WILLナビ:よみうりGENKI 次代を担う人材を育てる中高一貫校特集
開成・灘 特別教育対談
新型コロナウィルス感染症の拡大で、休校を余儀なくされた中学・高等学校。ICTを活用して授業を行った学校は多かったが、その一方で、対面授業の重要性が浮き彫りになったことも事実だ。社会全体に混乱が生じ、不確実性が増すなか、教育現場ではどのような対応が求められ、今後どのような学びを大切にしていけばよいのか。開成と灘の両校長に話を伺った。
開成は早期にプロジェクトチームをつくり
4月の始業式直後から遠隔授業を開始
開成中学校・高等学校
校長 野水 勉 先生

――野水先生はこの春、開成の校長先生に就任されました。新型コロナウィルス感染症の拡大で、休校、遠隔授業開始という異例の状況下でのご着任でしたね。

野水 本年4月1日に校長に就任しました。「開成の校長を務めてみないか」というお話は、前校長の柳沢幸雄先生からありました。柳沢先生とは東京大学で応用化学分野の研究室に出入りしていときの先輩、後輩の間柄です。ハーバード大学に研究留学したときは、柳沢先生がちょうどハーバード大学の公衆衛生学部で教えておられた時期で、空港でのピックアップから住居探しまで手伝っていただき、公私にわたってお世話になりました。
 開成には3月中旬から教員の会議に参加するなどしていました。入学式も始業式も取り止めになってしまったので、ホームページで入学の式辞を送りました。

――開成はオンライン授業を始めるのが早かったですね。

野水 遠隔授業は4月の始業式直後から始めました。柳沢先生はもともとコンピュータ会社に勤めていたこともあって、ICT教育に強い関心をお持ちでした。3月の中旬には遠隔授業をせざるをえない見通しだと判断され、ICTに強い教員と各学年代表の教員を集め、プロジェクトチームをつくって準備されていました。そこで、どのような技術が使えるかとか、どのような形でICT授業ができるかなどを調査し、3月中にWeb会議用のアプリ「Zoom」を利用した双方向授業に関するデモンストレーションを教員同士で行いました。
 とはいえ、教員会議で議論したときはICTを始めることに躊躇する意見もありました。そこで、全員がすぐICT教育に取り組まなくてもよいことにしました。教材を郵送またはWeb共有ドライブ上からダウンロードさせて、課題を提出させるという方法も遠隔教育ですから、最初はそうした形で対応してもよいし、授業をビデオに録って配信したりしてもよい。また、ICTに詳しいならZoomを使った双方向型のオンライン授業を始めてもよいなどと、選択は各教員に任せることにしました。
 最初は、家庭でPC環境やICT環境が整っていない場合、遠隔授業に置いていかれる生徒が出るのではないかという心配もありました。スマートフォンでもメールを受け取ったり、テキストを見たりすることはできますが、動画配信となると回線容量の影響を受けやすい。また、PCがあっても親や兄弟と共用している家庭では、Zoomでオンライン授業を行う時間帯に使えない場合もあります。そこで保護者の方に、生徒一人ひとりにPCを用意し、ネットワーク環境もビデオを見られるキャパシティの高いものにしていただきたいということをお願いしました。皆さんに協力していただいたお陰で、始業式の週にはほぼ100%の家庭が対応できる状態になり、すぐに遠隔授業を始めることができました。1学期を通じて10%ほどがダウンロードした教材に基づく課題提出、残りの半分がオンデマンドのビデオ授業、さらに半分がZoomによるオンラインの授業になりました。
 中間考査については、基本的には行う前提で、教員にも生徒にも授業に臨んでもらいました。「できればやる」という姿勢では、教員も生徒も構えが十分にできません。実際に5月の連休が明けても緊急事態宣言は解除されませんでしたから、そのまま遠隔授業を続け、中間考査も遠隔で行いました。


灘はオンデマンドの授業録画配信が中心
飽きない工夫をして授業を構成
灘中学校・高等学校
校長 和田 孫博 先生

――灘では3月以降、どのように授業をされていましたか。

和田 3月初めから5月末まで3カ月間、登校ができない状態が続きました。休校要請があったときは、3学期の授業はほぼ終わっていて、3学期の期末試験はできなくてもよいだろうと判断し、そのまま春休みを先取りするような状態で休みに入りました。
 4月7日に緊急事態宣言が出ましたが、入学式だけは実施したいと考え、急遽、会場を講堂から広い体育館に変更し、入学者と保護者だけが出席することにして、8日の午前、午後に分けて中学と高校の入学式を行いました。その後、春休みの課題のチェックや新たな課題の配付を行うととともに、教科書の配付のために学年別に登校日を決めました。通常は4月9日が始業式で10日から授業が始まりますが、本校では4月29日から文化祭の準備期間に入るため、普段でも連休前までは実授業が10日間ほどしかありません。その分の学習は課題を渡して家庭学習としたのです。
 一方で、4月の間に遠隔授業の準備をしました。各家庭の通信環境、通信機器を確認し、スマートフォンしかない場合はPCを用意していただき、連休明けの5月11日から3週間、遠隔授業を行いました。自分の授業を録画して配信したり、PDF化した課題を配信して結果を返送させたりなど、教員それぞれが工夫して授業を行いました。ビデオ授業では一コマ分を録画するのに相当時間がかかり、大変だったと思いますが、一方で通常は各学年4クラスで話していた授業が一度で済むという利便性もあります。便利なツールがいろいろありますから、使いやすいものを個々に使って、ホームルームや個人面談も各教員が工夫して実施していました。
 私は毎年1学期に、中1の生徒を対象に道徳の授業で学校の歴史について話しています。その3週間分の授業を、スライドに音声を乗せて作成しました。出来上がってみると、40~50分ぐらいの長さになりました。自宅でそれだけの時間を一人で見るのはきついだろうと思い、話をいくつかのパートに分け、各パートで一番印象に残ったところはどこかを、アンケートで聞く形にしました。そうすると、9割以上の生徒はきちんと反応し、思った以上に真剣に聞いてくれていることがわかりました。目新しさや、3週間という期限付きだったということもあってか、予想以上にうまくいったと思います。
 遠隔授業のスタイルは、ほとんどがビデオ・オンデマンドです。野水先生がおっしゃったように、家庭によっては保護者の方がテレワークでPCを使っていて、遠隔授業の時間帯にPCが空いてないこともあるからです。オンデマンドならPCが使える時間にいつでも視聴できます。また、わからなかったところを繰り返して見ることができるという利点もあります。

伝統ある運動会、文化祭が中止
中止決定までの議論も貴重な学びの糧に

――開成は伝統行事である運動会が、また灘は文化祭が中止になりました。生徒たちの反応はどうでしたか。

野水 運動会は5月の2週目に予定していましたが、4月に緊急事態宣言が出た時点で実施は厳しいと判断しました。開成の運動会は、「棒倒し」をはじめ、体をぶつけ合う競技が多いため、1カ月ほど練習をさせておかないと、当日にケガ人が出て危険です。練習期間も考えて設定しなくてはいけません。4月初めに6月に延期することに決めましたが、5月の連休が近づくにつれ、6月実施も厳しいという状況になりました。緊急事態宣言が解除されなくては練習もできませんから。2学期実施という選択肢もありましたが、秋の感染拡大の心配や受験を控えた高3の生徒が2学期に行うことを許容できるかどうか、という問題があります。
 そこで、高3の各クラスで議論をしてもらい、先生方とクラスの代表とが議論したうえで、中止せざるを得ないという提案になりました。開成の場合、運動会は教育の柱の一つとしてとても大事なものです。しかし、高3ができないと言っているものを、高3抜きに行うわけにはいきません。全学年の教員で議論して中止を決定しました。

和田 開成にとっての運動会同様、灘では文化祭が大切な行事です。生徒たちは1年間かけて準備をしてきましたから、中止が決まって相当がっかりしたと思います。せっかく準備してきたので、私のほうから、「オンラインの文化祭を開催してはどうか」と提案しました。これは実現して、8月7日までオンラインでいろいろな作品を公開しました。

――6月には全国的に登校が始まりました。そこから夏休みまではどのような状況でしたか。

野水 半数ずつ登校させる分散登校だと、教員に2倍の労力がかかり、進度を遅らせる必要があります。開成は遠隔授業でうまくいっていたので、6月に入ってからも基本的に遠隔で進めました。ただ、中1と新高1の生徒たちは、入学式を含めてクラスで集まったことがありませんでしたし、他の学年もクラスの顔合せを行うことや実技授業を補充する目的から、時間差で登校日を設定し、1週目、2週目と少しずつ登校日を増やしていきました。
 6月の終わりにはコロナが全国的にかなり収まりましたが、全面的な対面授業を開始すべきかが議論になりました。開成は7月の初めが期末考査の週になっておりますので、1週間だけ登校させるのもどうかという議論がある一方で、ずっと遠隔授業で進めておいて、期末試験でいきなり全面的な対面の形式にするのはかわいそうだという意見も出ました。議論を重ねた結果、一部学年(中3と高2)を除いて、全面的な対面授業を開始し、期末試験は全学年で対面で実施し、終業式も従来のスケジュール通りに実施しました。期末考査が終わってからは、時間制限付きで部活も解禁しました。補講は行いましたが、夏休みも基本的には短縮しませんでした。

和田 6月以降は、基本的に県の指針に合わせるようにしました。〝密〟になることを避けるために、初めの2週間は分散登校を行いました。4クラスをそれぞれ2つずつに分けたので1つの授業を8回やらなくてはいけなくなりますが、仕方がありません。その後、コロナが収まってきたので、分散をやめて全員登校にしました。ただ、通学時間が長い生徒もいますから、満員電車を避けるために、1時間遅れの短縮授業を2週間ほど実施しました。
 試験については、6月の終わりに2日間、振り返りテストを行いました。7月1日からは普通の授業に戻したのですが、体育、音楽のような実技系科目は様子を見ながら行うしかなく、できないものはカットせざるを得ない状況でした。期末試験は7月の連休後に実施しました。正式な夏休みは8月に入ってからで、2学期の始業は県の方針に合わせて8月24日からにしました。その結果、普段なら6週間ある夏休みが、2週間余りしかないという状況になりました。

生徒同士の化学反応はリアル授業ならでは
個別対応が必要な低学年も遠隔授業は適さない

――実際に遠隔授業を実施してみて、どのような感想を持たれましたか。

野水 私が一番心配したのは、ICT教育についていけない生徒、慣れない生徒がいるのではないかということです。そこで5月に各学年でアンケート調査をして、意見を吸い上げるようにしました。課題が提出できていない生徒に対しては、教員のほうから直接連絡をとって事情を聞くようにしました。「今まで欠席が多かった生徒が、ICT教育になってからは毎回課題を出してくるので驚いた」と感想を述べる教員がいる一方で、「通常の授業でレスポンスの悪い生徒が、ICTでもレスポンスが悪くてなかなか改善できない」という声もありました。そこは頭の痛いところだと感じています。

和田 授業はオンデマンドできちんとできていると思います。ただ、教員には「生徒との距離が疎にならないよう、オンラインを使ってしっかりと関係を保つように」と伝えました。中1の生徒は、初等教育から中等教育に変わったばかりで、何事にも不慣れです。初めて学ぶ英語にしても進度の差が出やすく、アルファベットが苦手な子に対しては、早い段階で手当てをする必要があります。通常なら放課後の補習で対処できるのですが、なかなかオンラインではそれができません。低学年ほど早く対面授業に戻したいという気持ちは、教員の間にもあったと思います。
 低学年に限らず、遠隔授業では個別対応しにくいことが大きな問題点です。この子はどこまでわかっているのか、話したことが伝わっているのか、そうした細かいところは面と向かっていればわかります。Zoomを使えば対面しているのと変わらないといっても、常に全員の表情が見えているわけではありません。また授業には、いわば「生き物」のような部分があり、生徒同士が顔を合わせ、刺激し合うことも大事です。生徒同士が教え合う、あるいは先輩が後輩に教えるということが教育では重要ですが、それがオンライン授業では難しい。SNSで刺激し合うのと、面と向かって刺激し合うのとでは、教育効果が全く違うと思います。

野水 Zoomの授業は生徒の顔が見られますから、顔を見て理解できたようだと思っていたら、試験をしてみて全然理解できていないことがわかった。そんな話をした教員もいました。生徒の表情を見ながら、理解できていないと思ったら言葉を掛ける。そうした生きた授業が大事だ、とも話していました。入試対策の演習などが多くなる高2、高3なら、オンデマンドで授業を進めても違和感はないと思います。しかし、中学から高1までは、友だちと切磋琢磨せっさたくましたり議論したりする、リアルな授業が重要だと私たちは感じています。

英語教育とICTには親和性
世界とつながるツールとしても積極的に活用を

――大学入試での英語4技能重視や、小学校英語の教科化などが注目されています。英語教育におけるICT活用についてはどのようにお考えですか。

和田 灘では、海外の高校生が集まるシンポジウムに参加しています。世界10か国が集まるもので、各国で1校ずつ参加します。各国が持ち回りで開催地となるのですが、3年前、開催予定だった中国の学校が突然、国の命令で開催できなくなったと通達してきたことがありました。そのとき、コロンビアの学校が何とか開催しようと呼び掛け、Skypeを利用して行うことにしました。コロンビアと日本は時差が12時間もあり、向こうは早朝、日本は夜遅い時間でしたが、それぞれほかの国ともつないで実現しました。シンポジウムに参加する生徒は、コーディネーターが出す課題に対して英語のレポートを出さなければなりません。その指導もオンラインでずっとやってきたわけです。そういう経験もあって思うのですが、非常手段とはいうものの、こういう時期に世界とつながる方法として、ICTはとても重要です。今のような時期にこそ、ICTを活用して世界とつながっていかなければならないと思います。

野水 私は名古屋大学で30年近く留学生交流プログラムの運営や国際交流に携わっていました。数多くの大学を訪問し、多くの海外の大学と交流協定を結び、学生交流を推進してきました。その経験からすると、インターネットを使った会議は早くから行われていましたし、Zoomのようなオンライン会議のためのアプリも今後ますます進化していくだろうという実感があります。時代はどんどん変わっています。「TOEFL iBT」「IELTS」「ケンブリッジ」など、いろいろな英語能力試験がありますが、たとえば「TOEFL iBT」などは、受験者がいつどんな時間帯にアクセスしても受けることができます。ICTが語学教育や国際交流にどんどん活用されていくのは間違いのないところです。

生徒を惹きつけるのはコンテンツ
ハード・ソフト両面の整備が重要

――今回の遠隔授業の経験を踏まえて、教育におけるICT活用の課題を教えてください。

和田 ICTは、補助手段としては今後も使っていくことができると考えています。たとえばある英語の教員は、次の授業の予習問題のような課題を出して、ネット上で解答を集め、どの部分が理解できていない生徒が多いかといったことを踏まえたうえで、次の授業に臨むようにしています。また、課題提出は今まではペーパーが中心でしたが、メールで送ってもらうほうが便利ですから、そのまま続けている教員もいます。今までプリントで渡していたものも、配信という形にしてペーパーレス化できますから、授業の効率化という観点からもメリットは大きいと思います。
 文部科学省が打ち出した「GIGAスクール構想」は予定を早め、補正予算を使って一挙に進められることになりました。私学も乗らざるを得ないところがあります。灘では9月に、中1から中3までノートPCを配付することにしています。配付したからには、学校でも使わなくてはなりませんし、家庭学習でも使ってもらうことを考えなくては宝の持ち腐れになってしまいます。校内のWi-Fi環境の整備は夏休み中に終えますが、問題はコンテンツです。公立学校で共通して使えるコンテンツでは、本校の生徒は満足しません。生徒が満足するコンテンツを教員がどう用意するか。場合によっては大学の授業も取り入れながら、考えていかなくてはならないと思っています。

野水 灘さんもそうだと思いますが、トップ校の教員は個性ある授業をつくっていかなければ生徒が満足しません。普段から各教科の先生たちは自分で副教材を作って、生徒の興味を呼び起こしていると思います。いくらICT化を進めても、そういうコンテンツがないと、生徒はついてきません。開成の場合も、独自の教材を先生たちに工夫してもらうことが最も大事であると考えています。
 2学期もどうなるか、先が見えていません。いつまた登校自粛という話が出ないとも限りません。「いつでもオンライン授業に切り換えられるように準備をしてほしい」と教員には伝えています。Zoomにしてもオンデマンドにしても、いろいろ反省点が出てきたはずなので、それを教員間でフィードバックし、どのような技術が授業に活用できるかも検討していきたいと思っています。
 私はこの3月まで大学にいました。大学では教育のICT化が進んでいますから、中学・高校も大学並みになるとよいと思ってはいますが、日本の大学は世界から見るとまだまだ遅れています。たとえば、Blackboardというツールがあります。これはスマートフォンやPCでいつでも講義の録画を見ることができ、遠隔地や国外にいてもリアルタイムで講義に参加することができるもので、世界のトップ100の大学の70%ぐらいが採用しています。日本でも活用している大学はありますが、費用の点もあって数は少ないのが実情です。日本も1人1台PCの整備だけでなく、ソフト面を強化していかなければならないと思います。生徒たちの世代は私たちが思っている以上に、ICT教育にすぐ対応できる世代ですから。

和田 われわれが子どもの時代には、キーボードを打つことからしてできなかったわけですが、そんなことは今の生徒は普通にできます。小学校からパソコンの授業がありますし、スマホも使い慣れています。大人が思っている以上にICT機器やソフトを使いこなすことができると思います。

育てたいのは、多様性への配慮ができる
世界から信頼されるグローバル・リーダー

――「アフター・コロナ」の学びについて、学校としてどのような学びを進めていきたいと考えますか。

和田 本当なら一刻も早く元に戻りたいという気持ちですが、果たして元に戻ることが可能なのかどうかが一番気になります。学校は生徒同士、あるいは生徒と教員という、密でリアルな関係で成り立っています。ソーシャルディスタンス、フィジカルディスタンスをとらなくてはならない状況の一方で、心はコネクションを保っていかなくてはなりません。本校としては今一度、灘の原点である「精力善用」「自他共栄」という校是の意味を、深掘りしていかなくてはならないと思っています。
 本校の卒業生で、東京大学前総長の濱田純一先生も言っておられますが、グローバル力とは単に海外で活躍する力を指すのではなく、異文化を理解し、その課題を乗り越えていく力だと思います。異文化圏に入ると、今まで気づかなかった課題にぶつかります。国内にいてもこの先、今の課題とは異なる課題が出てきます。そんなとき、今まで蓄えてきたものをどう使って課題を克服していくか。それが本当の意味のグローバル力です。今回のコロナ禍はまさにその力を試されているように思えます。「アフター・コロナ」と言いますが、ずっと「ウィズ・コロナ」であり続ける可能性もあります。それをどのように克服していくか、あるいはその状態を理解しつつ、どのような教育を行っていくか。そこが本校としても課題であり、ある意味では灘の教育を見直していく良い機会であるとも考えています。

野水 これからは、さまざまな背景を持つ人たちと一緒に仕事をする時代になります。相手と丁寧に議論をしていかなければ、うまくやっていくのは難しいと思います。日本国内でさえ、多様な背景を持つ人たちがどんどん増えています。会社でも英語で議論をすることが普通に行われるようになるでしょう。求められるのは多様な背景をきちんと理解でき、なおかつコミュニケーション力を持つ人です。そういう人になるためには、日本人はもう少し語学力を高めなくてはいけません。韓国や中国、東南アジアのエリートたちと比べると、日本のエリートはまだまだしっかりと世界に発信できていないように見えます。能力を持っているのに、英語力が少し足りないだけで引っ込み思案になってしまう。それはもったいないことです。
 また、リーダーシップを持って発信していく力を、もっと鍛えなくてはいけないと思います。そうすることによって初めて、信頼される、尊敬される、世界で活躍できる人材が育っていくのだと思います。特に灘や開成を卒業する人には、世界を引っ張っていってほしいという思いがあります。エリート風を吹かせるような人材にはなってほしくありません。本当にみんなに尊敬されるような人は、人への配慮が行き届いています。そういう人材を育て、その人たちに日本の政治をけん引するだけではなく、世界の政治の舞台で発言していってほしいと思います。それが私の夢です。
 真のリーダーになるためには、いろいろな人から刺激を受けることも大切です。私は今、校長主催のZoom講演会を開いています。さまざまな分野で活躍している卒業生を招いて講演をしてもらっています。生徒たちが将来の進路を考える時期に、先輩たちの話を聞かせるのは大きな刺激になります。また、私は大学で留学生の受け入れプログラムに携わっていた関係で、いろいろな大学に仲間がいますから、頻繁に留学生を呼んで活発に交流させたいとも思っています。日本の大学に来る留学生は意識が高く、政治にしても経済にしてもいろいろな話題で議論をしてくれるので、生徒のモチベーションアップにつながるはずです。

和田 今おっしゃったような講演会を、灘ではOB中心に「土曜講座」で行っています。毎年1学期と2学期に数回ずつ行っていますが、場合によってはオンラインで進めていければと思っているところです。OBには遠隔地からでも話していただけますし、生徒も家庭から見ることができます。ICTを活用して、自分たちの境遇に近い外部の人の知見を得ていく機会をできるだけ多く設けていきたいと考えています。
 社会学者の宮台真司さんが『14歳からの社会学』という著書の中で「感染動機」という言葉を紹介しています。「感染」というと今は良いイメージがありませんが、この言葉は、「自分もあんな人になりたい」と思う人の近くにいると、それが感染し、その人に刺激されたり、その人を真似したりすることで成長していくという意味で使われています。OBは自分たちの将来像を見るには最適です。灘には手本となるOBがたくさんいるのですから、大いに参考にさせていただこうと思います。

不安があっても顔には出さず、
わが子を信じて温かな見守りを

――最後に、両校を目指して受験勉強に励んでいる受験生と保護者の方に、応援メッセージをお願いします。

和田 来年の入試の時期にどういうことが起こっているか、それは私たちも想像がつきません。しかし、どういう時代であっても、自分がやらなくてはいけないことがあると思います。今、自分がしなくてはいけないことをしっかり見つめて、コツコツ続けていくことが大切です。来年どういう状況になっているにしても、私たちは新しい生徒さんを迎える準備を万全に整えていきます。ですから、受験生の皆さんは不安を持たずに、自分がやるべきことをしっかりやってほしいと思います。そして、くれぐれも健康には注意してください。
 保護者の方には、学校説明会も来校者数を限定するなど、ご不自由をおかけして申し訳なく思っています。そのうえで申し上げたいのは、不安を顔に出さないでいただきたいということです。親が不安を表に出すと、子どもたちに影響を及ぼします。保護者の方はどんと構えていてください。「勉強しているの?」「大丈夫なの?」などとあれこれ聞かず、わが子を信じて見守ってあげていただきたいと思います。

野水 灘、開成の受験というと、どうしても知識を詰め込んだ生徒たちの競争のように思えるかもしれません。でも、私たちの試験問題は知識の詰め込みより、考えさせることを重視しています。いろいろな状況を理解しながら、自分で自分の意見を述べることが大事です。たとえばコロナの問題はどう世の中で議論されているか、世界はどんな状況になっているのかなど、小学生向けの新聞のようなものを読んで勉強して、自分の考えを持つようにしてほしいと思います。仮に受験で思うような結果が得られなかったとしても、努力することはとても大事です。努力して失敗を克服し、成功した人はたくさんいます。受験生活を通して、努力することの大切さを学んでほしいと思います。
 もちろん、和田先生がおっしゃるように、健康が大切であることは言うまでもありません。外で思いっきり遊んだり、スポーツをしたりすることもおろそかにせず、元気に受験生活を乗り切ってください。

これからの時代に求められる人材像─中高一貫校で育む力─ 豊島岡女子学園中学校・高等学校 校長 竹鼻 志乃 先生 早稲田大学高等学院中学部 学院長 本杉 秀穂 先生 慶應義塾普通部 部長 荒川 昭 先生