WILLナビ:よみうりGENKI 未来を生きる子どもたちに必要な力とは何か
スペシャル鼎談 麻布×開成×武蔵
 グローバル化や、AI・ロボット技術の進展などに伴い、先行き不透明な状況が生まれている。
 未来を生きる子どもたちは、中高時代にどんな力を身につける必要があるのか。
 東京の伝統男子校3校の校長先生に、語り合ってもらった。
  1. 3校に共通するのは生徒の自主性の尊重
  2. 【開成】部活動で自分の居場所を見つけ学校行事で合意を形成する力を鍛える
  3. 【武蔵】「現地集合・現地解散」で行程も生徒が計画する「山上学校」
  4. 【麻布】「卒業共同論文」「社会科基礎課程修了論文」など自分の意見をアウトプットする力を高める教育を展開
  5. マニアックな生徒を尊重し互いに認め合う校風が築かれている
  6. AIとの共存、グローバル化をどう捉えるべきか
  7. 親が先回りして失敗を防ごうとすると子どもの自立を阻害してしまう
3校に共通するのは生徒の自主性の尊重

――まず、時代の変遷を経ても変わることのない教育の特色をお聞かせください。

 麻布は、「自由闊達」「自主自立」の建学の精神のもと、自分で物事を判断し、行動し、その結果に責任を持つ生徒を育てることを目標にしています。私服で髪形は自由、携帯電話の持ち込みも可といった「外面的な自由」ばかりが注目されがちですが、私たちが何よりも大切にしているのは、お互いの考えを尊重し合う「精神的な自由」であることは強調しておきたいと思います。

柳沢 開成の校名の由来は「開物成務」であり、本校の教育の根幹を成す言葉です。「物」とは生徒の素質であり、生徒一人ひとりの素質を花開かせて、社会に貢献しようという意味です。社会貢献というと、何か特別なことをするように思われるかもしれませんが、仕事をしてきちんと収入を得ることは、社会貢献の第一歩です。何らかの形で社会に貢献しているからこそ、感謝され、その対価として収入が得られるのです。その行為が積み重なって、社会が構成されているわけです。自立して社会で生活することの大切さを、折に触れて生徒に伝えています。

梶取 武蔵には、旧制7年制高校以来の校風が残されています。学校生活すべてにおいて生徒の自主性を尊重しており、その中で成長を促しています。その教育理念を端的に表しているのが、建学の精神の一つである「自調自考」です。自ら調べ、自ら考える中で、自己を確立するという意味です。様々な種は蒔きますが、それを掴むかどうかは生徒の判断であり、教員が強要することはありません。教育にお節介は禁物であり、教員の指示で中高6年間は乗り切れても、その後の成長が期待できないのです。もちろん、蒔いた種を掴もうとする生徒にはしっかり手助けをしますし、数多くの種を蒔いておけば、生徒は必ずその中に興味を持つものを見つけています。

【開成】
部活動で自分の居場所を見つけ
学校行事で合意を形成する力を鍛える

――これらの特色はどのような教育活動に表れているのでしょうか。

柳沢 「開物成務」に至るためには、生徒一人ひとりが、自分のポテンシャルは何か、自主的、自律的に考え、それを花開かせようと努力することが重要です。そのため、本校では、自主的、自律的活動を重視しています。その典型が、部活動、学校行事などの課外活動です。約70の部があり、自分の得意なこと、力を発揮できる場所、つまり自分の居場所が見つかります。万一、個性が活かせそうな部がなければ、自分で作ればいいだけです。できるだけ早い段階で、生徒たちが居場所にはまり込むように努めています。居場所が見つかり、そこに居れば楽しいと思えるようになれば、自分自身の力で成長していくようになります。
 部活動は「同好の士」の集まりですから、あまり対立は起こりません。しかし、中高時代には、異なる考えの生徒とも合意を形成できる力を鍛えることが大切になります。その場が学校行事です。本校の学校行事は、すべて生徒主体で企画・運営されており、教員は直接的には関与しません。大きな学校行事のたびに、まず組織されるのが選挙管理委員会です。たとえば、各学年旅行では、選挙を経て旅行委員会が組織され、生徒の自主的な運営のもとで様々なグループが旅行先の提案をし、プレゼンテーションを行い、その学年の生徒たちに最も多く投票してもらえた企画によって行き先が決まります。同様に、5月の運動会、9月の文化祭でも、「今年はこんなイベントにしたい」という生徒が公約を掲げて立候補し、選挙で委員長が選ばれます。

【武蔵】
「現地集合・現地解散」で
行程も生徒が計画する「山上学校」

梶取 本校の校外学習は、「自調自考」の理念を反映しています。たとえば、中1の山上学校は、赤城山の校外施設で実施します。1学期に、地理で赤城の地形、地学で岩石などの予備知識を習得した上で、生徒は11名ずつのグループに分かれて、地図や資料を見ながら行程の計画を立てます。「現地集合・現地解散」にしている点も特色です。当然、乗り換えなどを間違えて、遅刻する生徒も出てきます。それも想定内で、駅で待機する教員を配置しています。本校は、放任主義に見られがちですが、実は面倒見のいい学校なのです(笑)。現地に集まった生徒たちは、自分たちで立てた計画に従って、実際に山を歩きますが、順調なら30分で到着できるところを、逆方向に向かい、倍以上の時間がかかる時もあります。教員は最後尾から付き添うだけで、道を間違えていても、命に関わらない限り、止めることはなく、黙って付いていきます。失敗を認識し、自分たちの力で修正し、解決する経験が貴重だと考えているからです。
 もう一つ大切にしているのが、本物に触れる教育です。中2の海浜学校では、波の高さ、潮の流れを体感し、自然の素晴らしさ、恐ろしさを感じます。最近は海で泳いだ経験がない生徒も増えていますが、プールでは味わえない良さがあると考えています。授業でも、国語では、旧仮名遣いの原典を読むこともあります。時間も手間もかかりますが、1語ずつ苦労して読み解く中で、本物の魅力を感じることができます。

【麻布】
「卒業共同論文」「社会科基礎課程修了論文」など
自分の意見をアウトプットする力を高める教育を展開

 本校では、自分の意見、考察をしっかり書かせる教育を重視しています。どんなに優れた考えであっても、文章で表現できなければ、他者に伝えることはできません。知識のインプットはけっしておろそかにしませんが、アウトプットの力が備わって、初めて本当に理解したことになると考えています。
 たとえば、中3の国語の授業では、1年かけて「卒業共同論文」を作成します。教員が提示した複数の文学作品から一つを選び、4~5人のグループで、原稿用紙100枚以上の論文を仕上げます。筆者はどのような思いで、このような表現を使ったのか、生徒によって見解は異なります。それぞれの意見を開陳して、議論を重ね、チームとしての論文を仕上げる過程で、多面的な視点が獲得できます。私は麻布OBなのですが、在校生だったとき、夏休みに友人宅に数日泊り込んで、議論したことをよく覚えています。
 次いで、高1では、各自が興味を持った社会的問題を掘り下げる「基礎課程修了論文」に取り組みます。極めて水準の高い論文も少なくありません。

マニアックな生徒を尊重し
互いに認め合う校風が築かれている

――そうした教育を通して、生徒の気質にはどのような特色がありますか。

梶取 いい意味でオタクの生徒が多いですね。私は素晴らしいことだと思っています。万遍なく何でもできるけれども、とくに好きなことはないといったタイプの生徒は育てたくないと考えているからです。もちろん、英単語の暗記など、地道な学びも必要なことは事実です。両方のバランスのとれた生徒を育てることが理想です。

柳沢 開成にもオタクが多く、私も心地よい響きの言葉だと思っています。オタクとは、その生徒の個性の表れだからです。高学年になると、オタクを利用しようとする生徒も出てきます。英語や数学など特定教科に秀でた生徒を教師役にして、自主的な勉強会が作られています。友人たちに教えることで、頭の中が整理され、理解が深まる効果は抜群です。そのほか、数学オリンピックなどを目指す生徒たちのグループもあります。周囲から、自分の得意なことを認めてもらえることによって、居場所がすっとできあがっていくわけです。

 オタクというか、マニアが多いのは、男子校の特徴かもしれません。男子には、興味を持った分野には熱中する脳の特性があるからです。周りに引けをとらない分野を持てれば、自信につながります。それは教科である必要はありません。本校には、鉄道研究部があり、乗り鉄、撮り鉄や、もっと細かいジャンルの達人がいるようです。昨年は将棋部が全国大会の団体戦で優勝しましたし、オセロやチェスでも高段位の生徒がいます。文化祭では、個人で興味のあるテーマについて調べたことを紹介する「フロンティア展示」がさかんですが、練馬区についてディープに調べた研究や、自作した複数のスピーカーの音質を聴き比べるなど、趣味性の高い展示が目立ちます。本校には、そうした多少マニアックな世界に精通している生徒を尊重し、お互いに認め合う風土が築かれています。

AIとの共存、グローバル化を
どう捉えるべきか

――AIやロボット技術の進歩などもあって、将来、既存の職業の多くがなくなると言われています。変化の激しい時代に生きる若者たちには、どんな力が求められるでしょうか。

柳沢 これからの時代が、過去と比較して変化が激しいかというと、それはいろんな見方があるでしょう。たとえば、和文タイピストはかつて高給な職業でしたが、今は消えてしまいました。同様に、技術が変化すれば、従事する職業も変わるのは当然のことです。そのときに重要になるのは、先ほど申し上げたように、自主性、自律性なのです。それから、リーダーシップも重要になります。ただし、リーダーとは、多様な要素を持つ人々を統合して、合意を形成して、集団を引っ張っていくだけではありません。リーダーシップの構造は、外に向かうものと、内に向かうものがあるのです。おそらく中学時代、多くの人が、混沌としているものを統合して、自分というものを見つけ出してきたはずです。つまり、自分自身に対するリーダーシップが大切になるわけです。そのためには、好きな世界を見つけて、自分の居場所を作ることが重要です。

梶取 同感です。自立していなければ、どんな時代でも通用しないでしょう。それを養うために「自調自考」の教育を進めており、生徒たちも十分に理解してはいますが、以前と比べると、タフさが不足している観があります。昔は一切しなかったのですが、最近では、成績が思わしくない生徒は呼び出して注意することもあります。完全に放任にしていると、本当に何もしようとしないので、ある程度のお節介は必要と感じています。

 学校教育には、先人が獲得した知識を次世代につなぐという側面があります。もちろん、それも重要なことですが、それだけでは発展しません。現在の日本は、高度成長期のように、欧米のキャッチアップに終始するのではなく、日本ならでは、あるいはアジアならではの独創性を追求し、世界をリードするような創造的な力を備えた若者を育てることが大切になっています。また、国境を超えて、多様な人々と交わっていかなければならない時代を迎えますから、世界に雄飛する気概も育みたいと思っています。

――社会のグローバル化に対応した教育も必要ということでしょうか。

 本校では、春休みなどの長期休暇中に、カナダ、中国、韓国の提携校に各約10名の生徒が赴き、現地校で授業を受け、ホームステイを体験しています。この3校の生徒が本校を訪れ、同様の体験をする機会も設けています。ホームステイ先は限られていますが、海外の生徒を浅草、鎌倉などに案内する「アテンド」には、たくさんの生徒が参加しています。女子生徒が来ることもあるので、楽しみにしている生徒が多いようです(笑)。最近は、SNSの進歩もあって、帰国後も交流が続いています。そのほか、8月に原宿で行われる「よさこい祭」に、本校で連を出すのですが、それにガーナの高校生も参加しています。

梶取 30年近く前から、「国外研修制度」を設けています。教師は付き添わず生徒は単身で現地に赴き、6週間から2ヵ月間、ホームステイし、現地校に通います。文字通り“ほっぽり出す”のです。同じ数だけ、海外の提携校から生徒を受け入れていますが、女子生徒がくると、まるで女王様のようです(笑)。海外の生徒と一緒に学ぶと、一種のカルチャーショックを受けます。海外の生徒は、授業中に積極的に発言し、議論するのが当たり前になっているからです。そんな姿勢が刺激になり、自分ももっと主体性を高めようというモチベーションにつながっています。

柳沢 グローバル化という言葉はあまり好きではなく、私は広域化と呼んでいます。自分が育った場所を離れ、文化や言語、常識が異なる地で活動するということです。実は、日本の過去の歴史でも、広域化はありました。金の卵と言われた中学卒業者の集団就職の時代です。方言が通じず、食べ物も違う中で、自分の人生を切り拓いていった、あの若者たちと同様に、現代の若者たちには、海外で活躍する力が求められているわけです。こうした広域化が起こるのは、社会がある種の閉塞状況に陥ったときであると、私は解釈しています。そして、本校では、全員が海外を志向する必要はなく、興味関心のある生徒が目指せばいいという方針です。ですから、夏休みにアメリカ、カナダ、イギリスなどのサマースクールに参加するサポートはしていますが、全員を連れて行くことはありません。あくまで希望制です。もちろん、自主的に参加したいといってきた生徒には、ネイティブ教員が相談に応じ、願書の書き方から丁寧に指導します。また、海外の大学の担当者と、その大学を卒業した本校OBを招いて、海外大学進学の情報を提供する「カレッジフェア」も開催しています。これも希望者対象であり、必ずしも海外大学への進学者を増やす必要はないというのが、基本的なスタンスです。

親が先回りして失敗を防ごうとすると
子どもの自立を阻害してしまう

――最後に、保護者に向けて、子育てに関するアドバイスをお願いします。

梶取 トラブルで多いのは親子の問題です。いじめではありません。三者面談の前には、「両親に言いたいことがあったら、我慢せずに言いなさい。助けてあげるから」と、生徒に伝えるほどです。保護者は、子どもの一番近くにいるために、かえって子どもの良さに気づいていないことがあるのです。私は講演などで保護者に「子どものいいところを10個挙げて、それを子どもに言ってみてください」と言います。ところが、意外に10個見つけることができない場合が少なくありません。教育熱心な保護者も多く、子育てに関する本をたくさん読んでいるようですが、一般論として学ぶのはいいとして、それが自分の子どもに当てはまるとは限らないのです。それよりも、もっとよく自分の子どもを見てほしいのです。必ずいいところが見つかるはずです。もちろん、子どもは手がかかります。だからといって、失敗する前に手を出すと、そのときは成功しても、成人してからも同じように手出しを続けるわけにはいかないでしょう。我慢することが大切なのです。

柳沢 本校でも、困難を抱える生徒の大部分は親子関係です。母親にとって男の子は可愛く、世話をして喜ぶ顔が見たいのでしょうが、私がよく言うのは「40歳になった息子にも、同じように接しますか。その頃には皆さん、70代になっていますよ」ということです。「それは勘弁してほしい」と口を揃えておっしゃいます。それならば、どこかのタイミングで子離れしなければいけません。子どもが親離れを始めたときに、うまく距離をとることが大切です。具体的には、「自分が子どもだったとき、お父さんと一緒にお風呂に入らなくなったのは何歳からですか」「そのきっかけは何でしたか」と聞きます。小学校中学年から高学年の母親が多いのですが、そのきっかけは明確に答えられません。つまり、それは本能として親離れして、自立を始めたということなのです。もっと年上の中高生の保護者が、子離れできなければ、自立を阻害してしまいます。

 最近の保護者は、子どもの教育への関心が非常に強くなっている印象があります。入学式には、平日でも、両親揃って来ています。子どもへの期待が過剰で、学校説明会では、成績が悪い場合は補習をしてくれるのかとか、現役で合格できるのはどれぐらいかなど、学校に面倒見の良さを求める傾向も強まっています。本音を言えば、勉強とは自分でやるものでしょう。生徒は工業製品ではなく、このような方法で学ばせれば、ベルトコンベアーのように、皆、同じように大学に合格できるわけではありません。私は、教育はある種、農業だと思っています。生徒は種であり、土と水、光さえあれば、自ら芽生え、成長していきます。もちろん、日光を確保し、肥料を与える必要はあり、それがファーマーである教員の役割ですが、基本的には自分で育っていくものなのです。生徒は転び、傷つきながら、自力で学んでいきます。それを先回りして、過剰に防ごうとすると、子どもの成長を妨げてしまうこともあるということを自覚していただきたいと思います。

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