VOL.
01
挫折も大切な経験
それを乗り越えた先に新しい世界が見つかる

ジャーナリスト/ミュージシャン
モーリー・ロバートソンさん

    • ジャーナリスト、ミュージシャンとしてテレビやラジオなどで活躍されているモーリー・ロバートソンさん。日本とアメリカの中高で学び、東大とハーバード大学の同時合格を果たした方でもあります。波乱に満ちた中高時代を振り返っていただきながら、学校生活で大切にすべきことは何か、アドバイスしていただきました。


      TOPIC⁻1
      文法を重視する日本の英語教育に疑問を感じる

      モーリー・ロバートソンさん ──中学時代の思い出をお聞かせください。
      モーリー 幼い頃、アメリカで過ごし、日本でもインターナショナルスクールに通っていましたから、英語には自信がありました。けれども、学校の方針で同じ授業を受けてほしいといわれ、分からないふりをしながら授業を聞いていました(笑)。日本の英語の授業では、英語をいったん日本語に置き換えて、日本語として理解した上で、再度英語に戻して書くような指導が行われます。英語のままで理解できている私にとっては、とても遠回りに感じられ、我慢の日々でした。前置詞、冠詞、be動詞など、難しい文法知識を覚えさせられたことにも戸惑いました。そんな文法知識が必要なのは言語学者ぐらいであり、現実のシーンで英語を使う際にはまったく役に立ちません。たとえば、ゴボウを食べたいときに、どう料理するかが重要なのに、ゴボウの起源、分類などの知識を身につけ、「ゴボウ検定」に合格しないと、包丁を入れることが許されないようなものです(笑)。使える英語力を養う上では、完全に足踏みというか、むしろ迷路に入っていくような教育だったと思います。もっとも、大学入試でそうした文法知識が問われるのですから、中高としては仕方のない面もあります。私が受験したときの東大入試でも、be動詞の活用形を書かせる問題が出された記憶があります。つまり、日本式の英語のルールをどれだけ知っているかを問われる問題が出題されているわけです。もし今もそんな英語教育が継続されているのなら、そろそろ脱却すべきだと思います。

      ──モーリーさんなら、どんな英語教育改革を進めますか。
      モーリー 中学入学当初から、できるだけ生徒同士で、英語で話し合う機会を増やすといいでしょう。以前、インドのスラム街にパソコンを設置する社会実験が行われたことがあります。そうすると、学校に通っていない子どもたちであるにも関わらず、お互いに教え合って、検索方法を覚え、ある程度の英語が話せるようになったのです。知りたいという意欲があり、知ったときの感動があれば、子どもは自分の力で成長していきます。

      TOPIC⁻2
      アメリカの学校で既成概念に疑問を持つ習慣が身についた

      ──中2の2学期からアメリカに転居されたのですね。
      モーリー 研究医だった父の仕事の関係で、アメリカ・ノースカロライナ州に移り、地元の公立校に入りました。けれども、その学校は人種問題で荒れており、いつケンカが始まってもおかしくないような状況で、勉強どころではありませんでした。そこで、1か月後、私立校に転校することにしました。ところが、その私立校の受け入れ枠が中3だけだったので、いわゆる「飛び級」で中3のクラスに入りました。

      ──日本とアメリカで教育の違いを感じられたことはありますか。
      モーリー 今はまた変わっているでしょうから、当時に限っての話ですが、日本は暗記と反復練習が中心でした。知識を詰め込んで、耐性をつけて、条件反射的に問題が解けるようになるまで反復させる教育だった気がします。それに対して、アメリカは基礎概念をじっくりと教え、本質を理解させることに重きが置かれていました。その教育方針の違いが、ディベート力の差に表れてきます。

      ──基礎概念の理解がディベート力に関係してくるのですか。
      モーリー 日本の生徒は「なぜだろう」と疑問を抱いたり、根本的、本質的なところから考えたりすることが苦手です。それから、すぐに正解を知りたがります。正解のない問題もあるという意識すらありません。これが社会人になってからも影響します。テレビ局で「やらせ」が問題になるのは、ディレクターが分かりやすい正解を求めるからです。事前に自分が考えていた結論と整合性があるように、専門家の意見をはめ込もうとするのです。その専門家が言っていないにも関わらず、あたかもそう発言したかのように編集するわけです。アメリカのドキュメンタリー番組なら、結論を出す必要はなく、多様な意見を並べていく形にするでしょう。正解が簡単に出ないことこそが答えだという感覚があるからです。

      ──モーリーさんは、ディベートは得意だったのですか。
      モーリー  私も、答えがはっきりしている問題しか出ない日本の教育を受けていましたから、質問も答えも用意されていないディベートは苦手でした。不毛な議論が綿々と続いていくような感じを受けたのです。たとえば「ソーシャルスタディ」の授業で「貧しい人に生活保障を与えることの是非」を議論したことがあります。すると、自分の出自や、親の価値観を反映して、議論が衝突し、収拾がつきません。南部の学校なので、人種差別意識も根強く、東洋人の私を 矮小わいしょう な存在として卑下しているような態度、発言にも反発を覚えていました。父の転勤で、高1ではサンフランシスコの華僑が多い高校で学びましたが、それまで白人と戦っていたのが、今度は中国人と歴史認識の違いで戦うことになりました(笑)。
       ただし、結果的にアメリカの学校で学んだことは良かったと感じています。既成概念に対するクエスチョンをたえず抱く習慣が身についたからです。もう1つ大きかったのは社会性が養われたことです。日米のカルチャーの違いでもありますが、アメリカでは中2ぐらいから男女交際が活発になります。ダンスなどの社交イベントも盛んで、もてる男女は一緒に入場しますが、もてない生徒はどんなにドレスアップして行っても、パートナーが見つからず、最後まで誰も踊ってもらえないという悲惨な状況に陥ります。勉強ができるだけでは評価されず、もてなければ存在感が示せません。私だって、もてないのは嫌ですから、藁にも縋る思いで、シャイで地味な女子生徒に声をかけ、映画に誘いました。すると、その生徒からは「馬鹿にしないで。軽い女とでも思ったの」と(笑)。毎日が男女交際のぶつかりけいこのようなもので、鍛えられました。

    • TOPIC⁻3
      不良扱いへの反発と、バンド活動を続けるために東大に入学

      モーリー・ロバートソンさん ──高2からは再び日本の学校に通われたのですね。
      モーリー 広島修道高校に復学したのですが、男子校ですから、周りは女子と話したこともない生徒ばかりでした。アメリカ式のスタイルにもまれてきた私は、ダメで元々と、恥ずかしがらずに女子に声をかけ、押しが強ければ何とかなるという感覚を日本に持ち込んだところ、面白いようにもてました。友人たちを引率して、街にナンパに出かけたこともあります。学校側では、そんな私が不良に見えたようです。喫茶店やゲームセンターへの出入りや、パーマなど、どんどん禁止されることが増え、最終的には風紀を乱すからと、退学を勧告されてしまいました。
       そこで、母の実家がある富山に移り、県立高岡高校への編入を目指しました。けれども、問題児だと見なされていたのか、難色を示され、しばらく聴講生の扱いで通った後、ようやく編入を認められました。詰め込み型でクエスチョンのない学びに反発していたのですが、そのタイプの学びの成績でしか認めてもらえないなら、真剣に勉強して、日本式のルールで全教科100点をとってみせるしかありません。それを実現したところ、先生方からは真面目に更生したと見なされて(笑)、編入することができたのです。

      ──東大を志望された理由は何ですか。
      モーリー 不良扱いへの反発の裏返しから、富山のパンクロックバンドに入りました。私が東大に合格すれば、注目されて、デビューできるのではないかと考えたのです。東大のほかハーバード大学にも合格しました。私としては、バンド活動をするためのパフォーマンスのつもりで、東大には特別な思い入れはなかったのですが、ここで想定外の出来事が起こりました。新聞やテレビで、東大とハーバードに同時合格を果たした天才と、広く報道されたのです。バンド仲間は高校を卒業して就職する者ばかりで、その報道を見て萎縮いしゅくし、一緒に活動できないと、仲間外れになり、傷つきました。バンド活動を続けるために東大に入ったのに、これでは意味がないと、入学式の日は虚脱感でいっぱいでした。
       そんなとき、報道を見た音楽プロデューサーにスカウトされ、いきなりアイドルデビューが決まりました。バンドを追放されて、もう音楽ができないと落ち込んでいたところに、最先端のスタジオで大物ミュージシャンに囲まれて歌うことになったわけです。この数か月が、私の人生で最も浮き沈みが激しかった時期です。けれども、東大とハーバードに合格したアイドルという、あまりにも安直な売り出し方に、不安感が募りました。きちんと音楽を勉強しなければ通用しないと思うようになったのです。そこで、半年後、ハーバード大学に入り直し、電子音楽の教室で20世紀の現代音楽に感動し、専門的に研究することにしました。

    • TOPIC⁻4
      「歩く多様性」の人生の中で、物事を柔軟に考える力が養われた

      ──そうした経験が、その後の生き方に影響している部分はありますか。
      モーリー 日本とアメリカの学校を経験したことで、人によって価値観はさまざまであることを体感しました。それによって単純な正義に縛られなくなった気がします。日本で正義だと思われていることが、他の国では悪になることだってあります。物事を柔軟に考えることができるようになったことは大きかったと思います。
       また、実態とは異なるところで、イメージが一人歩きするマスメディアの怖さも知りました。けれども、本当の自分とは違うけれども、まったく無名のままよりもはいいという考えもどこかにありました。システムに寄り添いつつ、呑まれずにいられるにはどうしたらいいか。マスメディアとの付き合い方を学んだ感じです。

      ──現在、コメンテーターとして活躍される上で、心がけていることはありますか。
      モーリー これから日本社会は変化が加速していきます。移民やシングルマザーの問題が深刻になり、格差が拡大する社会構造になっていくでしょう。そんな社会で大切になるのは、相互理解です。どんなに価値観が多様化しても、お互いに分かり合おうとする気持ちがあれば、変化を恐れる必要はないという考え方を発信していきたいですね。私のこれまでの人生は、いわば「歩く多様性」ですから(笑)、異なる価値観の狭間で悩んだ体験を踏まえたメッセージが伝えられればと考えています。思いがけなく不良のレッテルを貼られたことや、バンドからの追放、アイドルデビューへの戸惑いなど、若い日に何度も挫折を味わったこと、それを乗り越えて新しい世界を見つけたことも、私にとって大きな財産になっています。挫折があったからこそ、今の私があるのです。

      ──新中学生へのアドバイスをお願いします。
      モーリー 最も大切なのは、自分の好きなものを見つけることです。多くの人はきっと見つかるはずですから、それは素直に追いかけましょう。親からは受験に関係ないことに熱中していると嫌な顔をされるかもしれませんが、実はすべてのことがどこかでつながっていくものです。たとえばダンスやDJは、日本の大人の価値観からすると意味がないと思われがちですが、DJの世界チャンピオンの中にはハーバードの数学科出身者もいます。自分なりに工夫して踊ることは、柔軟な発想にもつながります。重要なポイントは、とにかく自分が好きなことをやること。世間で望ましいとされている優先順位に自分を無理に当てはめようとすると、それは自分らしい生き方ではなくなり、むなしさが生まれるだけです。

      ──最後に、保護者へのメッセージをお願いします。
      モーリー その子ども自体の物差しで見てほしいですね。他人との比較や、点数をつけようとすると、子どもの成長が見えなくなってしまいます。それから、子どもがある分野で好成績を修めたとき、親がその成功体験に依存して、もう一度再現させようとすることは避けるべきです。子どもは日々変化しており、その分野への興味をなくしていることもあります。もちろん、その分野の訓練を無理強いすれば、それなりに得意なことでしょうから、確実に成果が得られる可能性が高いと思います。けれども、それでは冒険しない子どもに育ってしまいます。多様な分野にチャレンジさせて、ときには失敗する自由も与えてほしいと考えています。

      モーリー・ロバートソンさん
      モーリー・ロバートソンさん
      1963年、ニューヨーク生まれの広島育ち。東大理科一類を1学期で中退し、ハーバード大学を卒業。多彩なトピックに関してネットで情報発信しているほか、ラジオのパーソナリティー、モジュラー・シンセサイザーのミュージシャンなど、マルチに活躍している。

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