WILLナビ:よみうりGENKI 次代を担う人材を育てる中高一貫校特集
開成・灘 特別教育対談
激動の時代にあって、教育の世界にも変化の波が押し寄せている。東西の名門校は今、どんな学びを実践し、どんな生徒を育てようとしているのか。教育理念や教育の特色、これから中学受験を迎える子どもと保護者へのメッセージを両校の校長に伺った。
建学の理念がすべての根幹に
創設者の思いを受け継ぐ教育
開成中学校・高等学校
校長 野水 勉 先生

――両校ともに歴史ある伝統校です。最初に、設立の経緯について教えてください。

海保 灘は昭和2(1927)年に創立された今年95年目の学校です。創設顧問は講道館柔道開祖の嘉納治五郎先生で、現在も講道館精神である「精力善用」「自他共栄」が校是として受け継がれています。「精力善用」は「精力最善活用」を短くしたもので、「自分の持つ心身の力を最も有効な形で用いなさい」という教えです。「自他共栄」は「相助相譲・自他共栄」を短くしたもので、「互いに助け合い、譲り合って、自分だけでなく他者と共に栄える社会をつくりなさい」という教えです。本校には明文化された校則がありませんから、生徒はこの校是を指針に学校生活を送ります。

野水 開成学園の前身となる共立(きょうりゅう)学校の創設者は、幕府の遣米使節として勝海舟や福沢諭吉らとともにアメリカに渡った佐野鼎(かなえ)先生です。勝海舟や福沢諭吉は、サンフランシスコ到着後、日本に戻りましたが、佐野先生は使節団の本体に随行して、ワシントンD.C.を訪れました。加賀藩の砲術家として仕えていましたが、現地では軍事・造船施設のほかに、ペンシルベニア大学や各地の教育施設を訪問しました。ろうあ学校まで整備されているアメリカの教育システムに驚き、「日本の近代化には、何よりも教育が重要だ」と認識したようです。その1年後には遣欧使節としてヨーロッパにも渡り、さらに教育への思いを強くしました。明治維新後、明治政府の兵部省に仕えましたが、明治4(1871)年に元加賀藩藩主や加賀藩ゆかりの豪商達から出資の協力を得て共立学校を設立しました。明治10(1877)年に佐野先生がコレラで急逝された後は、当時アメリカ留学から戻ったばかりの高橋是清先生(当時25才)が校長を引き受け、12年間の校長時代に学校の基盤を構築しました。その中で「質実剛健」「進取の気性」「自由」「自主自律」、校章にもなっている「ペンは剣よりも強し」が教育理念に掲げられました。

――創立以来、両校ともさまざまな分野のリーダーを輩出しています。今後の社会で必要とされる力と、それを踏まえて育てたい生徒像についてお聞かせください。

野水 グローバルに活躍できるリーダーシップを持った人材を今まで以上に数多く輩出したいです。私は名古屋大学で35年間教員を務め、2020(令和2)年に約50年ぶりに母校に帰ってきました。化学が専門ですが、名古屋大学では留学生交流や国際交流に携わり、つくづく自分の英語力のなさを感じました。世界で活躍するには、自分の意見を主張できることが非常に重要ですが、国際的なフォーラムでしっかりと意見を述べられる日本人はまだまだ少ないのが現状です。英語が好き、語学や文化、コミュニケーションが好きという人はたくさんいますが、理工系や政治・経済の分野において海外で対等に交流できる日本人は限られています。こうした人材を輩出するためにも、「日本のトップ校が人を育てなくてはならない」という強い思いがあり、開成の校長として少しでも貢献できればと考えています。

海保 卒業生が各分野で活躍し、リーダーシップを発揮しているニュースを目にすると誇らしく思いますが、本校は学校としてリーダー教育を行っているわけではありません。「精力善用」「自他共栄」の校是が生徒に浸透し、卒業生もその精神の下で自己研鑽に努めた結果なのでしょう。在学中、生徒は校是を指針として主体的に考えて行動します。今、社会で活躍する卒業生は、何年たっても校是の精神を忘れず、その価値の体現に努めてくれているのだと思います。


時代が変化しても変わらない
独自に育まれた学校文化
灘中学校・灘高等学校
校長 海保 雅一 先生

――創立当時と現在では時代が大きく変化していますが、両校が変わらず重視しているものは何ですか。

海保 灘の教育の根幹は創立時から変わっていません。「何事にも積極的、主体的に取り組む中で自分の得意分野を見つけ、その資質・能力を最大限に伸ばし、活用する」という教育です。最近では、「21世紀型スキル」「キーコンピテンシー」など、教育をめぐる新しい用語が出てきていますが、要は「汎用的能力」が求められているのだと理解しています。狭い意味での学力ではなく、異質の集団と交流する力や自律的に行動する力など、どんな場面でも通用する汎用性の高い力で、古い言葉では「人間力」ということになるでしょう。もう少し新しい言葉で表すなら「非認知能力」で、身につけるのが難しい力でもあります。授業をガンガンやって、小テストを繰り返したり補習をしたりして培われるものではないからです。学校の文化の中に身を置いて建学の精神に触れ、仲間との交流や行事、もろもろの活動を通じて培っていくしかないのです。灘もそうですが、開成にもそういった学校文化が時代を超えて根づいているのではないでしょうか。

野水 そう思います。開成は進学校として知られますが、東大に入るための受験勉強を強制するようなことはなく、むしろ生徒が伸び伸びと個性を伸ばせるよう、教員がいろいろな工夫をして教科書から飛び出した教育を行っています。「尖った個性」を持つ生徒がたくさんいる中で得意分野を伸ばし、同級生や先輩・後輩と刺激し合って切磋琢磨する。こうした校風が変わることなく受け継がれ、結果的に社会で活躍する人材を送り出す背景となっています。
 佐野鼎先生は、「世界で活躍するためには、英語が重要だ」という設立当時からの考えの下、英文の訳解を中心とした「変則英語教育」ではなく、英語を母語とする(ネイティブスピーカー)教員から正しい発音を習う「正則英語教育」を重視しました。その英語教育が注目され、意識の高い生徒が集まったということです。また、佐野鼎先生の後継となった高橋是清先生は当時、東京大学予備門(のちの旧制第一高等学校、現在の東大教養学部)の教員でもありました。校長就任に当たっては、「東大予備門へ入学する学生の学力向上のための予備校的役割を果たしたい」と提案し、東大予備門への高い合格実績が評判を上げたことも、本校の歴史の一面です。つまり、「開成から東大へ」という発想は、高橋先生の時代からすでにあったのです。

好奇心を刺激する授業があり
個性を伸ばす教育環境がある

――社会で活躍するのに必要な力を育むために、両校ではどのような環境や仕掛けを用意しているのでしょうか。

海保 生徒一人ひとりが自分の得意分野を見つけてその資質・能力を伸ばしていく。これが個性を伸ばすということで、その原動力になるのが好奇心と探究心です。中学に入った段階では自分の得意分野はわからないかもしれません。まずはそれを見つける活動が必要ですから、主体的に動き回れる環境を大事にしています。誰かに「やりなさい」と言われてやるのではなく、自分で試行錯誤を重ねることに意味があります。主体性を涵養する舞台と、好奇心と探究心を刺激する機会がたくさんあることが重要です。そこでいろいろなことにチャレンジするうちに、自分の優れた部分を発見し、伸ばしていけるからです。野水先生がおっしゃったように「尖った個性」を伸ばす教育環境はとても大事です。

野水 授業の工夫という意味では、たとえば理科や社会科では実験や実習を多く取り入れています。自分で器具を操作して化学変化や現象を実際に体験するのと、映像を見るだけの授業とでは、習得力がまったく違います。実験は「なぜ、このような現象が起こるのか」を考える最大の動機づけになりますし、自然科学に対する興味・関心も高まるので、なるべくたくさん体験させたいのです。社会科でも現地で実習する機会が豊富です。本校の教員は常に自分の専門分野を深掘りし、そこに生徒を導くことを考えていますし、ただ教えるだけではなく、レポートを書いたりプレゼンテーションをしたりするための時間も多く確保しています。
 英語の授業では、時事問題や世界の情勢など新しくアップデートされた記事を読ませる工夫をしていますし、「使える英語力」を身につけるために、英語で理科を学ぶ教材なども積極的に活用しています。また、美術や音楽では、各分野のスペシャリストが非常勤講師として加わり、専門性の高い授業が生徒に刺激を与えています。

海保 灘では「担任持ち上がり制」の下、各教科の教員が担任団を組んで、卒業まで6年間を通して受け持ちます。授業の中身は個々の教員の裁量で決めることにしており、特に国語、数学、英語の教員は担当学年の授業をほぼ1人で担当するので、計画的で効率的な授業ができます。やり方も各教員の自由裁量。いかに生徒を惹きつける授業をするか、教員も日々真剣勝負です。生徒に好奇心と探究心を持たせる最大の仕掛けが授業ですから、どの教員も、テーマをどこまでも深く掘り下げたり逆に横に広げて教科融合的にしたりするなど、独自の工夫を凝らしています。私が担当していた英語は、言語を教えていても教材の内容は自然科学や社会科学、哲学、芸術だったりしますから、その内容に踏み込んで教科融合的な授業になることがよくありました。

生徒主体の学校行事や部活動
生徒会活動が学びの場になる
【灘】各界で活躍しているOBなどを招いて行われる「土曜講座」
 

――授業以外には、どんな学びの場がありますか。

海保 年に6回、「土曜講座」という講座を開講しています。卒業生を中心に、各界で活躍している研究者や医療関係者、法曹関係者、政治家、企業家、芸術家など、あらゆる分野で活躍している方を講師に招いた自由選択の講座です。生徒にはこれがとてもいい刺激になっていて、自分の好奇心や探究心の赴くままに講座を受け、レポートを作成しています。生徒が鋭い質問をしたり、深く突っ込んだりするのが新鮮なようで、「もう一度、講師をやりたい」と言ってくださる方も多くいます。
 それ以外にも、学校行事や部活動、生徒会活動などが貴重な学びの場になっています。部活動は複数の部に入る生徒が珍しくないですし、生徒会活動も非常に盛んで、行事はすべて生徒が企画・運営します。文化祭や体育祭は生徒会傘下にある文化委員会や体育委員会が実行し、委員会には中1から入れます。文化委員会は150名規模、体育委員会は数十人規模になり、そこで一種のプロジェクトベースドラーニング(PBL)ができます。生徒は多種多様なプロジェクトを担当して、先輩と交流しながらさまざまなことを学んでいくわけです。今年の文化祭は3年ぶりに入場制限なしで開催できました。一昨年は文化祭は中止してオンラインコンテンツのみを作成し、昨年は事前予約制にして実施しました。昨年も今年も来場者の受付方法や会場内での感染症対策も、文化委員会の生徒たちが中心となって立案し、実行しました。

野水 本校も、運動会や文化祭の企画・運営はほとんど生徒が担います。中1から高2まで各学年で宿泊をともなう学年旅行・修学旅行が行われますが、行き先からアクティビティーまで自分たちで決定します。今年の高2の修学旅行は四国・中国地方で、五つのコースが設定されました。そのうちの一つに建築家の隈研吾さんの新しい建築デザイン発想の原点となり、それを具体化した高知県梼原町に行くコースがあり、生徒が隈さんにメールを送ったところ、旅行前に講演をしていただくという思いがけない機会に恵まれました。町長や観光関係者も今回の訪問をたいへん喜んでくださり、その直後に町起こしイベントのアイデアコンテストを開催してもらったうえ、後日表彰までしていただくということがありました。教員はわずかな部分を手伝うだけでした。そうやって生徒が自主的に学びの場をつくり出すことで、新しい発見が次々に生まれています。運動会でも文化祭でも、一から議論をして意見を戦わせ、集約していきます。それがまさにPBLとなり、ソーシャルスキルを身につける場にもなるのです。

より重視される英語教育
今、何をどう学ぶべきか

――「世界」をキーワードに、より実践的な英語力が求められています。英語教育はどのように行われていますか。

野水 英語の授業は日本人教員のほか、英語を母語とする専任教員2名と非常勤教員5名を配置し、全学年でネイティブ教員が教えています。また、実際に英語を使える環境を広げていこうと、一日中英語漬けになるプログラムの実施や、海外のサマープログラムへの参加を支援しています。また、放課後に開講されている、高校生が対象の高校英語特別講座では、主にネイティブ教員により、エッセイライティング、ディベート、留学準備などのコースを設け、「ワンランク上の英語レベルを目指したい」という意欲的な生徒に対応しています。こうした体制を整えたことから、現在は高3の1割程度がTOEFL iBT®100レベルに到達するようになり、その中の何割かが海外の大学を目指すようになりました。

海保 本校もネイティブ教員5名が日本人教員と分担して英語の授業を担当しています。writing、reproduction、interactionの実践的なスキルは、すべての生徒がネイティブ教員から学びます。
 学校全体の国際プログラムとしては、The Montgomery Bell International Symposiumという世界の名門校10校が加盟する国際シンポジウムのメンバーになっており、毎年代表者を派遣しているほか、高1の希望者を対象に英国研修も実施しています。
 今回の学習指導要領改訂では、小学校高学年で英語が教科化されました。英語における「小中連携」をうまく進めてゆくことが必要ですね。

野水 ただ、小学校の英語の先生は不足しているようですね。

海保 専科の先生が少ないのが課題ですね。英語との“最初の出合い”を担当する先生の役割は非常に重要なだけに、そこはうまくいってほしいです。学力差が出てしまう可能性もあるでしょう。小学校英語が機能しないと、英語力はなかなか向上しないと思います。

――英語に関して、中学入学前にやっておくべきことはありますか。

野水 英語は中学に入学した時点でのレベルが出身小学校によってまちまちなので、ゼロに近い状態からのスタートを想定しています。現状では、今後入学する生徒に対しても、「ここまでやってきてほしい」という要望はありません。むしろ、英語嫌いにならずに中学に入学してほしいですね。中学・高校では動機づけになるような学びの場を数多く用意していますし、それらを生かして英語を一生懸命勉強するようになる生徒が多いからです。

海保 英語は第二言語なので、まずは母語の運用能力を高める必要があります。論理的に読み解いたり、論理的に文章を書いたりするのは英語に限定されたことではありません。論理性がなければ、日本語の文章も英語の文章も書けませんから。すべての学問の根底にあるのは論理性です。そこはぜひ、小学生のうちに鍛えてほしいです。

世界へ踏み出す一歩として
海外大学への進学を支援
【開成】アジア、ヨーロッパの大学のOBや入試担当者を招いて開かれる「カレッジフェア」
 

――海外の大学に進学する生徒は増えているのでしょうか。

野水 増えています。10年ほど前、柳沢幸雄前校長の時代に、生徒からの相談を機に国際交流・留学委員会を立ち上げ、組織的に海外大学進学を支援し始めました。現在は英語を母語とする留学アドバイザーも加わり、海外大学受験の対策から手続きまでを全面的にサポートしています。

海保 灘ではまだ、高校卒業後に直接海外の大学に進学する生徒はそれほど多くないため、組織的な支援は行っていません。希望があれば各学年を担当する英語科教員がサポートします。

野水 中国やインドの若者はすごい勢いで海外に出ているのに対し、日本から海外へ行く留学生は1990年代をピークに下降線をたどっています。海外の大学で活躍する日本人の先生も減ってしまいました。韓国の大学生は1990年代には日本と同レベルの英語力でしたが、アジア通貨危機を機に産業界が韓国有力大学に、英語力の卒業要件としてTOEFL iBT®80、PBT550以上を求めたことから、学生たちが危機感を持って英語力を養った結果、飛躍的に向上し、海外留学も伸びています。一方、日本は世界での存在感が弱まっていることに強い危機感を覚えます。開成高校から海外の大学に直接進学する卒業生は、現在のところ毎年5~10名程度ですが、これが40名ぐらいにならないと日本は変わらないだろうと感じています。

自然体験や芸術、スポーツ
小学生時代に多くの体験を

――最後に、保護者の皆さんへのアドバイスとして、小学生時代に取り組んでおいてほしいことをお聞かせください。

野水 子ども時代は自然に親しんでほしいです。生き物を観察したり、自然現象について「なぜ、こういうことが起きるのか」という疑問を持って考える訓練をしたり、本や新聞を読んで家族で話し合ったりしてください。自然の中には、実にさまざまな発見があります。また、未熟でもいいので自分の意見を持つことが大事です。意見を交わす中で論理的思考力も培われます。そういう力を小学生のうちに鍛えてほしいです。

海保 やはり、論理的思考力を鍛えることが大事です。知的好奇心や探究心は自然体験や家族での活動、芸術・スポーツに親しむことで育まれます。「灘に入学したら、好奇心と探究心を原動力に、主体的に動いてほしい」とお話ししましたが、好奇心や探究心は、中学入学後ではなく幼少期に培われるべきものです。特に自然体験は好奇心が育つ土壌となります。自然の中でお子さんと一緒に活動し、いろんな体験をして、疑問に思ったことを話し合う時間を大切にしてほしいですね。

野水 現在、お子さんが楽しんでいる習い事があれば、受験勉強のためにやめるのは避けてほしいとも思います。

海保 習い事を受験勉強と並行して続けるのは大変かもしれませんが、仮に中断したとしても、受験が終われば再開してほしいですね。楽器やスポーツなどの習い事は、技術が向上するプロセスを体感しやすいので、学習にも応用できます。生徒を見ていても、スポーツや楽器演奏を続けている子は日々の学びに上手に生かしています。

野水 お子さんの「好き」という気持ちを大事にしてあげていただきたいですね。私は小学校低学年のころから実験が好きで、科学雑誌の実験キットを毎号楽しみにしていました。そういった体験が、将来に生きてくるのではないでしょうか。

これからの時代に求められる人材像─中高一貫校で育む力─ 早稲田大学系属早稲田実業学校中等部・高等部 校長 村上 公一 先生 豊島岡女子学園中学校・高等学校 校長 竹鼻 志乃 先生 麻布中学校・高等学校 校長 平 秀明 先生