中学受験と子育てを考えるフォーラム

柳沢 幸雄 先生・和田 孫博 先生・高宮 敏郎氏

柳沢 幸雄 先生
<パネリスト>
開成中学校・高等学校
校長
柳沢 幸雄 先生
和田 孫博 氏
<パネリスト>
灘中学校・高等学校
校長
和田 孫博 先生
高宮 敏郎 氏
<コーディネーター>
SAPIX YOZEMI GROUP
共同代表
髙宮 敏郎 氏

自立を促す環境

パネルディスカッション1

髙宮 両校では、合格実績至上主義の管理的な進路指導とは対極的な教育をされていることが先ほどの講演でも伝わってきましたが、子どもの自立を促す環境づくりには何が必要とお考えでしょうか。

和田 確かに本校は合格実績至上主義ではありませんし、どの大学を志望するかは生徒の自由です。しかし、その第一志望にできれば現役で合格してほしいという気持ちは強いわけです。そのためにも、「土曜講座」をはじめ、世の中を知るさまざまな機会を生徒に与え、自分の適性をしっかり考えてもらうようにしています。そうすれば、その進路を実現するにはどういう大学に進めばいいのか、今はどんな勉強をする必要があるのかが見えてくるはずです。このように、自分で進路を考えられる環境を大切にしています。学校の授業も忙しいですが、それ以外のことで自分はどういうものに向いているのかを確かめられる時間的な余裕も大事にしていきたいと思っています。

柳沢 開成の場合は、先ほどお話したように、生徒に対するアンケートでも学校生活に対する満足度が非常に高く、生徒が楽しそうに学校に来ています。学校が楽しい理由は、自分たちがこの先どのように成長すればいいのか、先輩たちを見ていて大体予測でき、安心できるからです。たとえば、本校の運動会は5月に行われますが、その日に向けて高3生たちは夢中になって準備します。そして、運動会が終わると受験モードに切り替わるのですが、そんな先輩たちが第一志望校に合格するのを見て、「先輩たちのようにがんばれば自分も同じ未来が開けるのだ」と考えるわけです。だから、高2までは課外活動に夢中になり、その結果、勉強と両立させるために時間のマネジメント能力が身に付きます。そして高3になると受験勉強に没頭するわけですが、それまではあまり大学受験を意識せずに時間を過ごすことができるのでしょう。

進路の多様性

髙宮 東京大学への合格実績で1位、2位を競う両校ですが、先ほどのご講演にもありましたように海外のトップスクールへの合格者も徐々に増えつつあります。今年、灘の卒業生がインド工科大学に日本人初の学部生として進学しましたが、どんな生徒さんだったのでしょうか。

和田 英語・数学の両教科においてそれほど飛び抜けた成績ではありませんでしたが、お父さんが本を読んで「これからはインドの時代だ」と考え、息子にはインドで教育を受けさせたいと考えたそうです。そこで、高3のときにインドの高校に1年間留学し、それを単位として認め、本校を卒業したわけです。その時点ではいくつかのインドの大学を受験するという話でしたが、5月くらいに、最難関のインド工科大学に合格したという報告をもらい、喜んだという次第です。本校でも欧米の大学に進学する卒業生が増えていますが、インドの大学は初めてです。

髙宮 開成からもハーバード大学への進学者がいらっしゃいます。学校で開催されている海外大学の「カレッジフェア」には非常にたくさんの生徒とその保護者の方が参加されたとお聞きしています。そうした海外大学進学に対するサポートについて教えてください。

柳沢 開成の場合も灘と同様、生徒が主役です。つまり、生徒がこうしたいと自分で考え、アドバイスを求めて来たら、それに対応するというのが学校のスタンスなのです。私はハーバード大学で教えていたので、生徒が私のもとへやって来て、「ハーバード大学はどういうところか」「アメリカの大学はどんな感じか」と聞くようになりました。そこで、いろいろな話をしているうちに、「受けてみよう」と考える生徒が出るようになったのです。受験するにあたって、いろいろなアドバイスや推薦状の準備などが必要になりますので、英語科の教員にアメリカ東海岸の大学を回ってもらい、AO入試の実態について調べてもらいました。そのうえで、海外の大学への進学を望む生徒の面倒を見る委員会を立ち上げました。
 もう一つ、海外の大学から自校を紹介したいという申し入れが数多くあったため、10校ほど集めて「カレッジフェア」という説明会を昨年から開催することにしました。さらに、英語で科目を学ぶサマースクールの紹介も行い、今年は6名が参加しました。本校では、そういう活動をしています。

グローバル感覚

髙宮 統計によれば、日本企業の海外現地法人の従業員、ならびに海外にいる日本人も増え続けており、海外生活の経験のある小・中学生も確実に増えています。特に現地校で学んだ生徒は、この10年で4割以上も増えています。両校でも、海外経験のある生徒は増えているのでしょうか。

和田 父親の仕事の関係で、小学生時代の2~3年を海外で過ごしたという生徒は結構います。特に3、4年生くらの時期を海外で過ごしたお子さんは英語も身に付いています。わたしが生徒だったころと比べると、英語の授業も変わっていますし、他の科目でもグローバルな視点が入ってきています。帰国生のなかには、在校中に英語のディベート大会で優勝し、後輩も巻き込んでディベート同好会をつくり、ハーバード大学とケンブリッジ大学に合格し、最終的にハーバード大学に進学した卒業生もいます。

柳沢 開成の場合も海外経験を持つ生徒が多く、今年は高校から入学した100名のうち2割弱が帰国生でした。それ以外にも、生まれてから長期的に海外に滞在した経験のある生徒を中学生から調べてみると、やはり相当な数に上ります。そのように、今の時代は海外が遠い存在ではないので、海外の大学で学びたいという生徒が出てくるのも自然の流れです。たとえば、本校に高校から入ったある生徒は、小・中学生のときにアメリカのコネチカットで過ごし、アメリカで医学を学ぶためにリベラルアーツカレッジに進学しました。そんな彼等が中心になって、海外進学の資料づくりなどもしてくれたのです。

髙宮 これからますますグローバル化が進むと、多様なバックグラウンドを持つ人たちと共に学び、働くケースがさらに増えるでしょう。そのためには、中高時代にどのような資質を磨いておくべきでしょうか。

パネルディスカッション2

和田 日本人は異質なものを排除する傾向がありますが、そうではなく、「自他共栄」の精神で他者の個性を尊重する資質を磨いておくことが大切です。一人ひとりの個性を生かし、適材適所に配置できるのが本来のリーダーのあるべき姿ですが、グローバル社会では一層、それぞれの個性を見抜き、それを生かしてまとめる力が求められます。

柳沢 日本人同士であれば、「以心伝心」で心地良く理解し合うことができますが、それで本当に自分の考えが相手に伝わっているのでしょうか。伝わっているはずだと思っていても、実はあまり伝わっていないのではないかと思うことがあります。例えば、年齢が違う者同士は経験も違うので、互いにわかっていると思っても、実は違うイメージを頭の中に描いている可能性があります。そういう違いを埋めるには、きちんと「論理」で話を進めていくしかありません。
 国内でもそうですから、ましてや文化的背景も歴史もまったく違う人間同士が理解し合える基本的な伝達手段は「論理」しかありません。その論理をのせて相手に運ぶための道具が、日本語、英語、中国語などの言語だと考えています。そういう意味で、中高時代は「論理」をきちん学ぶことが大切です。そのために、開成では中学でも論理のパターンである幾何学の学習などにも力を入れています。

保護者との関係

髙宮 最後に、保護者として考えておくべきこと、子どもとの関係について、アドバイスを頂きたいと思います。

和田 講演のなかでもお話しましたが、ある時期が来たら、子どもが自主的に生活できるよう、少しずつ子離れをしていってください。子どもは順調に育つものではなく、いろいろな挫折や悩みを経験しながら成長していきます。まさに中高時代はそういう時期。少し距離を置いて、暖かく見守りながら、自分の道を自分で見つけられるよう、中学受験でも「自分でこの学校を選んだ」と思えるようにしてあげることが大事だと思います。

柳沢 わたしは開成中学の入学式で、生徒たちには「入学おめでとう」と言い、保護者の方々には「ご卒業おめでとうございます」と言います。これまでの親子の関係から卒業するのが、中学の入学式だということです。親にとって同性の子どもと異性の子どもでは、育て方がまったく違ってきます。同性の子どものこれからは、自分の経験からある程度はわかりますが、異性の子どもはわからないからです。家庭での教育は主に母親が担っていますから、本校の生徒たちは主に異性の親に育てられるのです。すると、どうしても「かわいい」という感情が先に立ち、甘くなりがちです。そして、先回りして、つまずかせないようにしてしまいます。それは子どもの自立のために最もしてはいけないことです。そこが小学生と中学・高校生の子育ての違いといえます。