態から真摯に学び、痛みが少しでも早く癒えるように、また、次の世代が同じ苦しみや悲しみを味わわなくて済むようにすることが、学問の務めであり、そして学問を学んだ人間の務めです。…」
和田先生、灘校生は震災をどう受け止めましたか。
和田 東日本大震災が発生したのは期末試験が終わり、終業式を待つという時期でした。本校では生徒会がいち早く立ち上がり、校内と最寄りのJR住吉駅で募金活動を実施。付近の学校では最も早く街頭募金を始めたように思います。さらに、5月の文化祭でも募金活動を実施しました。
髙宮 それは素晴らしい。橘木先生、大学で学ぶ意義について教えてください。
橘木 大きく分けて三つあると思います。一つはピュアに学問に取り組むこと。二つ目は職業人になるにふさわしい技能を磨くこと。医学部はその典型といえます。三つ目は高い学歴を得ることです。
コミュニケーション能力が重要に

髙宮 東大の濱田総長は『文藝春秋』2011年11月号に、「『秋入学』は生き残りへの賭け」という論文を寄稿しました。そのなかで濱田総長は「ITと英語ができるのは当然のこと。さらに、さまざまな文化圏の人々と相互理解を深めながらコミュニケーションを取り、彼らを先導できるというグローバル感覚を身につけた人間が必要」と述べています。グローバル人材にはどんな資質が求められ、その資質を育成するにはどうすればよいのでしょうか。
橘木 「グローバル化」には「アメリカ化」という側面もあります。それを踏まえると、グローバル人材に求められる資質は三つあると思います。まずは英語に強いこと。次に、説得力や自分を相手に理解してもらうために必要な力も含めたコミュニケーション能力を持っていること。そして、会計の知識など、実学の面での専門性を備えていることです。
わたしは1970年代にアメリカで大学院教育を受けました。当時、最も優秀なのは日本人とイスラエル人といわれていました。しかし最近、旧知のスタンフォード大学の先生に聞くと、「日本人にいい学生はいない。東アジアは中国人と韓国人の時代だ」とのこと。京大時代、優秀な学生にアメリカ留学を勧めると、「なぜ?」という反応がほとんどでした。日本は豊かな国になるとともに、気概を持つ学生が減ったように思います。
和田 幕末から明治時代にかけ、西洋の学問を導入する際には「お雇い外国人」たちが活躍しました。当時の大学の授業はすべて英語です。しかし、日本は植民地化されなかったこともあり、その後は日本語で教育が行われるようになりました。それに対し、現在の中国や韓国のトップクラスの高校では英語で授業が行われています。教育の現場で英語をどう扱うか。これが今後の日本のグローバル化を考えるうえでの一つのポイントになると思います。
もう一つはやはりコミュニケーション能力ですね。ただし、日本と外国の常識は必ずしも同じとは限りません。ですから、文化などの違いを理解したうえで、より高いコミュニケーション能力を身につけることが大切です。
髙宮 濱田総長も“タフな”コミュニケーション能力が大切とおっしゃっていますね。
今後の大学入試のあり方とは

髙宮 では、グローバル人材を育成するためには、現在の大学入試にはどんな問題点がありますか。また、これからの入学者選抜システムのあり方について、どうお考えですか。
和田 日本の大学入試は基本的に学科試験の点数主義。しかし、橘木先生が京大にいらしたころは経済学部で論文入試が行われていました。本校からもユニークな生徒が何人か入学させてもらいましたが、すでに廃止されました。また、東大の理Ⅲでは面接試験を行ったことがあるものの、3年ほどで打ち切り。日本では、面接は入試になじまないのかもしれません。
橘木 わたしは2009年に『東京大学エリート養成機関の盛衰』という本を出しました。その際、東大の濱田総長に「入試制度を変更する気はありませんか」と尋ねたところ、「学力で判定するのが最も公平。制度を変える気はありません」とのことでした。
しかし、グローバル化が進展すれば、多様な学生を育成しなければなりません。その点、アメリカではスポーツや生徒会活動などに打ち込んだことを評価するAO入試のシステムが確立しています。
髙宮 最後に、このフォーラムに参加してくださった方々にメッセージをお願いします。
橘木 わたしは灘の落ちこぼれですが(笑)、友人には恵まれました。灘に入って本当に良かったと思っています。
和田 本校に限らず、すべての私学はそれぞれの建学の精神に基づいて学校を運営しています。
それだけに、単純に偏差値で決めるのでなく、学校説明会に参加して校風や教育システムなどを理解し、お子さんに向いている学校を見極めることが大切です。
髙宮 本日はありがとうございました。