WILLナビ:よみうりGENKI 未来を生きる子どもたちに必要な力とは何か
開成×灘スペシャル対談
 先行き不透明な状況が続く現代社会。東西の私学の雄である開成中学校・高等学校 校長の柳沢幸雄氏と、灘中学校・灘高等学校 校長の和田孫博氏がこれからの時代の生きる子どもたちに必要な力を語り合った。
  1. 知識の定着なくして創造力、思考力は生まれない
  2. 建学の精神に基づく不変の教育理念を貫く
  3. 教員の自由裁量で行われる授業それぞれが独自の教育方法を展開
  4. 1クラスの人数は多い方が多様性の理解に役立つ面もある
  5. 活発な部活動、学校行事の中で企画力、交渉力などが高まる
  6. 不透明な時代だからこそ幅広い教養が重要になる
  7. 子どもの自立のために子離れを意識してほしい
知識の定着なくして
創造力、思考力は生まれない

――昨年12月、高大接続に関する答申が出され、2020年度に、高校教育、大学教育、大学入試の三位一体改革が構想されています。この動きに関するご意見からお聞かせください。

柳沢 私はかつてハーバードや東大の大学院で教壇に立ち、現在は中高の校長を務めています。中等教育、高等教育両方を経験した立場からいえることは、高校卒業段階では、日本の多くの若者がきわめてハイレベルだということです。ところが、大学入学後、成長が鈍化してしまうのです。いま何よりも求められるのは、大学卒業段階でさらに輝けるように、実社会と大学教育の連携を図ることです。大学教育改革の方向性が見えないままに、大学入試を改革しても、本末転倒というものでしょう。

和田 高校教育と大学教育の接続の部分を改革しなければならないという考え方自体は一理あると思います。これまで一定レベル以上の大学の入試は、狭義の学力を測る学科試験が中心でした。もう少し広い意味の学力を問うことで、高校教育と大学教育の橋渡しの役割が果たせる大学入試制度が望まれることは確かです。けれども、現在議論されている大学入試の方向性は、手順、手段に無理があると感じており、それを性急に進めて、はたしてうまく行くのか、危惧しています。

――知識の習得だけでなく、思考力、判断力、表現力などの養成を重視するという考え方についてはいかがですか。

柳沢 知識習得の比重を下げるのであれば、明らかな間違いです。知識をないがしろにして、思考力などが養われるはずがありません。ゆとり教育の学習指導要領に移行した際、「知識の詰め込みでは創造力は育たない」という意見が数多く出されました。これは知識を表層的に捉えてしまったことによる誤解です。私は、知識には2段階あると考えています。第一は新しい知識を理解する段階、第二は獲得した知識を定着させる段階です。確かに、知識を詰め込んで理解する段階で終わってしまえば、指摘されるような問題が生じるでしょう。けれども、理解した知識を定着させれば活用できる知識になります。そして、活用できる知識を豊富に持つことによって、はじめて創造力が生まれるのです。知識の定着なくして何かを生み出すことはできません。

和田 同感です。孔子の言葉に「学びて時に之を習う」とあるように、学習は、学(知識をしっかり身につけること)と習(知識を活用すること)の両立が大切です。おそらく答申も同様の考え方に基づいていると思いますが、昨今、知識の活用力重視の大学入試をめざすという点ばかりをクローズアップした報道が目立ち、混乱を招いている気がします。

建学の精神に基づく
不変の教育理念を貫く

――貴校では、どのような理念のもとに教育を展開されているのでしょうか。

柳沢 私学には独自の建学の精神があります。本校の場合は、校名の由来にもなっている「開物成務」です。この言葉の「物」とは何か。私は生徒が持っている素質だと考えています。その素質を花開かせて、将来きちんと仕事をして収入を得て、自分の生活を成立させることができる生徒を育てることが、本校の使命です。収入が得られるということは、何らかの役に立っていることを意味しています。社会はそうした人々が多層的に積み重なって構成されており、それぞれが社会貢献をしているわけです。このゴールをめざす教育は不変のものとして堅持しつつ、その頂に向かう入口やプロセスは、当然、時代の変化によって違ってくるわけで、柔軟に対応しています。

和田 本校の建学の精神は、創立時の顧問だった嘉納治五郎先生が唱道した「精力善用」「自他共栄」です。「精力善用」とは、自分の力を最大限に発揮するために、長所を伸ばし、短所を克服することに全力を尽くせということ、「自他共栄」は、他者と切磋琢磨することで成長できるという教えであるとともに、いまの自分があるのは、自分一人の力ではなく、周りの支えのおかげであることを自覚せよという意味です。私は、入学式で必ず、自分の優秀さに奢ることなく、家族や先生、友人への感謝を忘れてはいけないということを語りかけるようにしています。その心を大切に育むことが、本校の不変の教育方針です。

教員の自由裁量で行われる授業
それぞれが独自の教育方法を展開

――授業の特色をお聞かせください。

和田 本校は自由を尊重する校風です。たとえば、勉強方法も一律に押しつけることはしません。一人ひとり適したやり方があるはずだからです。小学校時代は、漢字を覚える際に、同じ漢字を20回書くように指導されたことがあるかもしれません。それが有効な生徒もいますが、一方で、もう覚えているのに強制されて書くことが苦痛になり、国語が嫌いになってしまう危険性もあります。中高時代は、自分に合った勉強方法、生活習慣を身につけることが大切であり、そのためには生徒に自由を与えることが重要になるのです。
 その自由さは、教員でも同じで、どんな授業を展開するか、各教員の裁量に任せています。2013年に亡くなられた橋本武先生が、中学3年間かけて中勘助の『銀の匙』1冊のみを読み上げる「スローリーディング」で知られたように、独特の授業を行う教員も少なくありません。そのため私は、本校の教員を「落語家の集団」と呼ぶことがあります(笑)。落語家が師匠の模倣に陥らず、自分なりの話芸を磨くのと同じように、本校の教員はそれぞれ独自の教育方法を開発しており、それに自信も持っています。

柳沢 本校も授業内容・方法は教員の裁量に委ねています。落語には、本題に入る前に「枕」があり、同じ古典落語でもその日の客層次第で枕を変えます。授業も同じで、生徒の様子をしっかり把握して、最初にどんな話をして興味を引きつけるか、自在に変化させるのが、教員の力量といえます。理解が不足していると感じたら、小テストを多めに課すなど、臨機応変に対応する教員もいます。そうした各教員が独自に編み出した授業方法が積み重なって、本校の授業の個性が醸成されているのです。

――近年、シラバスを用意して、授業内容のバラツキを防ごうとする学校が増えていますが……。

柳沢 シラバスを作成している先生もいますが、強制はしていません。

和田 本校も同じで、シラバスを作成するかどうかも含めて、各教員の自由です。

1クラスの人数は多い方が
多様性の理解に役立つ面もある

――次の学習指導要領のキーワードになっているのが「アクティブ・ラーニング」です。貴校では導入されていますか。

柳沢 定義が曖昧ですが、生徒参加型の授業を指すのなら、ほとんどの授業が「アクティブ・ラーニング」に当てはまると、教員たちは語っています。先ほど申し上げたように、知識には理解と定着の2段階があり、定着のために最も有効なのが生徒に発言させることだからです。知識が定着していないと、自分の言葉で表現できないわけです。なお、本校の1クラスは、中学が43名、高校が50名と少人数制ではないため、「アクティブ・ラーニング」は難しいとイメージされるかもしれませんが、そんなことはありません。たとえば数学では、3カ所の黒板に生徒に解答を書かせて、皆で比較して、「この解法が一番スマートだ」とか、「もっといい解法がある」といった検討を行う授業もあります。人数が多い方が、多様な解法が提案され、盛り上がる面もあるのです。他の教科でも、習熟度別の少人数制授業では、発想が近い生徒の集団になりがちですが、大人数では異質な意見に触れる機会が多く、多様性を理解する場になっています。また、よりバラエティーに富んだ授業展開を図るために、先ごろ特別教室の改修を実施しました。教員からの提案で、「知識を伝える授業はもっと大人数でも可能」ということで、2教室を合体して100名同時に収容できるスペースを作りました。それによって、教員の授業時間に余裕が出来るので、25名ずつに分割したディスカッション中心の授業が可能になり、教室も合体だけでなく、分割もできるようにしました。

和田 なるほど。「アクティブ・ラーニング」を推進するからといって、すべてを少人数制にする必要はなく、必要に応じて柔軟に対応することが重要ですね。本校も、1クラスは、中学が45名、高校が55名ですが、ネイティブ教員が担当する英語の授業はそれでは展開しにくいため、2分割にしています。それ以外の講義形式の授業でも、生徒が積極的に質問し、意見を述べる雰囲気があります。ただし、それをさらにアクティブなものにするためには、ある程度の予習が前提になります。生徒が事前に自分なりの考え方を整理して、持ち寄ることが重要になるわけです。その部分がこれまでの日本の高校では欠如しており、改善の余地を感じています。

活発な部活動、学校行事の中で
企画力、交渉力などが高まる

――授業以外の部活動、学校行事などの特色も聞かせてください。

柳沢 以前、リクルートワークス研究所が、灘と開成の卒業生へのアンケート調査を実施したことがあります。その中で、私が興味深く感じたのが、リーダーシップを養成するのは部活動ではなく、学校行事だという分析です。本校には70ものクラブがあり、とても盛んなのですが、大学のゼミのような環境で、特定の分野に興味のある生徒が集まって、楽しい時間を過ごして、個性を発見する場になっています。それも居場所づくりの重要な意味があるわけですが、一方で、学校行事は、現実社会のプロジェクトのようなもので、「納期」が決められています。本校は運動会が最大のイベントなのですが、当日までにまとめあげて行く力が必要になります。しかも、部活動のように「同好の士」の集まりではありませんから、意見の衝突も起こります。それを克服して、課題を解決する中で、リーダーの資質が磨かれるのです。また、運動会を成功させるためには、自分が全体のリーダーを務めるのではなく、一歩引いて自分の得意分野に集中した方がいいと考える生徒もいるでしょう。そうした自分の特性に気づくことも、人間形成の上で大きな意義があるのです。

和田 本校も部活動が活発です。一例をあげると、鉄道研究部は、毎年の文化祭で、本格的なジオラマを作ってNゲージを走らせたり、乗車できる蒸気機関車を楽しんでもらったりしています。今年夏は、創部50周年を記念し、部員たちの企画で、JRの6両編成の電車を貸し切る旅を実施しました。初代部長だった濱田純一・東大前総長をはじめ、OBやその家族と現役部員、総勢約200名が参加しました。また、全生徒の約1割が文化祭実行委員を務めており、役割分担を決めて、1年間近くかけて準備を進めています。そのほか、生徒会では、東日本大震災の被災地を10回以上訪問していますし、地域の福祉活動にも力を入れています。そうした経験を通して、最近の生徒は企画力、実行力、交渉力に長けているという印象を持っており、頼もしく感じています。

不透明な時代だからこそ
幅広い教養が重要になる

――デューク大学のキャシー・デビッドソン氏が「2011年にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に、いまは存在していない職業に就く」と述べて話題になりました。不透明さを増す未来を生きる子どもたちには、どのような力が必要になるでしょうか。

和田 ガルブレイスの『不確実性の時代』がベストセラーになって半世紀を経ましたが、ずっと不確実な状況が続いています。そんな時代を生きる子どもたちに必要なことは、中高時代にリベラルアーツ、すなわち幅広い教養を身につけることです。そこで、本校では年6回、OBを中心に講師を招いて「土曜講座」を開講しています。各回約10数講座、できるだけ多様な職業に就いているOBに、仕事の内容や、その業界の展望などを語っていただいています。教員ではなかなか教えられない社会の仕組みに触れる貴重な機会になっています。職業関連の講座だけでなく、あいりん地区の焚き出しなどのボランティア活動や、趣味に関する講座もあり、先日は盆栽講座も実施しました。生徒が集まるのか心配したのですが、30名以上も受講者がいて驚きました(笑)。そうした未知の分野に好奇心を持つのも、灘校生らしいところかもしれません。

柳沢 本校でも、OBが自分の仕事内容や中高時代の体験談を語る「ようこそ先輩」という行事を開催しています。希望制なのですが、参加者が400名を超えることもあります。身近なロールモデルを紹介することによって、生徒に自分の将来像を明確にしてもらうことが目的です。私が始業式、終業式などで生徒によく語るのは、「将来像を考えるときに、自分が興味を持っていることと職業を連関させることが大切」ということです。たとえばサッカーが好きな場合、すぐにイメージするのはJリーグの選手でしょうが、それ以外にも、チームをマネジメントする仕事もあれば、選手のメンテナンスを行うスポーツドクター、海外でプレーする選手の契約を担う弁護士、練習道具を開発するエンジニア、広報・報道など、たくさんの職業があります。好きな分野に様々な形でアプローチできることが分かれば、進路選択の幅も柔軟に広がっていくはずです。

子どもの自立のために
子離れを意識してほしい

――最後に、これから中学入試をめざす子どもたちと保護者へのメッセージをお願いします。

和田 最も大切なのは知的好奇心です。幼い頃は誰でも知的好奇心が旺盛で、豊かな発想力、創造力を備えています。その芽を摘み取らないような子育てを望みたいですね。「夢のようなことを考えている時間があったら、勉強しなさい」といった言葉は避けてほしいと思います。もう1つは、インターネットで手軽に情報を入手するだけでなく、活字に強くなってほしいということです。文章を読んで、ある程度短時間で、筆者のいいたいことを的確に判断できる力は、中高の学びにもつながってきます。それを身につけるには読書量が不可欠ですから、中学入試を迎えるまでに活字に親しむ習慣をつけてほしいと思います。さらに、我々教員には、分かりにくい抽象的な概念を、できるだけ具現化する努力が要求されますが、逆に子どもたちには、具体的な事象から抽象的な概念を見出す力が備わっていれば理想的です。算数なら、文章を読んで式を立てる力、あるいはいくつかの現象の共通性を見つける力などが大切になります。

柳沢 保護者には、子離れを意識してほしいと思います。子どもには親離れの本能がありますが、親には子離れの本能はありません。それでは子どもはいつまでも自立できません。困難を抱える生徒の多くが、親子関係に起因しているのです。反抗期に悩む保護者もいるでしょうが、反抗期とは、本能で親離れしようとするものの、複雑な社会に不安感があり、その葛藤をぶつけやすい対象として親を選んでいる状態のことです。反抗しているのは、そんな不安にかられているのだということを理解して、受け入れるとともに、それ以外のときは意識的に子どもを手放す勇気が必要になるでしょう。

難関校が語る、私学の魅力 雙葉中学校・高等学校 校長 和田紀代子先生 女子学院中学校・高等学校 校長 鵜﨑創先生 桜蔭中学校・高等学校 校長 佐々木和枝先生