朝日小学生新聞特別増刊号 WILLナビNext

自分で考えて、やってみる。すると自分が見えてくる。

切り替えの早さと集中力が灘校生の強み

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──中学受験を考えるようになった時期と、灘校を志望した理由をお聞かせください。

 小5から大手塾に通い始めました。20以上クラスがあり、私は真ん中ぐらいのクラスからスタートしました。競争主義の塾で、毎日テストがあり、2カ月に1回の公開テストの成績で、クラス替えが行われます。単純なもので、少しでもいい成績をとりたいと頑張るようになりました。実際、徐々にクラスが上がり、最上位に数クラス設けられている灘校向けクラスに入ることができ、灘校が現実的な目標になっていきました。自宅から灘校まで歩いて約5分と、私学の中で最も近い学校で、身近な存在だったことも志望した理由の一つです。

──灘校に入学したとき、どんな感想を持ちましたか。

 私は合格最低点ギリギリで合格しました。厳密にはその後、補欠で入学してくる生徒が数名いますが、正規合格としては最低ランクの成績でした。そのため、周りの生徒の優秀さに圧倒されました。灘校の生徒というと、ひたすら勉強ばかりしているイメージがあるかもしれませんが、そんなことはありません。授業中もおしゃべりをしていて、やかましい雰囲気です。簡単にいうと、先生の話をほとんど聞いていません(笑)。ところが、中間・期末テストの前になると、皆いっせいに勉強モードに入ります。そして、日頃あまりガツガツ勉強しているように見えない生徒が、高得点を上げてしまうのです。その切り替えの早さ、いざというときの集中力のすごさが、灘校の生徒の特色であり、強みなのかもしれません。

──印象に残っている先生や授業はありますか。

 灘校では、数名の先生がチームになって、一つの学年を担任として受け持ちます。その担任チームは6年間、持ち上がります。ある先生から「学年ごとに別の学校があるようなもの」と聞いたことがありますが、学年によって指導方針も雰囲気もまったく異なります。そして、6年の長い付き合いの中で、自然と深い人間関係が築かれていきます。また、「自主独立」を大切にする校風で、それが生徒だけでなく、先生にも保証されています。そのため、授業内容は完全に先生方の裁量に任されています。検定教科書通りに授業を進める先生は皆無で、先生が選んだ問題集や、自作のプリントなどを中心に進められていました。

生徒に任される学校行事で自主性、独立性の大切さを学ぶ

──クラブ活動には参加されたのですか。

 硬式テニス部に所属しました。灘校の運動部というと、あまり盛んではないだろうし、とてつもなく弱いと思っている人も多いかもしれません。けれども、硬式テニス部はけっこうな強豪で、中3のときには団体戦で全国大会に出場し、ベスト16まで進出しました。現在でも最も活発な運動部で、生徒の約3分の1が入部しているようです。その分、練習はハードで、朝はランニングと朝練、昼休みや、学校が終わってからも日暮れまで練習する日々が続きました。用事があって休む場合には、学校の外を3周走ってからでないと帰れないという決まりもありました。先輩後輩の関係も厳しく、中1は球拾い専門なのですが、投げ返す際は、先輩が構えているラケットに、ワンバウンドでちょうど入るようにしなければなりません。荒れた土のグラウンドでそれは至難の技なのですが、少しずれただけで、先輩は故意としか思えないほど受けてくれません(笑)。急いで走って取りにいかなければならないわけです。理不尽さを感じたこともありましたが、上下関係が身についたことは、社会に出てから役立った気がします。

──そのほか、中高時代の思い出を聞かせてください。

 文化祭や体育祭などの学校行事が盛んで、楽しみにしていました。灘校は、多くの学校行事の企画・運営を生徒に任せる伝統があります。生徒たちもユニークなイベントにしようと張り切って、工夫を凝らしています。数年前に文化祭の「なだいろクローバーZ」がインターネット上で話題になりましたが、あの程度の趣向なら昔からやっており、ニュースにするほどのことでもないと思いました(笑)。
 文化祭は、文化系のクラブは教室で発表を行いますが、とりたてて発表するものがない運動部は、講堂でバンド、小講堂で「バラエティールーム」と名づけた、テレビのバラエティー番組のような企画をやります。私が携わったお化け屋敷は、教室を二つ使ってすべての窓を黒幕でふさぎ、中にたくさん仕掛けを作る本格的なものでした。バラエティーショーにも参加し、カラシやワサビ、タバスコを大量に入れたドリンクを飲ませ合うゲームや、クイズで間違えると突然女王様が登場して罰を与えて去っていくショーなどを企画しました。
 体育祭でも、応援合戦という名目で、グラウンド全体を使って、ミュージカル仕立てのコント対決が繰り広げられます。クラブ対抗リレーでは、前半がタイムを競うチーム、後半は演出に力を入れるチームが出場するのですが、水泳部はゴール直前の水たまりに飛び込んで追い抜かれるのが定番になっていました。笑いをとることに関しては、皆、とても真剣でしたね(笑)。その自由さの中で、自分たちで考えて自分たちで実行し、責任も自分たちでとる、自主性と独立性の大切さを学んだ気がします。

──京都大学法学部を志望した理由は何でしょうか。

 文化祭などの舞台で演じることが、自分にフィットしているという感覚がありました。そこで、大学には進まず、舞台に立つ仕事をしたいと考えました。けれども、両親から「まだ進路を狭めるのは早い。もっとさまざまな経験をしてから決めた方がいい」と説得され、それももっともだと思い、大学に行くことを決めました。法学部を選んだのは、卒業後、多様な分野に進んでいる人が多いと聞いたからです。京都大学を志望したのは、自分のやりたいことを突き詰めていくタイプの学生が多いイメージがあったためです。また、英語の入試問題を見ると、東大は発音、文法、長文読解、リスニングと、各分野からまんべんなく難問が出題されています。それに対して、京大は英文和訳と和文英訳の2種類だけです。横に広くではなく、縦に深く思考する力が要求される入試問題が、私の肌に合っているとも感じました。

観客も作品づくりに参加する生の舞台の魅力を伝えたい

──大学卒業後、現在に至る経歴をご紹介いただけますか。

 大学入学後も舞台の活動をしたいという思いは変わらず、就職活動はしませんでした。卒業後、1年間、芸能学院に通い、まず漫才を勉強しました。けれども、漫才は素のままの自分をさらけ出し、その上で個性をぶつかり合わせることによって作られる芸能です。役になりきるのならいいのですが、素の自分で勝負しなければならない漫才は、私には合わないと思ったのです。そこで、芸能学院を離れて、外国人パフォーマーのもとで、英語の即興演劇などを学び始めました。その方から勧められたのが英語落語で、「これこそが自分の進む道だ」という直感がありました。小学生の頃、落語が大好きだったことを思い出したからです。図書館の落語の本を借りて、ときには自分で声に出して読んで、テープに録音した思い出が蘇ってきたのです。さっそく桂枝雀師匠と一緒に英語落語を創始された山本正昭先生が代表を務める英会話学校の「英語落語クラス」に通うことにしました。山本先生主催の英語落語の公演にも出演する機会を得ました。ところが、その後、山本先生が亡くなり、発表の場がなくなってしまいました。そんなとき、アルバイトをしていたのが、海外留学の斡旋などもしている塾で、代表がアメリカのフリースクールの理事をしていたため、その方の紹介で、テネシーのフリースクール、ペンシルベニアの公立小学校で英語落語の公演を行いました。けれども、帰国後は舞台に立つチャンスもなく、モチベーションを維持するのが難しい状況が続きました。それでも、落語、漫才、音楽、歌舞伎、文楽など、生の舞台をたくさん観るように努めました。その中で、落語はやはり日本語の方が豊かな表現が可能になるし、とても奥が深い芸能だと感じるようになっていったのです。そんな中で、大きなチャンスが訪れました。アルバイト先のホテルで、桂福團治師匠の公演の打ち上げがあり、直接話をすることができたのです。師匠との会話で感動したのは、落語の雰囲気が身体中からにじみ出ていることでした。理屈ではなく、「この人の弟子になりたい」と思ったのです。

──落語家としての今後の目標はありますか。

 今、電車に乗ると、多くの人がスマホをいじっています。コミュニケーションを図るのは、もっぱらLINEを通してという人が増えている気がします。その一方で、実は直接人と接することには臆病になっているのではないでしょうか。そんな若者たちに、ぜひ生の舞台を見てもらい、人と触れ合うことの素晴らしさを伝えたいですね。落語は、たとえ同じ噺でも、毎回変化します。お客さんの反応を見て、話す内容、スピード、しゃべり方をアジャストさせるからです。そこが生の舞台と、テレビ番組でお笑いを観る場合の決定的な違いです。もっといえば、お客さんも作品づくりに参加しています。一人で落語をやるのは単なる稽古でしかありません。「息を合わせる」という言葉がありますが、お客さんと一体になると、まさに吸う、吐く波長が揃う感覚が味わえます。その瞬間に皆が感動する作品が生まれるのです。そこに生の落語の醍醐味があると考えています。

自分の得意、不得意や集中力が続く時間を知る

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──最後に、新中学生に向けてアドバイスをお願いします。

 大学受験の際に感じたのは、自分を知ることの重要性です。まずは、自分の得意、不得意を知ることです。当然、不得意な科目は、集中して克服する期間を設けなければ、不得意なままで終わってしまいます。私は高3の夏休みを、苦手だった英語の克服に費やしました。受験勉強で最も重要なのは反復することです。それは誰でも分かっていることでしょうが、反復は単調で飽きるものです。そこで大切になるのが、自分はどれぐらい同じことを続けたら飽きてしまうのかを知ることです。飽きる直前に、何らかの工夫をする必要があるのです。私は朝9時から、午前中3時間の勉強を自らに課しました。午前中は記憶力がいいので、英単語を暗記し、飽きたら他の科目を暗記するようにしました。昼食後は、しばらくすると眠くなるタイプだったので、暗記はそれを助長するだけですから、無理やりでも頭を動かす勉強をしました。具体的には、時間を決めて英語の読解問題などを解きました。夕食後は得意な科目を中心にして、それで1日頑張り通すことができました。こうした勉強のパターンは、すぐに確立できたわけではありません。たとえば英単語の暗記は、当初2時間続けてやろうと思ったのですが、その前に飽きてしまうので、少しずつ短くして、どれぐらいの時間なら集中できるのか試行錯誤を重ねました。けれども、いったんパターンが身についてしまえば、後はそれを続ければいいわけです。受験勉強の必勝法といった本もありますが、それはその著者の必勝法にすぎません。性格、集中力の高さなど、さまざまな条件によって、一人ひとり最適な勉強法は異なります。自分を知って、自分ならではの学び方を作り上げることが、中高時代に最も重要なことであり、それは社会に出てからも役立つと思います。

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