中学受験と子育てを考えるフォーラム

開成中学校・高等学校 校長 柳沢 幸雄先生

柳沢 幸雄先生1
開成中学校・高等学校
校長
柳沢 幸雄先 生生

  中学・高校時代とは、どういう時期でしょう。自分自身の昔を振り返って考えてみると、それは対人力と社会力を養う時期であり、小学生時代とは違い、友人から学び始める時期でもあります。

 私が開成の在校生たちによく言うのは、「10年後、君たちには先生はいないのだ」ということです。つまり、大人になったら判断は自分でしなくてはならない。そのために中高時代は、そうした判断力を養い、共通の価値観を持つ生涯の友「竹馬の友」をつくる時期であると私は考えています。そして、私自身も開成で過ごした中高時代に、多くの竹馬の友をつくり、90代になる恩師とも今なお付き合いがあります。つまり、開成入学は、その後の半世紀以上にわたる友人・師弟関係の始まりなのです。

 では、なぜそうした関係が半世紀以上も続くのでしょう。それは、開成時代の楽しい思い出を共有しているからです。もちろん、卒業後の進路や職業はさまざまですが、共通の価値観を持っています。それは、自由であるということ、そして、自分の人生は自分で選択したということです。ですから、半世紀たっても、会うと話が合うのです。

 在校生たちに学校生活についてのアンケートを取ったところ、「楽しい」と回答する生徒が圧倒的に多く、満足度が非常に高いことがわかります。そういう楽しい時間のなかで彼らが共有している価値観は、「進路、職業は自分で選択する」ということ。それは、開成の校名の由来でもある「開物成務」、つまり、「物を開いて務めを成す」という『易経』にある言葉に由来します。この言葉にある「物」とは自己の資質です。それを花開かせて、職業を通じて社会人としての責務を果たすというのが、この言葉の意味するところであり、開成の教育の原点となっています。

 開成時代の心地良さは、一人ひとりに個性を磨くための「居場所」があること。この居場所は、参加を自由に選ぶことのできる部活や各委員会をはじめとする課外活動のなかにあります。在校生の課外活動への参加率は非常に高く、中1から高2までのほぼ全員が70近くあるクラブや同好会の何らかに参加しています。

 こうした中高時代を過ごした今の在校生が60歳になったとき、自分の人生を肯定的に回想することができ、「この人生の土台は開成でつくった」と考えてもらえれば、私は校長としてこのうえなくうれしく思います。

 アメリカの大学で教えていたころ、アメリカの学生たちが自信を持って発言することに驚きました。それはなぜかと長く考えて至った結論は、「アメリカの子どもたちは、褒められて育ったからだ」ということです。その一つの証拠を示すと、英語には「褒め言葉」が非常に多く、「けなし言葉」はあまり見当たりません。

 ところが、日本の文化のなかでは、褒めるということはあまり一般的ではないようです。そのせいか、「何を褒めていいのかわからない」という方が非常に多いように思います。子どもが2歳くらいまでは、「はった」「立った」「歩いた」と、その子の前の状態と比較しながら褒めることができますが、ある時期から親はその感覚を失います。それは、「偏差値」という言葉が出てきたときです。

 偏差値は、その子の過去と比較するのでなく、同じ年代の子どもたちと比較することです。そうすると、叱ることが多くなってしまいます。一方、アメリカ人は、その子の以前の状態と今とを比較し、成長した具体的な点を褒めるのです。私はこれを「垂直比較」と呼んでいますが、これなら褒める点は必ず見つかります。

東大寺校舎

 もう一つ重要なのは、褒めることによって何が望ましいことかという「親の価値観」を子どもに伝えることができることです。もちろん、本質的なことで叱ることは必要ですが、小さなことで叱ってばかりいると、「角を矯めて牛を殺す」ということわざのとおりになってしまうでしょう。

 人生の経路の選択は長期的視点で行うのが望ましいと考えます。好きなことに関連のある職業を選択すると人生は充実します。そのために、好きなことを見つけるのが中高時代でいちばん大事なこと。そして、好きなことに関連する職業に就くのに必要な知識や技術を身につけることのできる大学を選べばいいのです。

 皆さんは今、中学受験を考えていらっしゃいますが、受験校はどういう視点で選んだらいいのでしょうか。それは、やはり偏差値で選ぶことが大事です。なぜなら、合格しなければ何事も始まらないからです。そして、幸い複数の学校に合格したら、このときにはもう偏差値という考え方を外し、合格した学校のなかから、お子さんの50年後を考え、どこを母校にすれば竹馬の友が得られるかという観点から選ぶことが重要だと思います。