
──森上教育研究所では、11月に中学受験生の保護者を対象としたアンケート調査結果をまとめられています。とくに注目される志向の変化は見られますか。
森上 志望校の決定権者の1位は父親8%、母親27%、受験生本人66%で、子どもの決断を尊重したいという姿勢が年々強まっています。さらにくわしく調査してみると、母親が候補校を選択し、子どもにアドバイスしながら、最終決定を子どもに任せる家庭が多いようです。かつては父親の意見も相応の重みがあったのですが、現在では完全に母親と逆転しています。ただし、共学校志望者に関しては父親の意見が増加することも興味深い点です。父親の方が子どもに共学校を勧めたいという意向が強いことを示しているとも考えられます。
──母親の意見が強まったことが志望校選択に何らかの影響を与えていますか。
森上 現在の小学生の保護者は、男女雇用機会均等法以降の世代で、母親の就業率が高いことが特徴です。そのため、将来の職業を見据えて、資格や専門技術の習得を重視する「キャリア志向」の母親が増えています。背景には、失われた10年、リーマンショックなどを目の当たりにしたことで、以前と比較すると金融業界などが憧れの職業ではなくなってきたことも関係しています。大手企業に勤務することが必ずしも幸せではなく、専門性を発揮して自立できるようになってほしいとの思いが強まり、結果として医療系、理工系の大学に進学実績の高い学校の人気が上昇しているわけです。
──近年、キャリア教育に力を入れる学校も増えています。
森上 賛成です。脳科学の進展によって、学力、能力はやる気に大きく左右されることが分かってきました。では、やる気を育てるにはどうしたらいいのか。現場の先生方に聞くと、素晴らしい先輩と出会い、その先輩のようになりたいという目標、目的意識を持つことが最も効果的なようです。中学・高校段階では、そうした出会いを意識的に演出し、将来に夢を持たせるようなキャリア教育が期待されます。また、社会の仕組みが複雑化しているため、将来の目標と現実がマッチしないケースもありうるので、企業などの第一線で活躍している方々の生の声を聞く機会を設けることも重要になるでしょう。
──学校種別で、人気が高まっている学校はありますか。
森上 有名大学の付属校人気が急上昇しています。今後も、関東、関西地区を中心に、有名大学の系列校がさらに増加しそうな動きが見られ、付属校人気は続くと予想されます。伝統的な進学校は男子校、女子校が多いのですが、付属校は早実、明治、法政など、共学化が進行しており、それが全体的な共学校志向にもつながっています。
付属校の人気が高まっているのは、大学受験の心配をしなくてすむ余裕を生かして、子どもに将来のキャリアをじっくりと考えさせたり、習い事などプラスアルファの能力を身につけさせることができるという期待もあると考えられます。
──付属校人気の影響は他校に波及していますか。
森上 男子校、女子校ともに「御三家」の人気は不動ですが、それに次ぐ準トップクラスの学校は、付属校に受験生が流出して、競争率がダウンする傾向が見られます。とくに東京では、早稲田高等学院が中学校を開設しますから、その影響は大きいでしょう。逆にいうと、準トップ校はいまが狙い目ともいえます。
──今後、人気が高まりそうなのは、どのようなタイプの学校なのでしょうか。
森上 男子校では、管理教育体制で勉強だけに専念しているイメージがある学校の人気が低下しており、明るくソフトな印象の学校の人気が上昇しています。トップ校はもともと自由な校風の学校が多いので、そうした風潮の影響はありませんが、中位校で統制的なイメージが強いと、敬遠されると思われます。
女子校も同様の傾向が見られます。また、従来、女子校は文系教育中心の印象が根強かったのですが、先ほど申し上げたキャリア志向の高まりに伴って、理系教育を充実させている女子校がクローズアップされるようになっています。
東京近郊の県で注目されるのは埼玉です。2010年度から公立高校の入試で、内申制による推薦入試を廃止。学科試験による入試を前期、後期の2回実施することになりました。しかも定員の8割が前期に割り当てられています。早めに合格が決まること、および学科試験の勝負なら合格可能性の高い学校が分かりやすいことなどから、公立一本の出願が進行する可能性があります。東京でも同様の改革を構想しているようで、公立高校の学費無償化もあって、東京、埼玉に関しては私立高校の受験は縮小傾向をたどると予想されます。必然的に私立はさらに中高一貫化が進行するはずです。
──最後に、今後の学校選びに関して、アドバイスをお願いします。
森上 一人っ子の家庭が増えたこともあって、子どもに過剰な期待をかけすぎているように感じています。大人に囲まれて、子どもらしい奔放さが失われがちな上に、親の期待への重圧が加わると、子どもは疲弊してしまいます。親も子育てに悩み、シリアスさを増している観があります。もう少し、伸びやかに、生き生きと子どもが過ごせるような環境に配慮してほしいと、私は考えています。それが可能な学校はどこなのか、学校選びの重要なポイントになるでしょう。
──伸びやかな環境かどうか、見きわめる方法はありますか。
森上 行事やクラブ活動の様子を見学するといいでしょう。その際に、チェックしてほしいのが意思決定のあり方です。先輩後輩の関係や、教師の指導が強いようだと、どうしても統制的になります。そうした細かい点までは、説明会ではなかなか把握できません。行事やクラブ活動の雰囲気を見るのが一番です。
実は、すでにその点は保護者の多くが十分に意識しているようです。今年は新型インフルエンザの影響で、文化祭、体育祭を非公開にする学校が目立ちました。私のもとには、これでは学校の生の姿を知る機会がないといった不満の声が数多く寄せられているのです。偏差値よりも、学校生活の雰囲気の方を重視しようという意識が高まっていることの証明ともいえ、望ましい傾向だと考えています。