朝日小学生新聞特別増刊号 WILLナビNext

「知る喜び」との出会いが人生を豊かにしてくれる。

学校にうまく適応できないとき、救いになったラジオ番組と読書

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──中等科から学習院を選ばれた理由は何でしょうか。

小島 母がブランド好きだったからです(笑)。女性の幸せとは、お嬢さん学校を出て、いい大学に入り、素敵な夫と結婚することであると、信じている母でした。当時は2教科受験でしたが、私は国語が抜群に得意な反面、算数の成績が壊滅的でしたから、ブランド校の中でも、国語を重視している学習院を受験しました。母と下見に行ったときに、思ったよりも厳しい雰囲気ではなく、生徒がのびのびしていたことや、桜並木のある校舎の風情が気に入ったことも、学習院を選んだ理由です。

──実際に入学して、学習院に対する印象はいかがでしたか。

小島 サラリーマン家庭で育った私にとって、幼稚園、初等科から学習院に通っている生徒との出会いは衝撃的でした。旧軽井沢とハワイに別荘があったり、自宅に何台も外車を所有していたり、それが当たり前で自分がお金持ちであることに気づいてすらいません。それどころか、先祖が教科書に載っている生徒までいます。泣きながら中学受験のための勉強をして、親子で修羅場をくぐり、ようやく合格して、努力が報われる喜びを覚えたのに、入学してみたら、努力しても追いつけない世界があることを突き付けられました。彼女たちは生まれながらにしてすべてに恵まれており、しかも性格が悪いわけでもない(笑)。世の中はなんて理不尽で不公平なのだろうと、カルチャーショックを受けて、中学3年間はグレました(笑)。問題児のブラックリストに載り、先生方から「小島からは目を離さないからな」と宣言されたほどです。

──グレたというと、どんな反抗をしたのですか。

小島 学習院の中でグレるのですから、可愛いものです。学習院ではすべての挨拶が「ごきげんよう」です。授業開始のチャイムが鳴り、先生が入ってきたら、皆立って「ごきげんよう」と挨拶するのですが、そのときに私だけ立たない、頭を下げない(笑)。事あるごとに先生に楯突いて、反抗的な態度をとることもありました。同級生といびつな人間関係しか結べず、学校に適応できない私が、毎朝2時間満員電車に揺られて通うのは、とても辛いことでした。そんな暗黒の時代の支え、救いになったのが、ラジオ番組と読書でした。深夜のラジオ番組を録音して電車の中で聴き、駅前の書店で、山本有三、武者小路実篤、佐藤愛子、遠藤周作、北杜夫などの新潮文庫作品を買って貪り読みました。

──学習院に通ってよかったと感じていることはありますか。

小島 学習院には個性的な先生がたくさんいました。「何が学習院らしいかは、おまえたち自身が決めること」と言い放つ先生や、反抗的な私を厳しく叱りながらも、「小島にはいいところがある。信じているから」と励ましてくれる先生がいました。今でも、そんな先生方のことを思い出すと、涙ぐんでしまいます。「変わり者」の先生たちもたくさんいましたし、そこが学習院の懐の深さだとも思います。

学びの面白さを伝えたいという情熱が感じられる授業

──クイズ番組で博覧強記ぶりを発揮されていますが、中高時代から様々な分野への好奇心が芽生えていたのですか。

小島 学習院の授業はレベルが高く、先生方からは、この科目が好きでたまらない、面白さをぜひ生徒たちに伝えたいという情熱がひしひしと感じられました。付属校で、基本的に大学受験のための勉強をする必要がないため、先生の興味の赴くままにとことん掘り下げる場合も少なくありません。中学の歴史の授業では、縄文時代だけで1年間が終わってしまうかもしれないと感じたほどです(笑)。そうした授業を通して、知る喜びに目覚めました。興味を持ったことについて、知識を広げるのは、なんて楽しいのだろうと思うようになったのです。学ぶこと自体の豊かさに濃密に触れることができた6年間でした。

──「知る喜び」に出会ったことが大きかったということですか。

小島 それに尽きます。私の知識には偏りがあり、自分の出身大学の偏差値すら知りません。名画の作品名や、珍しい生き物の名前を知っていても、受験や実生活には役に立たないかもしれません。でも、知ることで世界が広がり、人生は豊かになります。たとえば、経済的な余裕がなく、旅行に行けなくても、1冊の本を手に取って、面白い言葉を覚えただけで、その日が楽しくなるのなら、それだけで豊かな人生といえるでしょう。暮らしの役に立つか立たないかだけで判断したら、ほとんどのアカデミズムの世界はムダに見えるでしょうが、それこそが人類の財産ですよね。
 人生には競争に勝つことが必要なときもあるし、そうでない豊かさが必要なときもある。私は中学受験という競争を勝ち抜いたこと以上に、その後の中高6年間、知らないことを知るのって、どうしてこんなに楽しいんだろう?という素朴な喜びに身を浸したことが、今でも大きな財産になっています。

「女子アナ」の構造に葛藤を感じ続けて

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──アナウンサーをめざそうと思われたきっかけは何ですか。

小島 高等科1年のとき、「私の将来」というタイトルの作文を書く宿題が出されました。当時の私は、『NHK特集』をよく見ていました。わずか1時間の番組を見ただけで、少し賢くなり、問題意識まで芽生えています。こんな短時間で人を変えることができるメディアはすごいと感じ、テレビのドキュメンタリーを制作するディレクターになりたいと書きました。けれども、調べてみると、簡単に実現できる夢ではなさそうです。そのとき、ディレクターは無理でも、アナウンサーならできるかなと漠然と思ったのです。それまで学芸会で主役に手を上げたことは一度もありませんが、いつもナレーターには立候補していました。つまり、主役になる勇気はないけど、全編出演できるナレーターをやりたかったのです。きわめて屈折した自己顕示欲です(笑)。会社員という建前がありつつ、アイドルのように目立てるアナウンサーは、私の欲望を満たすのにぴったりだと思いました。

──大学卒業後、希望通り、TBSのアナウンサーになったわけですが…。

小島 入社してすぐに大変な葛藤を感じました。学習院女子では良妻賢母教育ではなく、人間とは何かを深く考え、自立心を涵養する教育を受けました。女子校でしたから、ジェンダーによる役割分担もありません。しかし、いわゆる「女子アナ」は男性優位を全面的に認めた上で、男性が心地好く仕事ができるような「男を立てるモテる女子」に徹することを求められます。私は自分が何を求められているかさえもわからず、不適応を起こし、再びグレました(笑)。王道の女子アナイメージを全否定するスタイルで、スッピンで、ごついワークブーツを履き、迷彩のフリースを着て、リュックを背負って、「チワース」と挨拶し、現場では技術さんと群れていました。周りからは「小島は一体どうしたいのだ」といわれました。確かにめんどくさいですね(笑)。人気女子アナになれなくて、それでもいいと強がりつつも、落ちこぼれ感を抱きました。一方で、「女子アナ的な女子が正解」という価値構造の歪みへの怒りもあり、そんな葛藤を抱えて、社会人生活をスタートさせました。

──どのようにして折り合いをつけていったのですか。

小島 その構造への怒りは今もあります。多くの女性を苦しめているジェンダー観ですからね。自分は自分のやり方でいいと思えたのは、入社4年目に担当したラジオ番組で、放送業界の大きな賞を受賞したこと。私は私でいいと、吹っ切れました。とはいえ、「女子アナ」という役割を求められる立場でお給料をもらっていることに誇りを持てない思いは続きました。37歳で会社を辞め、いわゆるアナウンサーの役割を廃業してからは、他人からアナウンサーと呼ばれようとタレントと呼ばれようと何でもいいと、肩書きが気にならなくなりました。

自分の中の「嫌な心」と折り合いをつける技術を身につけよう

──中高時代に心がけてほしいことをアドバイスしてください。

小島 中学生になると、たいてい腹の立つことが増えます。それは、皆さんがよく育っている証拠でもあります。イライラが増えるのは、脳が発達したからであり、後ろめたく思う必要はないのです。大切なのは、そのモヤモヤ、イライラした気持ちを上手に扱う技術を身につけることです。むかついた相手を傷つけるのでも、自分を責めて痛めつけるのでもない方法で、モヤモヤする気持ちを扱うコツ、つまり技術が必要です。

──具体的にはどんな技術があるのですか。

小島 まずはたくさんの本を読んで、自分の気持ちを言葉にする技術を身につけましょう。この気持ちは「嫉妬」、こっちは「焦り」などと名前をつけて分類できれば、自分を客観視することができます。語彙が増えると、自分の中に渦巻いている、形にならないモヤモヤとしたものを、手に取って眺めることができます。そうすれば、その気持ちとどのような距離をとって向き合えばいいか分かり、少しずつ自由になれます。
 それから、親や友だちに対してネガティブな感情を抱いた自分を素直に認めましょう。中高生になれば、「親なんていなくなればいい」と、誰でも一度は思うものです。人間とはそんな恐ろしい面もあると認めるところから始めましょう。その上で、自分の悪意に振り回されて、他人や、自分自身を傷つけないために、ネガティブな気持ちとどうやって付き合っていけばいいかを、よく考えてほしいのです。もちろん、人間関係で失敗することもあるでしょう。失敗しない人はいません。大事なのは、どんなにカッコ悪くても恥ずかしくても、相手にきちんと謝ること。そうすれば、あなたは謝る勇気をもてた自分を誇りに思うことができます。失敗から学ぶ人になる。これが一番大事なことなのです。

──最後に、新中学生へのメッセージをお願いします。

小島 中学生になれば、誰でも自己嫌悪の気持ちが芽生えるもの。それは自然なことで、成長の証です。そんな自分をいたわり、折り合う技術を身につけてください。本、映画、音楽、スポーツ、なんでもいいから好きなことを大事にしてください。何かを好きだと思う気持ちが、あなたを孤独から連れ出してくれます。どんな知識も助け舟になります。必ず抜け出す方法はありますから、安心してくださいね。

【プロフィール】

小島 慶子さん(こじま・けいこ)

1972年オーストラリア生まれ。学習院女子中・高等科から学習院大学卒業号後、1995 年にアナウンサーとしてTBSに入社。
テレビ、ラジオで活躍。1999年には第36回ギャラクシー賞DJパーソナリティー部門賞を受賞。2010 年にフリーとなり、以降、ラジオパーソナリティ、タレント、エッセイストとして活躍。現在はオーストラリアへ移住し、日本との往復をしている。中学生と小学生の男の子を持つ母親でもある。

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