TOPIC-4

模索の日々を過ごした後米国の公衆衛生大学院へ

退職後は、どんな生活をしていたのですか。

坂本 実は、キャリアを構築するようなことは何もしませんでした。アルバイトをしたり、旅行に行ったりしながら、2年ほどは何もせずに模索の日々でした。そのうちに、さすがにこのままではいけないと思うようになり、公衆衛生という名前がつく場所で働いたのだから、大学院に進んでもう少し勉強すれば、道が開けるかもしれないと考えました。日本では当時、公衆衛生を学べる大学院は医師向けのものしかなかったため、両親のいるアメリカに戻り、公衆衛生大学院を探すことにしました。

コロンビア大学公衆衛生大学院に決めたのは、どんな理由だったのですか。

坂本 パブリックヘルス(公衆衛生)の大学院はたくさんあって、どこのプログラムも面白そうで選べない。であれば、一度住んでみたかったマンハッタンにあるコロンビア大学に出願しました。やはり単願でしたが(笑)、無事合格できました。

TOPIC-5

運命的な出会いを経て古巣の聖路加国際病院へ

公衆衛生大学院はどんなことを学ぶのですか。

坂本 看護の対象は通常、個人です。個のニーズを評価し、個別の目標と計画を立て、実行します。一方で、公衆衛生の対象は集団です。集団で起こる健康問題を明らかにし、改善するために疫学や統計学などを学びます。

大学院修了後、再び聖路加国際病院に戻ります。

坂本 転機となる出会いがあったからです。大学院に入学してまもなく、後に聖路加国際病院の感染症科部長となる古川先生が、当時は別の病院からアメリカに研修に来ておられ、2ヶ月ほどニューヨークで一緒でした。そのとき、古川先生から「アメリカの病院では、看護師免許を持ち、公衆衛生学修士(MPH)を取得した人が、感染症の予防を担当しています。医療現場を知っているだけでなく、感染リスクを評価し、改善できる技能を持っているからです。僕はこれから聖路加で治療を担当するので、あなたはここを修了したら聖路加に来て予防を担当してださい」と誘ってくれたのです。そのときは社交辞令だろうと当てにはせず、修了が近づいた頃に研修先のNPO法人を探していたところに、国際電話がかかってきて、「あのときの古川ですが、修了したらうちに来ますよね」と(笑)。あまりに熱心に誘ってくださるため、少しだけ働いてみようかなと、お申し出を受けることにしました。

TOPIC-6

感染管理の仕事にやりがいを見出す

その後の経緯を教えてください。

坂本 名称は違いますが、現在と同じような院内の感染管理を行う部署に配属されました。ただ当時は前任者がいたため、病棟勤務と兼務で感染管理を担当していました。その後、日本看護協会が感染管理認定看護師の教育課程を始めるタイミングでそこの講師となり、前任者の退職に合わせて、2002年からは専従の感染管理の専門家として活動するようになりました。以来20年以上、この仕事に携わっています。

どのような仕事をされているのでしょうか。

坂本 病院などの医療機関では、治療に必要な侵襲性の高い処置を行ったり、抗菌薬を使ったりします。すると感染のリスクが高まります。そうした「医療関連感染」(以前は院内感染)を防ぐ対策を考え、実行できるようにする仕事です。具体的には、特定の患者や職員の集団に存在する感染のリスクを測定し、有効な対策について情報を集め、運用可能な形に落とし込み、現場に定着するよう推進し、リスクが減ったかどうかを評価します。多くの職種や部門と協力しながら、病院全体を動かし、地域も含めて広く影響を及ぼす仕事であり、大きなやりがいを感じています。

2021年は新型コロナウイルス感染症もあって、大変だったのではありませんか。

坂本 2002年以降、SARSやMERS、新型インフルエンザと3つの新興感染症に対応した経験もあり、たしかに今回は規模が大きくて大変ではありましたが、院内が一体となって乗り越えてきましたから、特段大きなストレスを感じることはありませんでした。

今後の抱負を聞かせてください。

坂本 現場の医療従事者は本当に一生懸命仕事をしているのですが、その仕事自体に感染リスクがあり、悪意なく患者の感染リスクを高めてしまう可能性もあります。ですから、あまり深く考えなくても、自分がなすべき日常業務をやっているだけで、自然に自分と患者を感染から守れるような仕組みを構築していきたいと思っています。

TOPIC-7

看護師免許があれば多彩な仕事に役立つ

看護師の仕事のイメージが変わりました。

坂本 中高生の多くは、看護師というと、ベッドサイドで患者に寄り添う臨床看護師をイメージしやすいと思いますが、実は、かなり幅広く活躍できます。病気や医療についての知識があると、他の仕事でも大きな強みとなるからです。看護は、生きるとは何か、幸せとは何かなど、哲学的、倫理的な問題にも関わります。看護を学べば、その後どんな道に進んでも、役立つことは多いと思います。

新しく中学1年になる生徒メッセージをいただけますか。

坂本 中高の6年間は二度と戻ってきません。ですから楽しく、心穏やかに過ごすことを大事にしてほしい。「〜しなければ」と自分を追い詰めず、肩肘張らずに過ごしてほしいと思います。また、人との出会いは重要です。1度の出会いが人生を左右することもありますから、自分がいいなと思う人がいたら、その人との出会いを大切にしてください。

聖路加国際病院 QIセンター
感染管理室 マネージャー
坂本 史衣(さかもと・ふみえ)さん

1968年福岡県生まれ。1991年聖路加看護大学(現:聖路加国際大学)看護学部を卒業し、聖路加国際病院に勤務後、退職。1997年米国コロンビア大学公衆衛生大学院修了。聖路加国際病院に戻り、感染管理に従事。2003年感染管理および疫学認定機構認定資格(CIC)取得。日本環境感染学会理事、厚生労働省厚生科学審議会専門委員などを歴任。著書に「感染対策40の鉄則」など。