教育現場から見る 思春期の子どもとの向き合い方

思春期の子どもは、心身に大きな変化が起こります。それに伴って、保護者に反発したり、ときには問題行動が生じるケースもあり、わが子との接し方に戸惑う保護者は少なくありません。この難しい時期の子どもたちに、教育現場ではどのように向き合っているのでしょうか。関西の伝統中高一貫校である灘中学校・灘高等学校の海保雅一校長と、神戸女学院中学部・高等学部の森谷典史部長にお話を伺いました。

集団活動を通して非認知能力を高めよう
灘中学校・灘高等学校

「学びに向かう力」を伸ばすことが重要

校長 海保 雅一 先生

 新学習指導要領では、育成すべき資質・能力として、「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の3つの柱が掲げられています。私は、この中で、中高時代に最も重要になるのが、「学びに向かう力、人間性等」であると考えています。複雑で変化の激しい社会を生き抜いていくには、狭い意味の学力だけでは不十分で、いわゆる非認知能力を高めることが不可欠になるからです。

 非認知能力の向上に有効なのが、部活動や生徒会活動、自主的な課外活動など、集団活動を通した学びです。高校入試の対策に時間と労力を費やすことなく、そうした集団活動に思い切り参加できることが、中高一貫校の大きな強みです。

 本校でも、生徒が多様な集団活動に主体的に取り組める環境づくりに力を入れています。主要な学校行事は生徒主体で企画・運営されていますし、知的好奇心のおもむくままに複数の部活を掛け持ちする生徒もいます。仲間を募って外部のコンテストにも積極的に参加しています。興味を持ったことにどんどん挑戦するのが、本校の学校文化として確立されており、その中で生徒たちは、何事も自分の頭で考えて行動する姿勢を身につけるのです。

得意なことをほめて自己肯定感を回復させる

 ただし、いくつかの要因から、主体的に取り組めない子どもが存在することも確かでしょう。

 たとえば、学童期は自己肯定感の涵養が重要な時期ですが、中学受験の準備がスタートすると、塾で自分より圧倒的にできる仲間に出会い、劣等感を抱くケースが見られます。そのような場合には、何とか自己肯定感を取り戻すように、声かけをすることが肝心です。

 本校の生徒は中学受験をクリアして入学してくるので、事情は異なるのですが、参考になることが一つあります。それは、「精力善用、自他共栄」の校是のもと、「自分の力を最も有効に発揮できる得意分野を探し、その資質・能力を伸ばすとともに、互いの得意なものを認め合う」学校文化が浸透していることです。友人に何か一つでも秀でている分野があれば、皆がそれを素直に評価し、一目置くのです。しかも、その分野は勉強に関わることでなくてもかまいません。そのため、本校の生徒は、自分の好奇心のアンテナが感知した分野を突き詰めて、資質・能力を磨き上げようとします。それが自己肯定感の強化につながっています。

 ですから、もしお子さんが自己肯定感を持てずにいるようなら、まずそのお子さんが「できる」ことを話題にして、「この分野は得意だね」と、ほめるのがよいと思います。

「過干渉」からの切り換えを図る

 中学受験を乗り越えるためには、ある程度、保護者がレールを敷く必要があるかもしれません。けれども、中学入学後は、「過干渉」からの切り換えを図ることが重要です。とはいえ、簡単なことではありません。思春期はアイデンティティが形成される時期で、自分とは何者なのかという問いかけが始まります。友人との関係が重要になり、意図的に保護者と距離を置こうとし、学校の話もしなくなります。そのため、保護者は不安になり、干渉を強めようとするケースも見られるのです。その不安もわからないではありませんが、保護者と距離を置くのはむしろ正常な状態であると認識してほしいと思います。

 もちろん、何らかの問題が発生する可能性が感じられた場合は、早めに学校と連携を図り、担任の先生やスクールカウンセラーに相談することが大切です。

迷い悩んでも大丈夫 先輩・友人がロールモデル
神戸女学院中学部・高等学部

さまざまな不安を抱える思春期の子どもたち

部長 森谷 典史 先生

 思春期の子どもたちは、さまざまな不安を抱えています。その不安が大きくなりすぎると、自己嫌悪に陥ったり、やる気をなくしたり、学校生活を楽しめなくなったりなど、問題が生じてしまいます。

 多くの場合、不安の原因になるのが孤独感です。実際にはたくさんの人々に大切にされて日々を過ごしているのに、思春期には自分を一人の孤独な存在と思いがちなのです。それを払拭するためには、まずは自分が神から愛される存在として生まれてきたことに気づくことです。そうすれば同様に神に愛されている隣人も大切にしようという心や、その隣人のために自分は何ができるかを考えようとする姿勢が育まれます。

 本校は、マタイによる福音書に記されたこの「愛神愛隣」を永久標語として掲げており、思春期の生徒たちの精神的な支えにもなっています。

礼拝で語られる多様な体験談に刺激を受ける

 本校で「愛神愛隣」の心を育むうえで、貴重な場になっているのが、毎朝20分間の礼拝の時間です。牧師、教員、卒業生、生徒など、年間約180人、6年間で1000人以上の話を聞き、多様な考え方に触れます。

 とりわけ生徒の心に響くのが先輩の話です。学校行事や委員会でリーダーを務めた生徒などが、なぜその立場を引き受けたのか、問題が発生したときにどのようにして解決したのかなどを、自分の言葉で生々しく語ってくれます。本校の生徒は、そうした体験談を他人事として聞くのではなく、自分自身の問題として同期させることができます。低学年の生徒は、まだ自分の能力に自信がなく、一歩前に踏み出せないでいることも少なくありません。けれども、溌剌と活動している先輩たちも、最初は自分と同じような不安を抱え、悩みながら、成果をあげていったと知ることによって、自分も挑戦してみようという勇気がわいてくるのです。先輩たちがいい意味でのロールモデルになる効果は絶大です。

 実際、先輩の活躍に刺激を受けて、さまざまな活動に主体的に取り組む姿勢が育まれています。たとえば、本校では「自由と自治の精神」を重視しており、文化祭、体育祭、新入生対象のデイキャンプなど、主立った学校行事はすべて、生徒主体で企画・運営しています。その委員に名乗りをあげる生徒が続出するため、抽選になることも少なくないほどです。「ヨーロッパ女子数学コンテスト」「英語スピーチコンテスト」など、学外の活動にも積極的にチャレンジし、好成績を収めています。

 なお、礼拝で語られたすべての話は、約450ページに及ぶ冊子にまとめられています。各家庭でも、この冊子が「中高時代に重要なこと」を、親子で会話する際の材料、きっかけにもなっています。

何かを成し遂げるには仲間の存在が不可欠

 礼拝で生徒が語る体験談で、私がとくに有意義であると考えているのが、「支えてくれる仲間がいたから、成し遂げることができた」という話をしてくれる生徒が多いことです。先述した「愛神愛隣」の精神を体得している証であり、頼もしく感じています。

 本校の生徒には将来、社会のリーダーとして活躍することを期待していますが、もちろん、自分本位でわがままに振る舞うリーダーではなく、仲間の立場や考えを尊重し、協働して活動できるリーダー像を目指してほしいと考えています。日々の学校生活の中で、信頼できる友人に出会い、互いに助け合う経験を積み重ねる中で、リーダーとしての人格が磨かれることが、本校の大きなメリットであると自負しています。