教育現場から見る 思春期の子どもとの向き合い方

成長過程の一時期と理解していても、いざ直面すると、向き合い方が難しいのが子どもの思春期。保護者として、どのように見守ればよいのでしょうか。芝中学校・芝高等学校、フェリス女学院中学校・高等学校、渋谷教育学園渋谷中学高等学校の校長先生に、それぞれの視点からお話を伺いました。

これまでの子育てを信じ 勇気を持って子離れを
芝中学校・芝高等学校

試される親の度量

校長 武藤 道郎 先生

 思春期の男の子の扱いは難しい―。生徒のお母さまから多く寄せられる悩みです。女の子に比べると、男の子はどこか幼く、世間や他人のことにあまり頓着しない特徴があります。それゆえに、母親の目から見ると、「何を考えているのかよくわからない」ということなのでしょう。

 思春期の子どもが親と口を利かなくなり、隠しごとをするようになるのは、その子の自立の第一歩です。「理解したい」という一心で、親はつい子どもの世界をのぞきたがるものですが、それではさらに殻に閉じこもってしまいます。皆さんも、自分の話に関して根堀り葉堀り尋ねてくる人よりも、適度な距離を保って静かに聞いてくれる相手を信頼するはずです。子どももそれと同じ。子どもには子どもの世界があることを尊重し、不安・悩みのシグナルを発するまではどっしりと構える。保護者の方には、そのくらいの度量を持っていてほしいと思います。

 本校では「手を離して抱きしめる」ということばを大事にしています。子どもに自我が芽生え始めると、ぎゅっと抱きしめられることに抵抗を感じるようになりますが、小さい頃にしっかり抱きしめてもらった経験があれば、手を離した後も、子どもはその感触を思い出しながら自立していくという意味です。思春期は、「これまでしっかり育ててきたのだから、手を離しても大丈夫」と、親が勇気を持って子離れをするタイミングともいえるでしょう。

“遠回り”が成長の糧になる

 最近の子どもたちを見ていると、大人や社会への憧れが希薄になっていると感じます。夢を描きにくい時代ではあるものの、そのなかで目標を見つけるには、友人や先輩、教員とのつながりを通じて、いかに生徒たちを〝遠回り"させられるかが重要だと考えています。一見、無駄に思えるような経験でも、そこで味わう苦労や悔しさは、子どもが一回り大きく成長するための糧になります。そして、その〝遠回りをさせること"が、私立中高一貫校の特徴でもあるのです。

 中学受験を経験した皆さんに伝えたいのは、志望校に合格したご家庭も、そうでないご家庭も、進学する学校がいちばんお子さんに合っている学校だということです。縁あって合格し、切り開いた未来の先には、充実した6年間が約束されていると信じ、たくさんの学びを吸収してほしいと思います。

目を配り、耳を傾け ありのままを肯定しよう
フェリス女学院中学校・高等学校

自分で考える習慣を大切に

校長 廣瀬 政明 先生

 子どもから大人への移行期ともいえる思春期。子どもたちにとっては、それまでに経験のない深刻な悩みや葛藤が生まれてくる時期です。友人関係、親子関係、将来の進路についてなど、小学生のころはあまり深刻に受け止めずに済んでいた問題も、中学生になると、そうもいかなくなります。周りとうまく付き合わなければならないし、将来に向けてさまざまな選択を始めていかなければなりません。いずれも、大人になるためには必要なステップなのですが、いきなり現れる壁の高さに戸惑いを覚えてしまうのです。

 あらかじめ敷かれたレールの上を順風満帆に歩んできたお子さんほど、思春期になってつまずくケースが多く見受けられます。自分の問題を、みずからの力で対処することに慣れていないためです。大人の目から見ると、危なっかしく見える場面でも、可能な限り、お子さんに自分で考えさせる、決断させる経験を多く用意することが親の役目といえるでしょう。

信頼が自己肯定につながる

 思春期の子どもを見守るうえで、もう一つ気をつけたいのは、それまでに経験のない悩みに直面することによって、子どもたちの自己肯定感が下がってしまうことです。思春期の子どもは、周囲が気になり、無理して周りに合わせたり、他者と比較して劣等感を抱きやすかったりする傾向があります。そうした思春期の子どもを支えるために親にできることは何か。それは、日ごろから行動に目を配り、話に耳を傾け、わが子のありのままの姿を肯定することです。そして、必要なタイミングで必要な声かけをし、子どもの背中を押してあげることです。

 幼少期から思春期に至るまで、「親に自分を受け入れてもらっている」「肯定してもらっている」と感じた経験のある子どもは、困難に直面しても、その壁を力強く乗り越えていきます。それは、親からの信頼が自己肯定感につながるからです。

 思春期の子どもは、親の言うことに反発する一方で、そのひと言ひと言を敏感に受け止めています。わが子が本当に必要としている声かけとは何かを考えながら、難しい時期を自分の力で乗り越えようとしているお子さんを、温かく見守っていただければと思います。

思春期は自己確立期 変化を前向きに受け止めて
渋谷教育学園渋谷中学高等学校

“精神的な自立”が始まる

校長 高際 伊都子 先生

 思春期の子どもたちが大人に反抗的な態度を取ったり、心を閉ざしたりするのは、それぞれが自分自身の課題に向き合っていることの表れです。

 人間には年齢に応じた発達課題があります。たとえば、幼少期の課題は、親からの“身体的な自立”です。親から離れて幼稚園や保育園で集団生活を送ることで、子どもは「親がそばにいないことがあっても生きていけるのだ」と学ぶのです。

 では、思春期の発達課題とは何でしょうか。それは、親からの“精神的な自立”です。思春期の子どもたちが親の言うことに従わなくなり、自分の要求を強く主張し始めるのは、「自分の考えが親の考えとまったく同じでなくても生きていけるのだ」と確認しているからなのです。そうすることで、一人の人間として、自己を確立していきます。

 この時期、親にできるのは、「あなたはあなたのままでいい」という肯定的なメッセージを送り続けることです。さまざまな視点から、その子の良いところをほめると、子どもは「自分のことを多角的に見てもらえている」と安心します。すると、「次はこんなことに挑戦してみよう」と前向きな気持ちになるのです。

 しかし、子どもを心配するあまり、親が細かいところまで口出ししてしまうと、子どもはチャレンジすること自体をあきらめてしまい、せっかく持っている潜在能力を十分に発揮できなくなる可能性があります。

親子関係の変化を楽しもう

 生きるために必要な力は、年齢に応じた課題と向き合い、葛藤や困難を経験することで養われるものです。本校のスローガン「自調自考」には、6年間自分と向き合い、「自分は何者か」をじっくり考えてほしいという願いが込められており、自調自考する姿勢こそが、子どもたちを自立に導くと考えています。

 保護者の皆さんがお子さんに手を差し伸べたくなる気持ちも理解できますが、そこを辛抱すれば、子どもが10代後半、20代に到達したときに彼らの成長を心から喜べるのではないでしょうか。

 中学入学と同時に、子どもの世界はぐんと広がります。保護者の皆さんには、その世界の広がりを応援していただくと同時に、「大人対子ども」から「大人対大人」に変化していく人間関係を楽しみながら、子どもたちの成長を見守っていただけたらうれしく思います。