VOL.
02
自分の頭で考えることを意識し
興味ある分野を突き詰めてほしい
医師・基礎医学研究者 岡野 栄之さん

    • iPS細胞を使った再生医療の分野で世界をリードしている慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授。中高時代は物理学に夢中でしたが、一冊の本との出会いから、医学部に進んで研究医としての道を歩み始めたといいます。中高時代を振り返っていただきながら、この時期に学んでほしいことなどをアドバイスしていただきました。


      TOPIC⁻1
      私立一貫高に合格するも公立中学校へ進学

      岡野 栄之さん ──私立の小学校から公立中学校に進まれたのですね。
      岡野 中学受験で中高一貫校に合格していましたが、第一志望校ではなかったため、高校受験でもう一度チャレンジしようと思ったのです。初めての公立の学校では実に多くのことを学ぶことができました。なぜなら、私立中学の場合は、経済的に余裕のある家庭の子女が多く、生徒の層もある程度均質化していますが、公立中学には実に多様な生徒が通っていたからです。学力の差も大きいですし、社会に対するいろいろな価値観があることも知りました。私立ですと、学校行事に必要な費用はスムーズに徴収できますが、公立では、先生方がかなり苦労していた様子も目の当たりにしました。しかし、この3年間が、いろいろな意味で自分の視野を大きく広げてくれたと思っています。現在でも、そのときの友人たちと同期会で交流が続いています。

      ──高校はまた私立ですね。
      岡野 高校受験の勉強をしながら、「もう受験はイヤだ」と思ったからです(笑)。それに、中学時代からアインシュタインの相対性原理の本や、矢野健太郎氏の書いた数学に関する岩波新書など読む早熟なグループに所属していて、高校でも自分なりに物理や数学の勉強を続けたいと思っていたことも理由の一つです。実は、進学校として有名な別の私立高校にも合格していたのですが、結局、高校と大学との一貫教育を謳い、自由にいろいろなことに挑戦できる可能性のある慶應義塾を進学先として選択しました。

      ──医学部進学を意識したのはいつ頃からですか。
      岡野 大学では物理学を専攻するつもりでしたから、医学部進学はまったく考えていませんでした。高校に入学して初めて、慶應義塾大学に理学部がない(現在は理工学部だが、当時は工学部)ことに気づき、愕然としたことを覚えているほどです(笑)。高校3年になり、他大学への進学も考え始めた頃、医学部の説明会がありました。医学部イコール医者、そして医者といえば臨床医のイメージしかありませんでしたが、何気なくこの説明会に参加したところ、医学部には基礎医学という分野があり、そこで研究できるということを初めて知りました。当時は、ノーベル物理学賞を受賞したシュレディンガーの『生命とは何か』を読んで、生命現象を物理学的な側面から捉える研究に魅せられていました。医学部でも物理学的な研究ができると言われ、医学部で研究医を目指すことにしました。

      TOPIC⁻2
      ハエやマウスの研究からヒトの臨床研究

      ──どのような大学時代でしたか。
      岡野 現在の医学部には、研究医を目指す「MD-PhDコース」が完備されていますが、当時はすべて臨床医になるためのカリキュラムしかありません。もし当時からそんなコースがあれば、迷うことなる100%、そのコースに進んでいましたね(笑)。ともかく6年間一生懸命勉強し、国家試験にも合格して医師免許も取得しました。しかし、そうした勉強の過程で、臨床には研究としても興味深い題材が多いことに気づき、そのうちに、「研究は治せない病気を治すためにやるべきだ」と思うようになりました。まだゲノム配列を決めるといったような発想もない時代でしたが、臨床を経験するなかで、細胞や遺伝子を調べていけば、いつかは難病も治せるようになるはずだと痛感していました。

      ──研究生活はどうスタートさせたのですか。
      岡野 大学卒業後、すぐに医学部の生理学教室の助手になりました。学生時代から自主的に研究室に出入りしており、がんか神経の研究をやりたいと思っていました。しかし、卒業直前になって、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)のグループががん遺伝子に関する論文を大量に出してきました。その物量と質に驚き、「この世界では戦えない」と諦め(笑)、神経の研究を行うことにしました。シュレディンガーの本以来、生命科学に対する分子生物学的なアプローチに惹かれており、神経の領域にはまだ分子生物学が入っていなかったことから、自分が開拓しようと思ったのです。

      ──やがて、ヒトの脳に幹細胞があることを発見しますね。
      岡野 最初はマウスの遺伝子異常の研究を手がけ、遺伝子と症状を結びつける研究を行っていました。その後、遺伝学の研究を深めるため、ジョンズ・ホプキンス大学に留学し、ショウジョウバエの神経発生に強い影響力を持った遺伝子「ムサシ」を発見することになります。やがてマウスにも同じ遺伝子があり、ヒトにも存在していることが明らかになります。  そしてこの遺伝子を手がかりにヒトの脳を調べたところ、世界で初めて成人の脳に幹細胞が存在することを発見しました。さらにそれを分離する方法も開発しました。すると、脊髄損傷など神経系の再生医療に有効ではないかと、多くのメディアに取り上げられ、私たちの研究への世間の反応も大きく変わりました。大学を卒業して15年目のことで、これをきっかけに、学生時代の決意通り、脊髄損傷やパーキンソン病などの患者さんを対象にした本格的な臨床研究の道を進み始めたのです。

    • TOPIC⁻3
      研究成果が難病治療薬につながっていく!

      岡野 栄之さん ───現在、どのような研究に力を入れているのですか。
      岡野 研究の柱は4つあります。第1は、「ムサシ」遺伝子に始まったRNA結合タンパク質の研究、第2は脊髄損傷の再生医療の研究、第3は疾患iPS細胞を使った難病治療薬の研究、第4は霊長類における遺伝子改変技術の研究です。

      ──研究成果は上がっていますか?
      岡野 たとえば、RNA結合タンパク質は病気に関係していることが分かってきました。とくにALS(筋萎縮性側索硬化症)は、RNAの異常病態が関係していることが判明したため、その病態解析からの結果、製薬企業と共同で新しい治療薬の開発を進めており、1年以内には医師主導治験を始められる予定です。また、脊髄損傷の再生医療に関しては、整形外科のグループと共同で、iPS細胞も含めた再生医療を来年以降には開始する計画で研究を進めています。
       疾患iPSを使った研究では、これまで全く治療法のなかった先天性の難聴に対して、患者さんからiPS細胞を樹立して内耳の細胞に誘導し、動態解析することで、治療薬の候補を見出すことに成功しました。これも1~2年のうちには治験を始められるのではないかと期待しています。

      TOPIC⁻4
      日本にいても十分に世界と戦える!

      ──まさに世界をリードする研究ばかりですね。
      岡野 よく「日本では研究ができない」と言われますが、間違っていると思います。たしかに、大学の総力では欧米の大学にはかないません。社会制度も違い、資金力も桁違いだからです。しかし、個々の研究プロジェクトや研究者個人のレベルでは、決して引けをとっていません。現に、わたしの研究室にも、ハーバード大学など世界のトップレベルの大学から研究者が学びに来ているほどです。武者修行として海外を経験することは重要ですが、日本にいても、世界と戦える研究をすることは十分に可能だと確信しています。

      ──海外との共同研究も数多いですね。
      岡野 生命科学の研究では、一人で研究が完遂することはあり得ません。何のために研究しているかといえば、できるだけ早くいい結果を出して患者さんの病気を治してあげたいからです。それには、研究の基本的なプラットフォームは全員が共同して作り上げた方が効率的です。もちろん、プラットフォームができれば、そこから重要な要素を見出して技術を開発する段階に入りますから、そうなれば特許取得も絡んでくるため、競争的要素が強くなります。しかし、プラットフォームづくりは、世界中の研究者による共同研究が基本です。

    • TOPIC⁻5
      自分が夢中になれる世界を見つけておこう

      ──新中学生に向けて、アドバイスをお願いします。
      岡野 予測不能な世の中ですから、学校で習ったことがそのまま役立つことはありません。ですから、学校の勉強に対しても、世の中の出来事に対しても、自分の頭で考える練習を積んでおいてください。「問題点は何か」「今までに何が分かっていて、何が分かっていないのか」「自分は何ができるのか」などと常に考える習慣をつけておくといいでしょう。
       自分の好きな分野、熱中できる分野を見つけることも大事なことです。これからの大学入試は、教科の学力だけでなく、人にはないキラッと光るものを持っている人をより求める方向になっていくと思われます。ですから、学校の勉強や受験勉強と並行しながら、自分の熱中できることをとことん突き詰めることも必要だと思います。
       また、英語はどの職業に就くにしても必要ですから、英語の勉強は中学からしっかり勉強するようにしてください。同様に、プログラミングなどICT技術も今後の世の中では必須になるはずです。プログラミング言語などは若いほど修得が容易ですから、学校でも一部は扱うでしょうが、機会を見つけてICT技術に慣れ親しんでおくといいでしょう。

      ──保護者はどんなことに気を配ればいいでしょうか。
      岡野 中学生になれば、もう無理やり机に縛りつけておくことはできません。保護者にできることは、勉強したくなるようにモチベーションを高めてやることだけです。勉強への関心を向かせるには、その子どもの興味関心を上手に刺激することです。たとえば研究者を目指している子どもなら、ノーベル賞受賞者の講演会に連れていって、無理やり質問させるといった方法も有効です。子どもが興味を持っている世界の一線で活躍している人の話を聞いたり、体験したりする機会を与えると、子どもは、その人が特別な人ではなく身近な存在であることに気づきます。そうすれば、「自分もそうなりたい、なれるんだ」という気持ちに火をつけられるのではないかと思います。

      岡野 栄之さん
      岡野 栄之さん(おかの ひでゆき)
      1959年東京都生まれ。慶應義塾志木高校から慶應義塾大学医学部へ。1983年卒業と同時に同大学医学部生理学教室助手。大阪大学蛋白質研究所を経て1989年米国ジョンズ・ホプキンス大学に留学。筑波大学、大阪大学の教授を歴任し、2001年より慶應義塾大学医学部生理学教室教授。専門は分子神経生物学、発生生物学、再生医学。

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