TOPIC-4

科学と社会の関係を研究する研究者へ

物理学で博士号を取得してから文系の研究者になった経緯を教えてください。

横山 博士をとった後は、執筆活動に専念するつもりでしたが、大学から声がかかりました。ここで物理学は卒業して科学技術社会論という人文社会科学の研究者として東京工業大学に3カ月ほど籍を置いた後、総合研究大学院大学に科学と社会の研究員として移りました。当初は、執筆活動に夢中だったのですが、書くためには、社会と科学の両方について勉強をしていく必要があり、大学に所属できたのは幸いでした。

科学ジャーナリストへの夢はかなったのですか。

横山 総合研究大学院大学時代は、文化人類学の先生方と一緒にプロジェクトを組んで欧州原子核研究機構(CERN)に撮影に行ったり、生命倫理のプロジェクトに属したりしながら海外出張の多いポスドク生活を送っていました。書く時間は比較的あったため、2年間で30社くらいの出版物に、科学全般について一般向けに書く仕事をさせていただきました。とりわけNikonのWeb連載企画「光と人の物語」の全25回シリーズを書かせてもらったことなどから、「科学ジャーナリスト賞」をいただき、大きな励みになりました。夢がかなって純粋に楽しかったですね。

東大に准教授として着任されたのですね。

横山 当時は理系の博士で発信活動をしている人がほとんどいませんでした。ユニークな人材だと評価され、博士号をとって2年後、東京大学理学系研究科に科学技術社会論や科学コミュニケーションに関する研究者として採用されることになりました。同時に理学系からの発信活動をマネジメントする運営にも関わりました。新しい挑戦で躊躇もありましたが飛び込むことにしました。もともと科学と社会について関心が強く、いま考えれば向いていたのでしょう。しかし新しい分野での研究スタイルの確立には時間がかかりました。理系出身の視点を活かして研究をするようにしました。私は、先行研究などから科学コミュニケーションは「専門家への信頼」がコアになっていると思っていましたから、社会心理学の手法も参考にしつつ、データを基礎にした科学技術社会論、科学コミュニケーション論などの研究手法を自分なりに試行錯誤していました。また、この期間、多くの政府の審議会に参加したことも、科学と政策について考えを深める良い機会になりました。

TOPIC-5

唯一の文系研究者として数物連携宇宙研究機構に

その後、科学と社会の研究者として活躍されています。

横山 自分らしい研究手法がようやく確立できた頃に、現在の東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構に来ることができました。海外研究者が半数を超える東大の中でも最も国際的な環境の研究機構です。物理学や数学と社会の接点については常に問われます。同時に、東大の情報学環にも所属し、科学技術社会論の研究室を主宰し学生と一緒に研究教育活動をしています。最近は科学の倫理的・法的・社会的問題群(ELSI)をテーマにしています。物理学者も一緒に、AI倫理の研究を、物理学の解析手法を使って研究しています。

代表的な研究成果を一つご紹介ください。

横山 最近、書籍『理系に女性はなぜ少ないか?』も出版しましたが、取り組んだテーマが「数学・物理の分野になぜ女性が少ないのか」というものでした。アメリカの先行研究では、数学や物理に対して「男性的カルチャー」「幼少時の経験」「自己効力感の男女差」という要因で、数学や物理に男性的イメージがあることが明らかになっていました。しかし日本では「性役割について社会的風土」の要因もあるのではないかと考え、この要素を組み込んで分析を行ったところ、日本では優秀な女性が嫌いな人ほど、数学や物理に男性的イメージを強く抱いていることがわかりました。

どんな解決策が考えられるのでしょうか。

横山 社会全体の意識が変わらない限り、根本的な解決にはならないと思っています。日本では、数学ステレオタイプ、すなわち数学は男性のほうができると考えている割合が非常に高いのですが、比較研究を行ったイギリスではそんなふうにはまったく思われていません。女性のほうが大学進学率の高い国がいくつもあります。数学や物理が男性だけのものではないのだという意識をみんなが持つようになってほしいと思いますし、私たちの研究もそういうことに少しでも貢献できればと思っています。

TOPIC-6

好きなことがわからないなら「大きな本屋」に行こう

新中学1年生に向けて、何かメッセージはありますか。

横山 好きなことを探して、それを得意にすることが大学以降の学びや仕事の糧になりますから、ぜひ好きなこと、ワクワクすることを探してほしいと思います。「好きなことを見つけて、それを大事に育てていくこと」はとても大切です。また、世の中の仕事はほとんどチームで行うものですから、無理のない範囲で部活などを頑張り、チームの中で自分を活かしていく術を身につけることも忘れないでください。

自分の好きなことがわからない人もいると思います。

横山 最近は少なくなってきましたが、なるべく「大きな本屋」に行くことを勧めます。さまざまなジャンルの書籍が並ぶ書棚の間を歩くだけで、背表紙を眺めるだけで世界観が広がる可能性があります。どうもこのあたりの本が好きそうだというようなものが見えてくれば、そこから自分の好きなことが見つかるかもしれません。

理系を目指している生徒にも一言お願いします。

横山 数学も物理もやればできます。自信を持って取り組めばきっとできるようになります。自信に根拠を求め始めると揺らいでいきますから、「絶対大丈夫」だと信じ込んでコツコツ勉強することです。とくに女子は5~6歳の頃から、男子のほうが算数はできると思い込んでしまっていますが、算数や数学、物理の能力は性別に関係なく、まったく個人差です。しかも、世界的にも日本は男女ともに非常に高い能力を持っています。日本の女子の理数能力は非常に優秀なのですから、とにかく自信を持って取り組んでいってください。

東京大学 国際高等研究所
カブリ数物連携宇宙研究機構副機構長 教授
横山 広美(よこやま・ひろみ)さん

1975年東京生まれ。雙葉高等学校から東京理科大学理工学部物理学科へ。2004年同大学院理工学研究科物理学専攻修了。連携大学院高エネルギー加速器研究機構K2K実験 博士(理学)。東京工業大学研究院を経て2005年総合研究大学院大学葉山高等教育センター上級研究員。2007年東京大学大学院理学系研究科准教授。2017年より現職。独立行政法人国立高等専門学校機構 理事(非常勤)、国際物理オリンピック2023協会 理事なども務める。物理学出身の人文社会科学系の研究者として、科学技術社会論が専門。