朝日小学生新聞特別増刊号 WILLナビNext

将来学びたい分野や、めざす職業を中高時代にじっくり考えることが大切

国語の授業の「200字作文」が、アナウンサーをめざす原点に

イメージ1

──中学校時代、印象に残っていることをお聞かせください。

佐々木 神戸大学附属小学校から、そのまま同じ附属中学校に進んだので、中学受験は経験していません。中学校の授業はとても素敵だったという印象があります。国立の研究校なので、教科書にこだわらず、オリジナル色の強い授業が展開されていました。たとえば国語では、中1で歳時記が渡され、冬から春にかけて、「春を見つける」というテーマで、歳時記の中から好きな季語を選んで文章を書きました。毎回の授業で必ず「200字作文」も課されました。200字だと長すぎず、短すぎず、的確な言葉を選ぶ必要があります。文章を書くトレーニングになっただけでなく、その次の授業で、先生が全員の作文をガリ版に刷って配布してくださり、それを読むのも楽しみでした。同じテーマでも、一人ひとり違う世界を持っていることに驚き、とくに、授業中落ち着きがなくて、スーパーボールで遊んでいるような同級生が、キラキラした感性にあふれる表現をしていることに感動しました。私自身は優等生的なところがあって(笑)、つい上手にまとまった文章を書いてしまっていたのですが、周りの友人たちの思いがけない視点や、練られすぎていない文章の味わいを新鮮に感じたのです。先生も、そうした文章を「これは君にしか書けない」と絶賛するので、勉強が得意でない生徒でもさらにやる気を出して取り組むようになります。このときに、自分の内なるものを表現するということは、文章の上手下手よりも、「何に着眼するか」と「どうすれば相手に伝わるか」が重要なポイントになることに気づきました。この経験を通して、言葉を伝えることの面白さに目覚めたことが、私がアナウンサーをめざす原点になった気がします。

ページTOP

将来の自分にとっての

イメージ2

──学校行事の思い出はありますか。

佐々木 学校行事はとても盛んな中学校でした。型にはまった教育ではなく、生徒一人ひとりの個性を自由に伸ばそうという方針の学校で、それぞれの生徒が好きなこと、得意なことを発揮できる場を豊富に与えたいという思いがあったからでしょう。自分たちで作詞・作曲した「学級曲」を披露する合唱コンクールもあり、私は毎年、作詞か作曲を担当していました。
 また、中1で学級委員長になったほか、多くの学校行事でリーダー的な役割を務めました。それまで女子で学級委員長になった人はいないという話を聞いて、それはおかしいと思い、立候補したのです。私にとっての「社会的な目覚め」だったのかもしれません。けれども、学級委員長になったことで、様々な葛藤にも出会うことになりました。たとえば、遅刻した生徒がいたときに、連帯責任として、学級委員長の私も一緒に怒られたことがあります。リーダーとしてクラスを統括する責任があるということなのでしょうが、理不尽さを感じたのです。また、学級会で「皆さん、静かにしましょう」と注意したり、学校行事で「優勝をめざして頑張りましょう」とハッパをかけたり、ちょっと感じ悪いタイプだったかもしれません(笑)。先生から、学級会のときの私の厳しい言葉に対して「あんな言い方をされた相手はどう感じただろうか」と問いかけられ、諭されたこともあります。それによって、改めて言葉の大切さに気づかされました。悪気がなければ何を言ってもいいわけではありません。ただし、空気を読んで、何も言わずにすまそうというのもつまらない話です。その後も、言いたいことを我慢することはありませんでしたが、相手を思いやった言葉遣いを心がけるようになりました。

──中学生の多くが、そうした人との関わりの難しさに直面すると思います。何かいいアドバイスはありますか。

佐々木 コミュニケーションするうえで、私が心がけているのは「イエス・アンド…」と伝えることです。絶対にさけているのは「イエス・バット」と続けることです。誰だって認められたいもの。「バット」とつなげると、前段でどれだけ共感を示していても、その「バット」以降の言葉しか残りません。「分かる、そうだよね」と相手の意見を認めたうえで、「さらに(良くするためには)私はこんなことも感じているけど、どうかな?」といったように、自分の本音もきちんと語るようにすれば、伝わりやすいのではないでしょうか。

ページTOP

自分の力で道を切り拓こうという覚悟を決めて、東大を志望

イメージ3

──高校は県立高校に進学されたのですね。

佐々木 神戸大学附属は中学校までしか設置されていないので、高校受験をする必要がありました。中2から塾に通おうと思い、大手塾の入塾テストを受けたのですが、下位クラスしか入れないと通知されました。同級生たちが上位クラスに通っていたので、今振り返ると、プライドが許さなかったのでしょうね(笑)、恥ずかしい気持ちが先立ち、同級生が通っていない小規模な塾を選びました。そのためなのか、受験のノウハウがあまり身につかないままで、第一志望校は合格できず、初めての挫折を味わいました。
 入学した県立高校は、いい友人に恵まれ、それなりに楽しい学校生活でした。けれども、当時私が住んでいた学区は「総合選抜」で、県立高校には多様な学力層の生徒が入学してきます。全員が大学進学をめざしているわけではなく、東大志望の私はちょっと浮いた存在でした。「女の子なのに、なぜわざわざ関西を飛び出して、東大に行く必要があるの」と、奇異な目で見られているように感じていました。けれども、それによって逆に「絶対に合格しよう」と奮起できた気がします。あまり勉強に熱心でない周囲の雰囲気に流されず、自分の力で道を切り拓いていこうという覚悟を決めて、頑張って勉強しました。

──東大を意識するようになったのはいつ頃からですか。

佐々木 父がかつて東大志望で、その望みは叶わなかったのですが、小さい頃から、東大出身の有名人の話などを聞かされ、自然と素晴らしい大学というイメージができあがっていきました。両親がほめ上手で、幼いときに文字が読めただけで「すごい」とほめられ、「自分はできる子」と勘違いして育ったことも影響しています(笑)。中学校、高校と、そんなに優秀な成績でもなかったのに、「やればできる。東大にも合格できる」と、根拠のない自信を持っていました。

──1年間浪人された後で東大に合格されたのですね。

佐々木 高校卒業後、父の仕事の関係で東京に転居し、予備校に通いました。「東大クラス」に入り、同じ目標を持つ仲間ができ、もう誰にも遠慮せずに「東大志望」を明言できるようになった環境が心地よかったですね。ライバルたちの学力の様子を見て、「これぐらいのレベルまで行ければ合格できる」という具体的な到達目標が見えたことも大きかったと思います。不安な時期もあったのですが、チューターから「このままの調子でいけば、絶対大丈夫」と、ものすごい目力で(笑)、励まされたことも心の支えになりました。

ページTOP

難関だからという理由で大学を選ぶと、充実した学生生活が送れない

イメージ4

──東大時代の思い出を聞かせてください。

佐々木 私が大いに反省しているのは、東大をめざしたのは、単に難関の大学だからという理由だけだったということです。そのため、入学した後、燃え尽きたような感覚を味わい、結局、自分がやりたいことが見つからないままに4年間を過ごしてしまいました。ですから、皆さんにはぜひ、中高時代に、自分はどんな分野を学びたいのか、将来はどんな職業に就きたいのか、じっくり考えて、それを踏まえた大学・学部選びをしてほしいと願っています。
 そうした将来設計が私には不足していました。小さい頃から漠然とイメージしていたのは「働くこと」と「ちゃんと家庭を持つ」ことを両立させたいということです。そのためには、難関資格を取得するのがいいと思い、中学生の頃は裁判官をめざそうと考えたこともあります。けれども、東大を受験する際には、文Ⅰの合格は難しいとあきらめ、文Ⅲに入学しました。もうその頃には、東大に合格すること自体が目標になっていたわけです。東大入学後、研究者をめざそうと考えた時期もあったのですが、研究したい分野が見つかっていないので致命的です(笑)。とりあえず教養学部フランス科に進んだのですが、この学科の学生たちは、高校時代にフランスの哲学者の本に感銘を受けたとか、フランス映画のカメラマンの映像が素晴らしいとか、早い時期に何かに出会って、それを深めたいという動機を持っている学生ばかりです。まったく話についていけず、どんよりと暗い日々を送りました。

──アナウンサーを志望したきっかけは何ですか。

佐々木 先ほど申し上げた中学時代の経験から、「言葉」に対する興味を抱いており、「言葉」に携わる新聞社、出版社への就職を考えていました。そんなとき、阪神・淡路大震災が起こり、実家が全壊しました。テレビの報道を食い入るように見ていると、アナウンサーやレポーターが、たとえば「がんばれ神戸!」のように同じメッセージを発していても頑張ろうという気持ちがわいてくる人もいれば、人ごとのように聞こえる話し方の人もいます。アナウンサーという仕事は、常に人間を磨くことが、仕事に活きるのではないか私自身がそんなアナウンサーをめざしたいと思い立ったのです。フジテレビの入社試験の2カ月前のことであり、履歴書の写真はスナップ、面接では周りのアナウンサー志望の女子学生がきれいな服装をしている中で、私一人だけ黒っぽい地味な服でしたが、それがかえって目立ったのかもしれません(笑)。幸い、入社することができました。

──アナウンサーとして心がけていらっしゃることはありますか。

佐々木 まずは情熱を持つこと。そして、その情熱を伝えるスキルを高めることです。その両方を兼ね備えたアナウンサーになることが目標です。

ページTOP

保護者は自分の価値観に縛られず、子どもの夢を応援することが大切

イメージ5

──これから中学校に入学する人たちに、アドバイスをお願いします。

佐々木 大きな夢を描いてほしいですね。実現できるかどうかなんて関係ないと思います。夢は心がけていないと、つい現実だけを見るようになってしまいますから、夢を持つ訓練をしてほしいと思います。そのためには、どんなことに自分がワクワクするのかを考え続けることが大切です。そうすれば、勉強以外にも、自分にとっての夢になる大切なものがあることが分かると思います。

──最後に、保護者へのメッセージをお願いします。

佐々木 私自身、子育ての真最中ですが、将来、子どもから夢を語られたときに、「いいね」と応えて、一緒にその夢の素晴らしさを語り合えるような親でありたいと考えています。親は自分の価値観を押しつけたり、自分のスケールで子どもを測らないことが大切です。大人の論理で「そんな程度のことが夢なのか」といった態度をとってしまうと、子どもはもう二度と夢を語らなくなってしまうでしょう。夢を語る子どもをほめ讃えて、応援する姿勢を見せることで、子どもは勇気を持って、次のステップに踏み出すことができるのではないでしょうか。

ページTOP