子どもの時に嫌いで食べられなかったものが、大人になったら食べられるようになった、ということはよくある。
私の場合はうなぎなんかがそうだ。もしかしたら一生嫌いなままだった方が経済的だったのかもしれないが、たまに食べるうなぎは、他には代え難い魅力的な食材で今やなくてはならないものである。
子どもではなく大人になってからの話だが、若いころは苦手だったものが、年がいって食べられるようになったものというのもある。
いくらとか白子とかイカの塩辛とか。(完全におつまみだ。)
OLだった頃、経理の係長と自分の直属の係長がよく飲みに連れて行ってくれたのだが、「白子って何?」とか「いくらはちょっと・・・」と言っていたら「まだまだだなあ。」と笑われた。
この二人は本当にいい先輩で大好きだった。
いわゆる幹事体質というやつで、社員旅行(当時は支店全部で行っていた。)から個人的なスキーの企画まで、およそイベントごとでこのふたりがかんでいないものはなかった。
「宝くじの共同購入」とか、カスタマーズコンペとか、まあ、次から次へとよく思いつくなあ、と思った。
私は当時から三の線というやつで、おもしろがってくれたのか仲間にしてくれたので、催事の企画・制作・立案などに関わってずいぶん楽しい思いをしたのだった。
よく3人で、「イベント企画の会社でも立ち上げるか?」と言っていたのだが、もしそうしていたら、あの二人は相当いい仕事をしたと思う。
楽しいことはいいことで、まだ社会に勢いがあった。
企画の稟議も通りやすく、今思うとあれがバブルの階段の上りはなであった。
この大好きな先輩たちは今はもう会社にはいない。
経理の係長からどんどん出世した彼は、50を前に突然血を吐いて倒れ、亡くなってしまった。
お葬式で泣き倒した。
いまは私の結婚式のビデオの中でしか会うことができない。
ビデオの中の彼は、大声で応援団のようにフレーフレーと大声で今も私たちを応援してくれている。
もう一人、直属の先輩だった人は、ご家族の事情で退職されて、今は消息が分からない。
頼むからその、類まれなる才能を生かして、どこかで活躍していてほしい。
20年以上前によく連れていってもらった焼き鳥もドイツパブもお寿司屋さんも、まだ健在だ。
・・・突然行ったら隣に座っていたりしないかな。幽霊でもいいや。
「Wさん、Yさん、私は最近日本酒にはまっています。馬刺しも食べられるようになりました。」
カテゴリ名: ひとりごと