「羽ばたけ!次代のリーダー~『自他共栄』のススメ~」

灘中学校・灘高等学校学校長 和田孫博氏

「世界に通じる人材を教育する灘の教育」

「精力善用」と「自他共栄」

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 本校では地球市民のリーダーの条件として、「一生、毎日が勉強という気概」を持つことと、校是である「精力善用」「自他共栄」の精神で人間力を高め続けられることの2点を挙げています。このうち、「精力善用」と「自他共栄」ということばは、講道館の創始者で、本校創設の立役者であり、顧問も務めていただいた嘉納治五郎先生が唱えたものです。
 まずは本校の校是について解説しましょう。「精力善用」とは「精力の最善活用」を略したもので、自分の能力を知ったうえで、長所をより伸ばし、弱点は克服するということです。一方、「自他共栄」は次のようなことを意味します。たとえどんなに偉くなったとしても、自分一人の力でそうなれたのではない。両親や先生、友人、ライバルなどに恵まれて今の自分がある。そうした周りの人たちに恩返しをするためにも、もっとがんばる----。要するに他者のおかげを知るということです。
 この二つのことばは東日本大震災を経験した今、非常に奥深く感じられます。というのも、中高生では被災者の方々にしてあげられることも限られますが、たとえば節電ならできます。そのような今できることをするのも精力善用といえるからです。そして、そのような小さな行為がつながって日本全体が復興していけば、それは自他共栄になるのです。

「学年担任団」を創設

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 さて、本校は旧制中学では5年制でした。戦後に学制改革が行われ、新制中高6年になったため、本校は自然な流れで中高一貫校として再スタートしました。その際、戦前から採用していた英・数・国の担任持ち上がり制を踏襲しています。この中高一貫制は、思春期を迎える大切な時期に高校入試を経験しなくて済むという点でメリットが大きいと思います。また、6年間をワンスパンでとらえることができるため、真のゆとりが生まれることも期待できます。
 「学年担任団」を創設したことも本校の教育の大きな特徴です。これは各教科の教員が7〜8人集まって担任団を構成し、中1から高3までを見るというもの。この制度には二つの面でメリットがあります。一つは学習指導です。中高の枠を取り払って授業を展開できるので、中学から高校に上がる際の引き継ぎの手間が不要になります。また、6年間責任を持って生徒を見ることから、教員の自覚が高まります。もう一つは生活指導。大事な時期の発達過程をチームで見守るため、変化に気づきやすい。生徒に何かあれば担任団で相談したり、すぐにご家庭に連絡したりできます。このように密な関係を築くことから、生徒と教員は家族のような存在になります。

「自由」と「自主」「自律」

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 次に、「自由と自主」という観点から本校を紹介しましょう。一般的に、旧制中学をルーツに持つ学校はその伝統を引き継いでいます。本校も生徒を一種の大人として扱い、あまりうるさいことは言いません。生徒会の自治活動がその典型で、文化祭と体育祭という2大イベントはほぼ生徒たちの自主運営となっています。近隣の甲南高校・中学校とは50年以上にわたって定期戦を行っていますが、これも生徒からの発案で始まったものです。
 この「自由と自主」では学園紛争を糧にしたこともあります。校則を廃止し、過度の競争を抑制したことがそれです。たとえば、1969年に長髪を許可し、70年には服装を自由化しました。成績通知も100点満点から10段階評価に変えました。さらに、校内模試は廃止し、校外模試は高2の夏から受けることとしています。しかも、大学受験の厳しさが実感できるよう、校外模試は高3向けのものを受けさせています。
 ただし、自由は奔放ではいけません。3年ほど前の高入生が入学式のあいさつで、芥川龍之介の『侏儒の言葉』の一節を引用しました。「自由は山巓の空気に似ている。どちらも弱い者には堪えることは出来ない」と。それを聞き、「わたしから話すことは何もありません」と言ってしまったほどです(笑)。本校の「自由」には「自律」も求められるわけで、それは「灘校生」らしさということばに集約されているといえます。

人と人との絆を大切に

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 本校では人と人との絆を大切にしています。同学年の横の絆は学年団の持ち上がり制によって強まり、毎年行うクラス替えによって全員が友だちになります。この横の絆は強固で、先生のカラーもありますが、生徒のカラーも出るため、本校は6学年で六つの学校があるといわれるほどです。その強さは中学生に行った「勉強でわからないときは誰に聞くか」というアンケートの結果からも明らかです。「先生に聞く」と「家族に聞く」がそれぞれ14%であるのに対し、「友だちに聞く」は64%にも達しています。
 一方、縦の絆は課外活動で強まります。中学と高校、さらに学年によっても若干異なりますが、8割から9割の生徒が何らかのクラブに所属しています。各クラブでは高校生が中学生を指導しており、生徒会活動も低学年から活発に行われています。
 公立の学校に土曜休業が導入されて以降、年に数日、主に各界で活躍するOBが講師となって、平日ではできない授業を行う「土曜講座」を開講しています。これは学年の枠を取り払い、例えば、ロボットを製作したり、模擬裁判を行ったり、医学部の解剖学教室を見学したりするというもの。講座に参加した後はミニ論文を提出してもらうため、発表力を身につける機会としても貴重です。
 このほか、国際理解や弱者理解も重視しています。国際理解ではネイティブの専任教員による授業や高1の有志による英国異文化研修を行い、弱者理解では養護学校との交流や障碍者を講師に迎えた授業を実施しています。
 本校のOBには2001年にノーベル化学賞に輝いた野依良治先生がいらっしゃいます。野依先生に続けということでもないでしょうが、本校からは国際科学オリンピックで活躍する生徒がほぼ毎年輩出。2011年は数学オリンピックで金賞と銅賞を1人ずつ受賞しました。化学や物理、情報の各オリンピックでも入賞した生徒がいます。また、世界7大陸の最高峰への登頂に最年少(当時)で成功し、登山ガイドになった方やピアニスト、落語家、ミュージシャンなど、OBの顔ぶれは多士済々です。
 最後に一つご報告を。本校では今春から校舎の増改築に着手しました。完成した暁には緑豊かな環境になります。良き伝統を守りつつ、新時代にふさわしい教育環境を創出することもわたしたちの務めであると考えています。

プロフィール
和田 孫博(わだ・まごひろ)
灘中学校・灘高等学校 学校長。1952年、大阪府大阪市生まれ。65年、灘中学校に入学し、中高6年間を過ごす。76年、京都大学文学部文学科(英語英文学専攻)卒。同年より、母校の灘校で英語科教諭として勤務。07年、同校教頭を経て学校長に就任。