朝日小学生新聞特別増刊号 WILLナビNext

医師を志した「原点」が壁を乗り越える原動力

やりたいことに取り組んだ中学・高校時代

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──中学受験をされたきっかけは何でしたか。

須磨 私は一人っ子で本を読んだり、植物を育てたり動物を飼うのが好きな少年で、おとなしめのタイプ。勉強も好きで、小学校2年生のときに引っ越してきた神戸は進学先の選択肢の幅もあり、両親や担任の先生に中学受験を勧められました。先生からは「灘校にも行ける」と言ってもらっていたようで、もしも親などの身近な人が医者だったら、そうした進学校を選んでいたかもしれません。あと、僕自身は絶対に坊主頭にはなりたくなかったんです。いくつかの学校を見学しましたが、坊主頭や制服姿を見て、「嫌だ」とすぐきびすを返しました。丸刈りにしなくていいのは関西学院と甲南の2校だけで、黒の詰め襟の関西学院と濃紺の制服の甲南を比べて、甲南のほうがいいと・・・・・・(笑)。安易に聞こえるかもしれませんが、当時の自分にとっては譲れない条件でしたね。

──甲南での学生生活はいかがでしたか。

須磨 やんちゃな奴もいれば、本当のお坊ちゃんもいました。ほとんどが甲南大学に進むと思っていましたから、学生の間で大学受験の話などまったくなく、「将来何になる?」「どないする?」と話すのは仕事や生き方の話。先生方もおおらかで、生徒の自主性を認めてくれていました。大学受験をめざすのとは対極の環境でしたね。私自身もスキーや乗馬に熱中し、とにかく開放感に満ちた6年間でした。

──医者をめざされたきっかけをお教えください。

須磨 中学校の頃から少しずつ将来を意識し始め、部屋にこもって徹底的に自問自答しました。1964年、ちょうど東京オリンピックの頃です。当時の日本は高度成長期で、会社で求められているのは、いわゆる"モーレツ社員"。人と競争したくないという自分の性格とは正反対で、早々に無理だと諦めました。
 自分にとっての夢は、"幸せになりたい"でした。人をやっつけなくてもよくて、自分が携わった仕事で人が喜んでくれればうれしい。それが自分にできる社会貢献であり、自分自身も幸せな人生を送ることができるのではないかと。あれこれと考えて残ったのが、医者と弁護士でした。当時、アメリカの人気ドラマで、医療ものの「ベン・ケーシー」と法廷ものの「ペリー・メイスン」が放映されており、その影響もあったのでしょうね。ただ弁護士は必ず相手をやっつけなくてはならず、最後に残ったのが医者だったのです。1対1で向き合い、自分の知識や技術で患者さんを助けることができると。「自分にはこれしかない」と思い込んで、親に「医者になる」と宣言しました。

──親御さんの反応はいかがでしたか?

須磨 「あら、そう」とまったく信じませんでしたね。それまで医者の「医」の字も口にしていませんでしたから、一時の気の迷いくらいに思っていたのでしょうね。自分自身も医学部に入るのがいかに難しいものか、どんな勉強をしなければいけないのか、わかっていませんでしたけどね(笑)。

「この道しかない」強い思い込みで、受験勉強をやり遂げる

──受験勉強はどのように進められたのですか。

須磨 高校3年生になって受けた全国共通模擬試験で、物理か化学のどちらだったかは覚えていませんが、8点を取ったんですよ。100点満点で8点。さすがに自分でも危機感を覚えましたね。坊主頭と同じくらい浪人は嫌だったので、現役合格するためには勉強するしかないと覚悟を決めました。
 机に参考書や問題集を積み上げ、片っ端から問題を解きましたね。集中して気づくと夜中の2時。食事をとってまた勉強ということもありましたね。そのおかげか、最後の模試でやっと合格ラインに達しました。

──なぜ、そんなに頑張れたのでしょうか。

須磨 これは私の生き方に通じるのですが、選択肢をつくらなかったのです。医者になると決めた後は「もしなれなかったら?」ということはまったく考えませんでしたし、無理ならランクを落として別の学部という発想はまったくありませんでした。人は選択肢(セカンドチャンス)をつくると迷いが出て、集中力が落ちてしまいます。さらに、ついつい楽で安全なほうに流されてしまいます。何か困難にぶつかったときに逃げ道にしてしまうのです。だから、私は自分で決めた一つの目標に向かって行動し、自分の決断を信じるようにしていました。このスタイルを貫けたのは、甲南に進学したからこそだと思っています。もし進学校に進んでいたら、あのような自問自答をすることなく、医者という選択にたどりつかなかったかもしれない。きっと、今の須磨久善はいなかったでしょうね。

より広い世界で知識・経験を積み重ねる

──心臓外科医を選ばれたのは、なぜですか。

須磨 医学部に入る直前、1967年12月、南アフリカのケープタウンで世界で初めての心臓移植手術が行われ、世界のトップニュースになりました。心臓を手術で治せるのはすごいと思い、そのインパクトはその後もずっと頭に残っていましたね。また、大学時代にかわいがってくださったのが母校の心臓外科の教授で、自宅に呼んでアメリカに留学されていた頃のスライドを見せながらアメリカで行われている最新の心臓外科の実情を詳しく話してくださったので、自然と「心臓外科医しかない」と決まりました。このときも、ほかの選択肢は考えませんでした。
 大学卒業後は母校の胸部外科の医局に入るつもりでいましたが、卒業を間近にしたある日、夢の中で「それでいいの?」と声が聞こえてきたのです。日本という小さな島国で生まれ、神戸・大阪という狭い範囲で一生を過ごすのか、それとも患者さんのためにもより広い世界に出て知識・技術を積み重ねていくべきなのかと。それで、まずは東京の病院へ就職、その後は世界中の病院へ・・・・・・、その選択は自分にとってとても自然なことでした。

──世界中で公開手術をされたり、日本初のバチスタ手術を成功させるなど、誰も取り組んでいないことに挑んでこられましたね。そのモチベーションはどこにあるのでしょうか。

須磨 僕自身はこれまでも常に自問自答して、のたうち回りながらも自分の進むべき道を何とか見つけ、その目標に向かって自分を高めてきました。自分自身と向き合い、自問自答したことが自分の「原点」を発見する術であったことはまちがいないでしょうね。安易に人に相談するのではなく、自分の本心を見据え、答えを出す。そうすることによって答えが見つかったときの喜びは、何物にもかえられませんし、自分が今ここにいる理由は、この原点が明確にあるからだと思います。
 医者、特に心臓外科医は、患者さんの「生命」に大きく関わっています。人の死と向き合う仕事なので、心身ともにタフでなければ続けられません。「なぜこんなしんどいことを続けているのか」と思うこともあります。壁にぶつかったときでも、それを乗り越え、たくましく生きていくことができるのは、「自分がなぜこの道を選んだのか」という原点をしっかりと持っているからでしょうね。ほかの病院で手術は無理だと言われた患者さんに、「まだチャンスがあるよ」と言ってあげられる存在になりたい。だから頑張れるのだと思います。

0から1を生み出す能力が医学を発展させる

──医師にとって必要な資質とは何でしょうか。

須磨 どんな病状の患者さんに対しても、最良の治療方法を提供するために、最新の知識を頭の中できちんと整理しておくこと。また、多くの事例をこなし、常に技術を磨くこと。しかし、これは医師の資質の50%に過ぎません。残りは「クリエーティブ・マインド」と「チャレンジ・スピリット」ですね。「教科書に書いてあることを全部覚えました」というのでは、試験では良い点数をとれるかもしれませんが、医学を発展させる原動力にはなりません。1を100にする力と、0から1を生み出す力はまったく違うものです。今まで助けられなかった患者さんを助けるためには、0から1を生み出さないといけない。それがすべての医者の務めでしょう。
 また特に日本では、"みんなで一緒に" が良しとされ、人と違ったことをすると周囲から反発されることがよくあります。たとえば、向こう岸に薬を必要とする人がいて、こちらに100人の医者がいる。そして間に深い谷があるという場合、100人全員で谷を越える方法を考えるようなところがありますね。向こう岸の患者さんにとっては、誰かひとりが早く薬を届けてくれればそれでいいわけですが、医者の間でそれをやると抜け駆け、足並みをそろえない奴、ということになる。自分の信じる方法で「いける」と思ったら1人でも飛び出す勇気も必要なのではないでしょうか。自分というひとつの個性をきちんと守り育てていくためには、闘うべきときには闘わないといけないのです。自分の信念を貫き通すためには挑む力をしっかりと持つしかない。私はその考えで今までやってきました。

──最後に、これから中学に入学する子どもたちに向けてアドバイスをお願いします。

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須磨 世の中の仕事は大きく分けると、「モノと向き合う仕事」と「人を相手にする仕事」の2つがあります。モノと向き合う仕事、たとえば彫刻や絵画などなら、自分のイメージを思い通りの形にできれば合格でしょう。しかし、人を相手にする仕事の場合、自分がどんなに良い仕事をしたと思っても、相手が満足し喜んでくれなければ合格点にはなりません。そのためには相手と信頼関係を築くことが不可欠であり、コミュニケーションスキルがとても重要なのです。
 先ほど自問自答することの大切さを話しましたが、コミュニケーションスキルは自問自答では決して身につきません。相手の話を聞き、理解すること、そのうえで相手の目線に立ってわかりやすい言葉で伝え、それが相手に伝わっているかどうか確認することが重要。この2つの能力は、日常生活の中でトレーニングして磨くことができ、今すぐにでも、どこにいてもできますね。友だち同士で、また両親や先生と会話し、コミュニケーションするトレーニングを心がけてください。医者はもちろん、将来どんな職業についても、きっと役に立つはずですから。

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