TOPIC-5

睡眠時間の確保のため働き方を変えた

大学の医局から現在のクリニックに移りました。

高尾 インターンが終わってからは、大学院での医科学者としての期間を経て、大学病院で産婦人科医として勤務していました。当時は、夜中に当直をして翌日に診療とオペを行い、そのまま次の当直へという生活も余裕でしたが、30代半ばを過ぎた頃から昼間のパフォーマンスが低下していることが気になりはじめました。ある程度の運動習慣があり、食生活にも問題がないため、原因は睡眠だろうと考え、睡眠の医学を改めて学ぶことにしました。

何か新しい発見があったのでしょうか。

高尾 睡眠時間が足りていないだけで、集中力が低下したり、非効率的な方法に固執するようになったり、新しいアイデアが浮かばなかったりということが起こることがわかりました。それだけでなく、うつになりやすい、高血圧・糖尿病になりやすい、認知症にも関与する、女性なら乳がんになりやすいなど、さまざまな知見が科学的に証明されていることを学ぶことができました。

それで、睡眠時間を確保するために医局を辞められたわけですね。

高尾 ただでさえ産婦人科医不足が叫ばれていた頃ですので、なかなか言い出せませんでした。しかし、いずれは深夜のお産に立ち会わなくてすむ働き方やライフスタイルにシフトしなければならないと思っていました。そこで、大学院でお世話になった教授の退官に合わせる形で、円満に辞めることができました。

TOPIC-6

臨床を大切にしながらスポーツドクターへ

クリニックの診療以外にもさまざまな活動を行っています。

高尾 産婦人科医の仕事は、いろいろなことで困っている女性の患者さんを、どうにかして良い方向に変えていくことです。ですから現在でも、クリニックでの臨床の現場を一番大切にしています。一方で、臨床以外の場でも産婦人科医としてできることはあるはずです。女性の体は周期的に変化しますし、それが生活やさまざまな面に影響を及ぼすという現実があります。そのあたりで何か貢献できることがあるのではないかと考えました。

それがスポーツドクターだったのですね。

高尾 女性アスリートは、同じ運動をしても、調子が出るときと出ないときがあります。現在では比較的よく知られるようになってはいるものの、隅々まで理解が行き渡っているとはいえない面があります。そこで、スポーツドクターの資格を取ることにしました。産婦人科医からスポーツドクターになるのはなかなか大変でしたが、何とか活動できる場を手に入れて女性アスリートを支援する形をつくることができました。

ヨガの指導者も養成しています。

高尾 アスリートのようなアクティブな運動は長く続けることはできません。しかしスポーツドクターとしては、多くの人に運動習慣を持ってもらうことも重要な使命のひとつです。そこでもっとハードルが低い運動としてヨガに注目しました。自分も20年以上ヨガを実践してきた経験から、ヨガの指導者にも医学的な裏付けのある指導をしてもらおうという思いで活動を行っています。

TOPIC-7

すべての女性にちょっといい明日を

働く女性を応援する活動も行っているそうですね。

高尾 人口減により、2000年から2020年にかけて働く女性の数が340万人増えました。従来なら妊娠・出産・子育て世代の20〜40代で働く割合は半数でしたが、現在ではどの世代も70〜80%になっています。ところが女性が働きやすい環境整備はまったく追いついていないのが実情です。

ずっと男女共同参画が謳われていますが……。

高尾 トイレやロッカーなどのハード面の整備はそれなりのスピード感で改善できますが、ソフト面の整備は十分でありません。そのひとつが女性の健康支援です。働く女性には①PMS(月経前症候群)や月経痛など月経にまつわる悩み、②妊娠・出産・子育てがキャリアにはマイナスに作用、③子宮頸がん・乳がんのリスク、という、男性の人生において出合うことのない3つの大きな落とし穴があります。そこで、この落とし穴を埋め、困っている女性に対する外来へのハードルを下げ、長い人生の質を落とさないですむような知恵を、医師の立場から伝えていけるような「働く女性のための産業医」という仕事にも力を入れています。

どのお仕事も女性の応援につながっています。

高尾 すべてに共通するのは、女性に自分自身が思い望むような人生を過ごしていただきたいという願いです。困難な状況はそれぞれ違っているでしょうが、どの女性もちょっといい明日を過ごすことができるようにと、そんなことを願っています。

TOPIC-8

可能性は360度 ぜひ挑戦してほしい

新中学1年生になる生徒にメッセージをいただけますか。

高尾 すべての出会いを無駄にしないようにしていただければと思います。知的好奇心は机上の勉強だけでなく、あらゆる経験から育てることができます。可能性は360度あるのですから、やりたいことには何にでも挑戦してほしいと思っています。

勉強の秘訣のようなものはありますか。

高尾 勉強に関しては、解けない問題に出会ったときこそがチャンスです。どうしたら納得できる答えに辿りつくことができるのかを考えてみてください。数学には正解はあるかもしれませんが、その他の学問では先生が思っている正解と、自分が思っている正解が違うこともあり得ます。ですから自分自身が“納得できる答え”を常に探し続ける努力が大切だと思います。

中高生の保護者にも一言お願いします。

高尾 親の役割は、子どもの可能性を広げることです。ですから可能性をたくさん見せてあげてください。何かを始めて辞めて……ということはいくつあってもいいと思います。その中で1つでも2つでも続くものがあれば、それを応援するのが親の役目だと思います。もちろん、親が自分の人生を楽しむことも忘れないでいてほしいと思います。

産婦人科医
運動指導者養成/婦人科スポーツドクター
高尾 美穂(たかお・みほ)さん

愛知県生まれ。愛知医科大学医学部卒。東京慈恵会医科大学大学院修了。同大学附属病院産婦人科助教、東京労災病院女性総合外来などを経て、女性のための統合ヘルスクリニック イーク表参道の副院長。医学博士・産婦人科専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。ヨガ指導者。著書に『超かんたんヨガで若返りが止まらない! 老けたくないなら、骨盤底筋を鍛えなさい』など。