朝日小学生新聞特別増刊号 WILLナビNext

中高時代の学びすべてが社会で活躍する土台になる

論理的に考えれば解ける算数、理科が得意教科

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――中学受験を考えるようになったのは、いつ頃からですか。

菊川 小学校4年生から塾に通い始めて、自然と中学受験を考えるようになりました。けれども、「絶対にこの学校に行きたい」といった強い意識はなく、校風や教育内容もきちんと調べた記憶がありません。桜蔭中学校を受験したのは、知名度の高い人気校だからというのが正直なところです。

――中学受験の勉強で自分なりに頑張ったことはありますか。

菊川 得意だったのは算数と理科です。解き方を知らなくても、論理的に考えていけば解くことができる教科だからです。自分の力で「解けた」「わかった」と感じたときの喜びが大きく、その喜びがもっと難しい問題に挑戦しようというモチベーションになりました。
 一方で、暗記が求められる社会は苦手でした。きちんと理屈がわからないと、前に進めないタイプだったからかもしれません。用語の意味、概念がわかれば、覚えようという気持ちも生まれたと思うのですが、とくに歴史はいきなり「荘園」「封建制度」などと言われても、まったくイメージできません。たとえば「ポツダム宣言」も、今ならポツダムが地名で会談が行われた場所だということやその背景もわかりますが、当時は呪文か暗号にしか聞こえず(笑)、興味が持てませんでした。小学生のレベルに合わせて、わかりやすく具体的にイメージできるように教えてもらえたら、もう少し楽しく学べたと思うのですが・・・・・・。もちろん、これは言い訳にすぎず、先生のせいにしてはいけませんね(笑)。

中高時代に目覚めた物理の面白さ

――桜蔭中学校に入学してよかったことを教えてください。

菊川 私立の女子校ですから、何となく厳しい指導が行われている学校というイメージがあるかもしれません。けれども、実際には自由な校風で、伸び伸びと学校生活を送ることができました。周囲には、個性的で我が道を行くというか、考え方に一本芯が通ったタイプの生徒が多く、刺激を受けました。
 授業は、中高一貫校ですから、どんどん先取りで進行しており、中学3年生の後半からは高校の内容を勉強していました。

――学校行事の思い出はありますか。

菊川 高校1年生のとき、浅間山荘に修学旅行に行き、飯ごう炊飯をした思い出があります。フィールドノートを持参して、見聞したことや自分の感想などを記載し提出するのが義務づけられていました。真面目な生徒は、名所を見て、それがつくられた背景を調べ、パンフレットを添付するなどしてきちんとまとめていました。けれども、私は完全に遊び感覚だったので、なぜこんな勉強のようなことをしないといけないのだろうと苦痛でした(笑)。今振り返ってみると、単なる物見遊山ではなく、社会科見学の意味合いも兼ねていたので、もう少しきちんとやっておけばよかったと思っています。

――部活動には参加されていましたか。

菊川 週1回活動するクラブに参加しただけです。毎年のように、水泳、テニス、バスケットボール、英語劇など違うクラブに入って、いろいろなことを体験していました。文化祭ではクラブごとに企画を立てるのですが、なぜか水泳クラブでは、来場する小学生を対象に「体力測定」を行うのが伝統になっていました(笑)。

――そのほか、中高時代に力を入れたことはありますか。

菊川 中高時代、学問としての数学、物理に触れたことが、大きなターニングポイントになったと思います。いわゆる解法のテクニックや公式を覚えるのではなく、なぜその公式が成立するのか、そこにたどり着くまでのプロセスを知ったときは、衝撃でしたね。時間はかかりますが、いったん原理・原則の根本が完全に理解できれば、いくらでも応用が効きます。問題を多く解いて、その解法を覚えて、それらをつなげて全体を把握する一般的な学習法よりも、絶対に効果的だと私は確信しています。中高時代に数学、物理の本質を学んだことで、勉強がおもしろくなり、大学入試でもこの2科目は大きな武器になりました。

「進学振り分け制度」が東大理Ⅰ選択の決め手に

――東京大学理科Ⅰ類を志望した理由を聞かせてください。

菊川 高校では数学、理科が得意だったので、理系学部進学は決めていましたが、一口に理系といっても幅が広く、どの分野が将来のどのような職業につながるのか、当時の私にはイマジネーションが働きませんでした。手塚治虫さんの『ブラックジャック』を読んで、医師も素敵な仕事だなとあこがれの気持ちが生まれ、慶應義塾大学医学部も受験しました。最終的に東大理Ⅰを選択する決め手になったのは、「進学振り分け制度」です。東大では、2年次までは共通の科目を学び、3年次から所属学部を決める体制がとられています。まだ学びたい分野や将来の方向性が明確でなかった私にとって、この制度が合っていると感じたのです。

――3年次に工学部建築学科を選択された理由は何ですか。

菊川 建築学は総合芸術といわれています。設計・施工・構造など、理系的な理論・技術だけでなく、人間の心理や行動、環境、文化、都市計画などの文系的な要素も含んでいます。幅広い視点からアプローチすることを求められる学問分野であり、そこに魅力を感じたのです。

――大学時代の思い出をお聞かせください。

菊川 「進学振り分け制度」で希望の学部に進むためには、相応の成績が要求されます。ですから、授業には真面目に出席していました。そのほか、テニスサークルの活動や家庭教師のアルバイトなどで、ほとんど遊ぶ暇がないほど多忙なキャンパスライフを過ごしていました。しかも、2年生のときにスカウトされてモデルの仕事を始め、4年生で女優デビューしました。卒論は「遺伝的アルゴリズムを適用したコンクリートの要求性能型の調合設計法」をテーマに選び、研究を進めていたのですが、ちょうど初めてのドラマへの挑戦と時期が重なり、撮影スタジオと大学を行き来する日々が続きました。それでも、何とか両立を図り、4年で卒業することができました。

幅広い勉強を心がけ中高時代を楽しんでほしい

――仕事面での今後の目標はありますか。

菊川 現在、女優業とキャスター業を中心に活動していますが、これからも両方続けていきたいと考えています。女優は毎回異なる役柄にチャレンジできますし、キャスターも常に知的好奇心を刺激される話題に出会うことができ、どちらも魅力的な仕事だからです。その分、難しさを感じることもありますが、一歩ずつ前進して成長していきたいですね。

――現在の仕事に、中高時代に学んだことが役立っていると感じることはありますか。

菊川 社会に出ると、さまざまな局面で、幅広い中高時代の学びが土台になっていることを痛感します。たとえば、よく数学や物理は社会に出て何の役にも立たないといわれますが、そんなことはありません。自分の考えを一から筋道立てて構築していく力は、数学や物理のトレーニングによって鍛えられるものです。また、国語の勉強も重要です。キャスターとして、ゲストと会話するのはライブ感があり、とても楽しいのですが、生放送の短い時間で、適切に表現するのは難しい面があります。ときには言葉足らずで、私の意図とは違う意味にとらえられてしまうこともあります。もっと伝え方の引き出しを増やすために、勉強の必要性を感じていますが、そのベースになるのが中高時代に学んだ国語力であることは間違いありません。

――最後に、新中学生に向けてアドバイスをお願いします。

菊川 私も中学時代は希望に満ちあふれ、何をしても楽しかったのを覚えています。 そんな時代だからこそ、いろいろなことに興味を持って、積極的にチャレンジしてほしいと思います。先ほど話したように、どの教科の学びも、必ず自分の骨組みイメージ1をつくり血肉となって、社会に出たときに役立つ土台になります。ですから、嫌いな教科でも頑張って勉強してください。完全な理系人間で、文系教科をあまり熱心に勉強しなかった私が、偉そうにいえることではないのですが(笑)、自分への反省の意味も込めて、失敗したほうが器が大きくなるぐらいの大きな気持ちで、食わず嫌いをしないで幅広い勉強を心がけて、中高時代を思いっきり楽しんでほしいと願っています。

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