朝日小学生新聞特別増刊号 WILLナビFRONTIER

開成中学校・高等学校 柳沢 幸雄校長に聞く中高一貫、私立男子校だからこそできる教育

人間同士の交流を育む  課外活動を重視

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── 開成というと、今年で東大合格者数が30年連続して1位という輝かしい実績もあって、どうしても受験教育に力を入れている学校というイメージが先行しがちです。そこで、初めに改めて開成学園の教育の特色は何かということについてお話頂けますか。

柳沢 開成が、東大合格者数がトップの学校だと世間的に認知されていることは有難いことですし、生徒たちの知力を少しでも高めることを意識した教育を行っていることも確かです。しかし、本校では「知力」とともに、「体力」や「徳力」、すなわち人と人との交わりを通して、社会性や倫理観などを高めることにも力を注いでいます。
 その体力や徳力を養う場として、本校が重視しているのが課外活動です。課外活動には、クラブ・同好会をはじめ、運動会や文化祭の準備委員会、学年旅行の委員会などさまざまなものがありますが、今年10月の調査によると、中学1年生301人のうち、96%に当たる288人がクラブ・同好会に所属しています。これに、各種委員会活動に携わっている者を加えると延べ620人。つまり、多くの生徒が複数の課外活動を行っているわけです。


── 課外活動は任意にもかかわらず、これだけ多くの生徒が参加している理由は何だと思われますか。

柳沢 開成では、クラスや同じ学年の仲間同士の“横”のつながりとともに、先輩や後輩たちとの“縦”のつながりを形成することにも重きを置いています。
 先輩と触れ合う最初の機会となるのが、中学入学後2週間ほどで行われる筑波大学付属高校とのボートレースです。
わが国で最も古い歴史を持つ対校戦であるこのボートレースに向けて、中学生は入学してすぐに高校3年生の先輩から応援歌の指導を直接受けます。さらに、毎年5月の第2日曜日には、全学挙げてのイベントである運動会があります。ここでも、中学1年生は馬上鉢巻き取り(騎馬戦)の指導を、高校生の先輩から指導されます。
 このようなイベントを通じて高校の先輩との交流が生まれた後、5月末の中間試験最終日にクラブ勧誘会が行われます。ここで初めて、中1生はどのクラブに入るのかを決めるのですが、既にボートレースや運動会を通して「あの先輩のいるクラブに入りたい」という気持ちを持つ生徒も少なくないと思われます。単なる興味や関心にとどまらず、先輩との人的交流がベースにあることも、クラブや同好会の所属率が高い理由ではないでしょうか。


── 先輩との交流だけでなく、生徒は課外活動を通じて、授業では味わえないさまざまなことを学び、身につけていくと思われます。先生は課外活動のもたらす効果についてどのようにお考えですか。

柳沢 一つは、今述べたように、先輩との交流を通じた人間関係の構築です。現代は昔のように地域で年齢差のある仲間同士が遊ぶことがほとんどなくなりました。そのため、年の違う人と、どう接していいかわからないという生徒が多い。
しかし、社会に出れば、さまざまな年齢層の人々が互いに協力し合って働くことは当り前のことです。その点、本校は中高一貫校のため、高校の先輩と身近に接することができる環境にあるので、このメリットを活かして、中学入学当初から先輩と触れ合う機会をできるだけつくるように心がけています。
 もう一つの効果は、タイムマネジメント(時間管理。限られた時間の中でやるべきことを確実にこなせる能力)が身につくことです。生徒の多くは授業にプラスして、さまざまな課外活動に従事しているため、時には行事がバッティングしてしまうケースも生じます。その時に、何を優先すべきかを考え、効率的に行動できるかどうか、これはやはり社会人として不可欠な能力です。そのため、私はクラブの顧問の先生に授業と試合が重なった場合など、生徒に常に時間管理について考える指導をしてほしいとお願いしています。

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さまざまなメニューを用意して生徒が個性を発揮できる「場」をつくる

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──中1生ばかりでなく、上級生である高2生や高3生にとっても、課外活動から得られるものは少なくないのではないでしょうか。

柳沢 その通りです。中学生では先輩から教わることばかりだったのが、高2・高3になるに連れて指導的立場になってくる。そのため、高校を卒業する頃には自然とリーダーシップが身についてくるのです。同時に、相手の立場に立って話ができる思いやりの心やコミュニケーション力も養われていきます。
 このように、高校生が主体的に中学生を指導してくれるので、先生方は安心して指導を任せることができるのです。もともと素質の良い生徒が集まっているからできるともいえますが、もちろん、ただ傍観しているわけではありません。常に見守っていて、必要な時に的確にアドバイスしていきます。開成の先生方は皆さん教育熱心で、労をいとわず生徒指導に当たってくださいます。
それが、高い進学実績にもつながっていると思っています。


── 近年は、大学でも「就業力」の育成に力を入れるようになっています。就業力の前提となるのがコミュニケーション力やリーダーシップですが、開成では課外活動を通してそうした能力が自然と養われていくわけですね。

柳沢 開成では、東大に進学する生徒もいれば、絵画に秀でた才能を持ち、日展に入選する生徒もいる。さらに、数学オリンピックや物理オリンピック、俳句甲子園などに出場する生徒も少なくありません。こうした多様な個性が生まれているのも、生徒一人ひとりが自分の居場所、つまり自分の個性を最大限発揮できる「場」を持てるように、課外活動をはじめ、さまざまなメニューを用意しているからだと思っています。
 勉強でも、スポーツでも、芸術でも何でもいい。生徒が自信を持って取り組めることがあれば、それを土台にして、将来必ず社会に貢献することができるはずです。そのためにも、すべての生徒がおもしろい、楽しいという場を提供すること、そして活動を通じて芽生えた生徒の個性や能力をきちんと伸ばしていくことが我々の使命だと考えています。

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東大合格者数1位の実績を支える仲間同士で学び合う環境

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──生徒一人ひとりの個性を尊重する教育を実践しながら、一方で30年連 続東大合格者数が全国一になっている。このような高い進学実績を挙げられ る要因は何なのでしょうか。

柳沢 前述したように、本校は生徒一人ひとりの多様な個性や能力を伸ばすことに注力しており、決して東大に合格するための教育を行っているわけではありませんし、ガチガチの受験教育を行っているわけでもありません。例えば、本校には文系・理系のクラス分けも、国立・私立といった進路別クラス編成もしていません。東大合格者数全国一というのは、あくまで結果なのです。実際、卒業生400人のうち約半数は東大以外の大学に進んでいますし、学部も理系や文系、学際系など多岐にわたっています。
 では、なぜ高い進学実績が残せるのか。先生が熱心に指導してくださることが第一ですが、それに加えて、生徒が自ずと進学を意識し、自主的に勉強に取り組む環境が、開成には伝統的にあるからだといえるでしょう。本校では、中2から高1にかけての多感な時期に、あえて放任主義を採っています。そうすると、いろいろと試行錯誤する中で、自分はどんなことに向いているか、そのためには大学で何を学び、何を身につけるべきかがわかり、目的達成のためには勉学しなければならないという意識が高まってくるのです。
 また、高3生は5月の運動会を最後に、部活動を引退します。それまでの部活動の集大成ともいうべき運動会では、全員が何らかの役割を受け持ち、全員が夢中で取り組みます。この運動会で“完全燃焼”し、一気に受験モードに突入して、入試までの約10カ月間、一心に勉強するようになります。このように、メリハリがあることも、受験勉強に集中でき、志望校合格を果たす要因になっているのではないでしょうか。
 さらに、部活動やさまざまなイベントを通じての先輩や仲間との交流の中で、勉強やスポーツなど、何か人より秀でた能力を持つ生徒に「一目置く」伝統が本校にはあります。そうした生徒を中心にして、お互いに解答法を教え合ったり、問題を出し合ったりと、大学の自主ゼミのような授業を超えた学びのグループがいくつも出来上がっているのです。このように、仲間同士で学び合う環境が自然と生まれていることも、進学に対する意識の向上に役立っていると考えています。

 

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今の時代だからこそ男子校の存在意義がある

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──近年は、中学校・高等学校から大学まで共学化する学校が増えていま す。その中で、開成学園は創立以来、今日まで一貫して男子校として歴史を 刻んできたわけですが、男子校ならではの魅力、男子校だからこそできること は何だと思われますか。

柳沢 確かに、現在では男子校や女子校は絶滅危惧種のようなものだと言ってもいいと思います(笑)。しかし、私は今という時代だからこそ、男子校の存在意義があると感じています。
 というのも、現代社会では地域のコミュニティが希薄となり、昔は地域の中で目上の人から当たり前のように伝えられてきた、思春期に男の子から男性にスムーズに移行するためのいわば“通過儀礼”のような儀式が行われなくなってきた。しかし、中1の男子は成長の個体差が非常に大きいため、こうしたことは学校の授業で一律に教えられるものではありません。その点、本校は中高一貫校なので、男性になるためのプロセスに不可欠な情報を、日々の生活の中で生徒の発達段階に応じて先輩から後輩へ的確に伝わっていく土壌があるのです。
 加えて、中学時代は女子の方が成長が早いため、共学の学校ではいろいろな学校行事で女子がリーダーシップを取り、男 子はサポート役に回ることが多い。しかし、男子校ではすべての役割を男子だけでこなさなければならないため、知らず知らずのうちにリーダーシップや行動力などが培われていくというメリットもあります。

 

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進学の選択肢として海外の大学への道も示す

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──社会環境が大きく変わっている今日、学校現場にも時代に応じた教育が求められています。これまでにも数多くの有為な人材を社会に送り出してきた開成学園ですが、次代のリーダーとなる人材を育てるために、今後、どのような教育を展開していくか、展望をお聞かせください。

柳沢 開成学園には、140年の間に積み重ねられた歴史と実績があります。こうし た伝統を受け継ぎながらも、新しい時代にふさわしい教育を推進していくことは、我々に与えられたミッションだと痛感しています。
 現在、私が最も重視すべきと考えているのは、進展するグローバル社会を担う人材をいかに育てるかということです。自分がハーバードや東大で教えた経験から学んだことは、高校卒業時点では日本の生徒の学習到達度は世界一といってもいいレベルだということ。それほど質の高い、発想豊かな教育を日本の中学・高等教育は達成しているのです。ところが、その先の高等教育となると、欧米にいささか遅れを取っていることは否めません。
 そこで、生徒たちに高校卒業後、アメリカのハーバード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)、イギリスのオックスフォード大学、中国の北京大学や清華大学といった、海外のトップレベルの大学に直接進学するルートを示してあげたいと思っています。これらの大学で何が学べるのか、日本とはどう入試の仕組みが違うのかといった情報を提供し、進学の選択肢の一つとして、海外の大学に進む道もあるということを伝えていきたいと考えています。


──最後に、これから開成学園をめざす生徒に対してメッセージをお願いします。

柳沢 私自身、開成で学んでみて、この学校は自分のものの考え方の骨格をつくってくれたところだと思っています。
それは、先輩や仲間たちとの交流の中で培われてきたものです。開成は卒業生のネットワークが非常に密な学校でもあります。このことは、多くの卒業生が開成時代に培った友情を何より大切に思っていることの証だと思います。
 このような開成という学校に、皆さんもぜひ入学してほしいと願っています。入試という関門は厳しいかもしれませんが、万が一合格できなくても悲観する必要はありません。これからの人生には勝つこともあれば、負けることもあります。最善を尽くした結果、たとえ目標が叶わなくても、それはこれから皆さんが生きていくうえで、必ず糧になるはずです。

 

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