次世代の子育てと教育を考えるシンポジウム

慶應義塾中等部 部長 山﨑 俊一 先生

山﨑 俊一 先生1
慶應義塾中等部
部長
山﨑 俊一 先生

 今年で創立69年目を迎える中等部は、福澤先生が説いた「男女平等」を体現した義塾初の共学校として、戦後間もない時代に誕生しました。150年以上の義塾の歴史のなかでは、比較的新しい学校といえます。戦後の草創期において、まず目指したのは「自立した個人を育む自由な教育」であり、そこには、「人間関係が明るい学校にしよう」との思いもありました。そして、この教育方針は現在も変わらず受け継がれています。

 生徒一人ひとりに望むのは「自ら考え、自ら判断し、自ら行動して、その結果に責任を持てる自立した人物になる」ということです。日本が戦争に突き進んでしまったのは、自分で考え判断することができる自立した個人が育っていなかったためという反省を込め、「独立自尊」の理念をもとに、本当の意味での自由な教育を目標にしたのです。

 この教育方針は、何より本校の校風に反映されています。本校には"べからず"式の細かい校則はありません。制服もありません。式典や校外活動時に着る基準服というものがありますが、平常の通学時にはバッジさえ着けていれば原則自由です。生徒一人ひとりを一人の個人として大人扱いしているのです。

 また、生徒と生徒、教員と教員、そして生徒と教員の間においても、自分の意思を自由に表明できる人間関係を基本としています。それを実現するために、草創期からいくつかの工夫が施されてきました。たとえば、生徒は教員を「さん」付けで呼びます。これは福澤先生が目上・目下を問わず、誰に対しても「さん」付けで話しかけていたことに影響を受けています。また、今では当たり前になっているかもしれませんが、教室に教壇がありません。教員室に自由に出入りができます。いずれも、教員と生徒の間にある垣根を極力取り払い、自由にコミュニケーションが取れる環境を整えようとする工夫です。もちろん"自由"だからといって、何でも許されるわけではありません。生徒も教員も、互いに個人を尊重してこその自由です。

 慶應義塾大学は文部科学省からスーパーグローバル大学に選定されており、さまざまな取り組みを始めています。そのなかで、慶應ならではの国際化として、一貫教育校を通じての国際教育強化、そして全ての塾生が国際的な場で研究や発表を行うことができる能力をつけることを掲げています。そのためにも、中等部生にはまず、常に相手を尊重できる人物になることを求めていきたいと考えています。

 次に、本校の教育の3本柱である「授業」「学校行事」「校友会(クラブ)活動」についてお話します。本校の学びは大きく二つに分けられます。その一つが授業です。大学での学問・研究に耐えうる基礎学力を養うためには、授業はいちばん大切な学びの場。受験勉強にとらわれないメリットを最大限に生かし、教員は各自で工夫を重ね、生徒の興味関心を引き出す授業を行っています。高校や大学レベルの内容にも触れ、時には大学の教員が講義を行うこともあります。

 こうして得た知識を運用する力を伸ばすために、演習形式の授業にも力を入れています。たとえば国語演習という授業では、言葉で表現することの楽しさを学ぶことを目的に、暗唱や作文、短歌や俳句の創作を取り入れています。読んだ本とその感想を記録するリーディングメモを持たせて、読書の習慣をつける指導も行っています。英語では、コアとなる語彙や文法を学んだ後で、ネイティブ教員と日本人教員のチームティーチングによるオーラルコミュニケーションの授業を設定。また家庭学習用のインターネット教材や、中高生を対象としたスコア型テストの「GTEC」も導入しています。技術家庭科ではコンピュータソフトを用いた"設計するモノづくり"を、加えて情報ではコンピュータリテラシーやネット利用に関するモラルも学ばせています。どの教科も、基本的な知識や技能を習得した上で、理解する力、考える力、表現する力を養成していく点が共通しています。

 そして、もう一つの学びは、学校生活そのものを経験することによって身に付く幅広い教養です。これは生徒が高校生、大学生、社会人になっても、生きる力となってくれます。

山﨑 俊一 先生

 経験を通した教育を行うために、本校では学校行事を大切にしています。三田キャンパスで行われる入学式や新入生歓迎会をはじめ、伝統的な慶早戦応援、2・3年生を対象にした希望制の英国研修、運動会、展覧会、音楽会、そして3年間の集大成として北九州を訪れる5泊6日の卒業旅行など、「みんなでやろう」をテーマに豊富なプログラムを設けています。

 校友会(クラブ)活動も大変盛んで、現在、22の学芸部と17の運動部があります。活動は週3日以内と決まっているため、学芸部と運動部を兼部している生徒も多くいます。卒業生が足しげく通ってコーチを務めてくれるので、生徒たちには身近なロールモデルとして良い目標となっているようです。同窓会活動が根付いているのも本校の伝統で、校友会活動はもちろん、キャリア教育などにおいても、縁の下の力持ちとなって本校の教育を支えてくれています。

 このような活動を通じて、人との関係を築く社会力や、グループをまとめ、動かし、協力する実行力がおのずと身に付いていきます。中等部の3年間で、自分の可能性と将来の夢を見つけてほしい、そして、それらを高校・大学でさらに大きく膨らませてもらえればと願います。われわれ、教育に携わる者は、生徒一人ひとりの成長を長い目で見守る義務があります。そして、それは慶應の一貫教育だからこそできることと確信しています。